8 / 29
(7)べっ甲-1
しおりを挟む
休日は、家でごろごろするに限る。布団の中にくるまって、二度寝を楽しむ心地よさは何物にも代えがたい。だが、しかし。
「お腹、空いたなあ」
ずぼらなことを承知で言うと、休日は何もしたくない。平日にあれだけ働いているのだ。同じくらい土日に休まなければ、月曜日に出社する気持ちになんてならない。
東京にいたときならば、こんなときウーバーイーツを頼むことができた。だが、坂の町にそんなものは届かない。坂の町にぎりぎり届くのは、ピザくらいなものである。
最寄りの大きな道路に車やバイクを止めて、えっちらおっちら運んでくださるのだ。ありがたい。とはいえ、今の私はピザの口ではない。今、食べたいのは……。
「ちゃんぽん、食べたいなあ」
長崎と言えば、ちゃんぽんと皿うどんが有名である。もちろん、地元民が常に観光ガイドに載っているような中華街の名店に食べに行っているということはない。むしろ、偏見ありきで言わせてもらえば、一番長崎市民に馴染みのあるちゃんぽん屋さんはリンガーハットだと思う。長崎ちゃんぽん専門店となっているが、もちろん皿うどんもある。
東京に住んでいた頃、長崎旅行に行くという友人に、「ちゃんぽんが美味しい店を教えて」と言われて、「リンガーハットが一番無難」と答えた際の冷たい視線は忘れられない。
ちなみに母が子どもの頃、まだこの家に祖父母や兄弟姉妹と住んでいた時代は、町中華の出前がこの坂の町までちゃんぽんや皿うどんを配達してくれていたらしい。とはいえ、途中まで迎えに行って、荷物を運ぶのを手伝うのが当たり前だったのだとか。
その上家に到着したら、出前の品は自宅の皿に移し替えていたそうだ。わざわざ、また皿を取りにこの坂と階段を上ってもらうのが申し訳ないからということらしい。そのためだろう、祖母の家には一体いつ使うのかわからないようなどんぶりや大皿が何枚もある。ちゃんぽんは個別のどんぶりに分けるが、皿うどんは頼んだ人数分まとめて大きなものが出来上がるので、そのまま大皿にのせて食べるときにそれぞれ取り分けていたというのだから面白い。
そんなことを荷物を受け取る際に、世間話としていつもの宅配便のお兄さんに話したところ、えらくびっくりされたあげく絶対に中華街のちゃんぽんを食べに行くべきだと熱弁されてしまった。
『嘘ですよね? 生粋の「地元のひと」ですよね?』
『まあ、生まれも育ちも長崎ですよ。証明するために、「でんでらりゅうば」でも早口で歌いましょうか?』
――でんでらりゅうば でてくるばってん でんでられんけん でーてこんけん
こんこられんけん こられられんけん こーんこん――
NHKのとある子ども向け番組のおかげで全国的に広まった手遊び歌は、よその地域のひとが聞くとさっぱり意味がわからないらしい。頭ではわかっていても、なんとなく妙な気分だ。
『あはは、冗談ですよ。ええと、それなら今度の週末に一緒に食べに行きます? 中華街のちゃんぽん』
『お店さえ教えてもらえたら、大丈夫です!』
そんな逆ナン待ちみたいな誘いかけをしたつもりはないので! まあ、そもそもこの回答が社交辞令なわけなのだけれど。お兄さんがイケメン過ぎて正直辛い。
そのせいだろうか、すっかり口の中がすっかりその気になってしまったのだ。別にちゃんぽんを食べないと気が済まないなんて気持ち、今までなったこともなかったのに。
「仕方ない、出かけますか」
なんとか布団の誘惑を振り払い身支度を整えて外に出た私だが、すぐに後悔することになった。
「お腹、空いたなあ」
ずぼらなことを承知で言うと、休日は何もしたくない。平日にあれだけ働いているのだ。同じくらい土日に休まなければ、月曜日に出社する気持ちになんてならない。
東京にいたときならば、こんなときウーバーイーツを頼むことができた。だが、坂の町にそんなものは届かない。坂の町にぎりぎり届くのは、ピザくらいなものである。
最寄りの大きな道路に車やバイクを止めて、えっちらおっちら運んでくださるのだ。ありがたい。とはいえ、今の私はピザの口ではない。今、食べたいのは……。
