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(7)べっ甲-1

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 休日は、家でごろごろするに限る。布団の中にくるまって、二度寝を楽しむ心地よさは何物にも代えがたい。だが、しかし。

「お腹、空いたなあ」

 ずぼらなことを承知で言うと、休日は何もしたくない。平日にあれだけ働いているのだ。同じくらい土日に休まなければ、月曜日に出社する気持ちになんてならない。

 東京にいたときならば、こんなときウーバーイーツを頼むことができた。だが、坂の町にそんなものは届かない。坂の町にぎりぎり届くのは、ピザくらいなものである。

 最寄りの大きな道路に車やバイクを止めて、えっちらおっちら運んでくださるのだ。ありがたい。とはいえ、今の私はピザの口ではない。今、食べたいのは……。

「ちゃんぽん、食べたいなあ」

 長崎と言えば、ちゃんぽんと皿うどんが有名である。もちろん、地元民が常に観光ガイドに載っているような中華街の名店に食べに行っているということはない。むしろ、偏見ありきで言わせてもらえば、一番長崎市民に馴染みのあるちゃんぽん屋さんはリンガーハットだと思う。長崎ちゃんぽん専門店となっているが、もちろん皿うどんもある。

 東京に住んでいた頃、長崎旅行に行くという友人に、「ちゃんぽんが美味しい店を教えて」と言われて、「リンガーハットが一番無難」と答えた際の冷たい視線は忘れられない。

 ちなみに母が子どもの頃、まだこの家に祖父母や兄弟姉妹と住んでいた時代は、町中華の出前がこの坂の町までちゃんぽんや皿うどんを配達してくれていたらしい。とはいえ、途中まで迎えに行って、荷物を運ぶのを手伝うのが当たり前だったのだとか。

 その上家に到着したら、出前の品は自宅の皿に移し替えていたそうだ。わざわざ、また皿を取りにこの坂と階段を上ってもらうのが申し訳ないからということらしい。そのためだろう、祖母の家には一体いつ使うのかわからないようなどんぶりや大皿が何枚もある。ちゃんぽんは個別のどんぶりに分けるが、皿うどんは頼んだ人数分まとめて大きなものが出来上がるので、そのまま大皿にのせて食べるときにそれぞれ取り分けていたというのだから面白い。

 そんなことを荷物を受け取る際に、世間話としていつもの宅配便のお兄さんに話したところ、えらくびっくりされたあげく絶対に中華街のちゃんぽんを食べに行くべきだと熱弁されてしまった。

『嘘ですよね? 生粋の「地元のひとじげもん」ですよね?』
『まあ、生まれも育ちも長崎ですよ。証明するために、「でんでらりゅうば」でも早口で歌いましょうか?』

――でんでらりゅうば でてくるばってん でんでられんけん でーてこんけん

こんこられんけん こられられんけん こーんこん――

 NHKのとある子ども向け番組のおかげで全国的に広まった手遊び歌は、よその地域のひとが聞くとさっぱり意味がわからないらしい。頭ではわかっていても、なんとなく妙な気分だ。

『あはは、冗談ですよ。ええと、それなら今度の週末に一緒に食べに行きます? 中華街のちゃんぽん』
『お店さえ教えてもらえたら、大丈夫です!』

 そんな逆ナン待ちみたいな誘いかけをしたつもりはないので! まあ、そもそもこの回答が社交辞令なわけなのだけれど。お兄さんがイケメン過ぎて正直辛い。

 そのせいだろうか、すっかり口の中がすっかりその気になってしまったのだ。別にちゃんぽんを食べないと気が済まないなんて気持ち、今までなったこともなかったのに。

「仕方ない、出かけますか」

 なんとか布団の誘惑を振り払い身支度を整えて外に出た私だが、すぐに後悔することになった。
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