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 二人は政略結婚である。名門と呼ばれる貴族の一門だが困窮して爵位返上も止むなしという状況にあったエリックの家と、急速に力をつけているが平民の商家であり成金呼ばわりされているイヴの家。それぞれが金と歴史を手に入れるために必要とされた婚姻だった。もちろんふたりの間に愛などない。

『本来、君は僕に釣り合うような身分ではないのだ。両親の言うことをよく聞き、この家にふさわしい人間としてよく仕えるように』
『承知いたしました』

 エリックの知っているイヴは、実に鼻持ちならない女だった。今は落ちぶれかけているとはいえ、生まれた時から貴族として生きてきたエリック以上に、高位貴族のマナーや言葉遣いを身に付けていたイヴ。夫である自分に対しても、信じられないほど他人行儀に振る舞う姿に苛立ちを覚えたものだ。せめて些事に戸惑い、エリックに頼るそぶりでも見せれば可愛げがあったものを。

 新妻を冷遇するエリックの態度により、屋敷内のイヴの立ち位置は最底辺のものとなった。もともと平民であるイヴとは異なり、屋敷内の使用人ですら、貴族に連なる人間ばかりである。平民に頭を下げることは、彼らの誇りが許さなかったのだ。

 言葉遣いがわざとらしい。
 笑顔が嘘臭い。
 貴族の機微や慣習が理解できない。
 イヴの一挙手一投足すべてをあげつらった。

 とはいえエリックの家が再起を図ることができたのは、イヴの実家の援助があってこそ。そのため、いびつな関係とはいえ結婚生活は滞りなく続いていくと思われていた。エリックの父が亡くなるまでは。

 父親の葬儀の際を取り仕切ったのは、嫁であるはずのイヴだった。葬儀の段取りから親戚の対応、父親に縁の深かった友人・知人のもてなしまで、イヴは一手に引き受けていた。だが、それすらもエリックは許せなかった。

 普段は節約だの倹約だの細かいことをぐちぐちと言い募るくせに、イヴの実家の紹介だという葬儀屋にはたんまりと礼金を弾む。さらに父親の死に関して長年治療を担当した医師の責任を問おうと息巻くエリックに対して、医師を擁護する始末。やはり彼女は、血も涙もない商人の娘。他人の命であれば喜んで金に換算する女なのだとエリックは理解したのだ。

 嘆き悲しむ母親を支え、自身も涙を流しながら耐え忍ぶエリックの隣で、さも当然のように場を取り仕切るイヴのことが憎らしくてたまらない。

『こんな時まで、普段と変わらない様子で仕事に励むとは。さすが成金商人の娘は違うな。君は大切な人間を亡くしたことがないから、悲しみに暮れる人間の気持ちがわからないのだろう』
『申し訳ありません』

 イヴは唇を引き結び、自分は悪くないとでもいいたげな表情をして頭を下げたのだ。そこからふたりの仲は急速に悪くなっていき、三年の月日が過ぎていた。

 この国では結婚して三年の間に子どもが生まれなければ、離婚が認められている。女にとってはひどい瑕疵になるが、これ以上エリックはイヴと夫婦を続けていくつもりはなかった。

『離婚しよう。異論はないな』
『はい』
『まったく。君は最後まで、本当に嫌味な女だった』

 出戻り女ともなれば、今後はまともな生活は望めない。それなのに、どうして彼女はほがらかに笑っていられるのか。思わずエリックは、イヴに詰め寄った。
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