「ちゃんぽん、食べたいなあ」
長崎と言えば、ちゃんぽんと皿うどんが有名である。もちろん、地元民が常に観光ガイドに載っているような中華街の名店に食べに行っているということはない。むしろ、偏見ありきで言わせてもらえば、一番長崎市民に馴染みのあるちゃんぽん屋さんはリンガーハットだと思う。長崎ちゃんぽん専門店となっているが、もちろん皿うどんもある。
東京に住んでいた頃、長崎旅行に行くという友人に、「ちゃんぽんが美味しい店を教えて」と言われて、「リンガーハットが一番無難」と答えた際の冷たい視線は忘れられない。
ちなみに母が子どもの頃、まだこの家に祖父母や兄弟姉妹と住んでいた時代は、町中華の出前がこの坂の町までちゃんぽんや皿うどんを配達してくれていたらしい。とはいえ、途中まで迎えに行って、荷物を運ぶのを手伝うのが当たり前だったのだとか。
その上家に到着したら、出前の品は自宅の皿に移し替えていたそうだ。わざわざ、また皿を取りにこの坂と階段を上ってもらうのが申し訳ないからということらしい。そのためだろう、祖母の家には一体いつ使うのかわからないようなどんぶりや大皿が何枚もある。ちゃんぽんは個別のどんぶりに分けるが、皿うどんは頼んだ人数分まとめて大きなものが出来上がるので、そのまま大皿にのせて食べるときにそれぞれ取り分けていたというのだから面白い。
そんなことを荷物を受け取る際に、世間話としていつもの宅配便のお兄さんに話したところ、えらくびっくりされたあげく絶対に中華街のちゃんぽんを食べに行くべきだと熱弁されてしまった。
『嘘ですよね? 生粋の「地元のひと」ですよね?』
『まあ、生まれも育ちも長崎ですよ。証明するために、「でんでらりゅうば」でも早口で歌いましょうか?』
――でんでらりゅうば でてくるばってん でんでられんけん でーてこんけん
こんこられんけん こられられんけん こーんこん――
NHKのとある子ども向け番組のおかげで全国的に広まった手遊び歌は、よその地域のひとが聞くとさっぱり意味がわからないらしい。頭ではわかっていても、なんとなく妙な気分だ。
『あはは、冗談ですよ。ええと、それなら今度の週末に一緒に食べに行きます? 中華街のちゃんぽん』
『お店さえ教えてもらえたら、大丈夫です!』
そんな逆ナン待ちみたいな誘いかけをしたつもりはないので! まあ、そもそもこの回答が社交辞令なわけなのだけれど。お兄さんがイケメン過ぎて正直辛い。
そのせいだろうか、すっかり口の中がすっかりその気になってしまったのだ。別にちゃんぽんを食べないと気が済まないなんて気持ち、今までなったこともなかったのに。
「仕方ない、出かけますか」
なんとか布団の誘惑を振り払い身支度を整えて外に出た私だが、すぐに後悔することになった。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
諦めて溺愛されてください~皇帝陛下の湯たんぽ係やってます~
七瀬京
キャラ文芸
庶民中の庶民、王宮の洗濯係のリリアは、ある日皇帝陛下の『湯たんぽ』係に任命される。
冷酷無比極まりないと評判の皇帝陛下と毎晩同衾するだけの簡単なお仕事だが、皇帝陛下は妙にリリアを気に入ってしまい……??
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
鬼の頭領様の花嫁ごはん!
おうぎまちこ(あきたこまち)
キャラ文芸
キャラ文芸大会での応援、本当にありがとうございました。
2/1になってしまいましたが、なんとか完結させることが出来ました。
本当にありがとうございます(*'ω'*)
あとで近況ボードにでも、鬼のまとめか何かを書こうかなと思います。
時は平安。貧乏ながらも幸せに生きていた菖蒲姫(あやめひめ)だったが、母が亡くなってしまい、屋敷を維持することが出来ずに出家することなった。
出家当日、鬼の頭領である鬼童丸(きどうまる)が現れ、彼女は大江山へと攫われてしまう。
人間と鬼の混血である彼は、あやめ姫を食べないと(色んな意味で)、生きることができない呪いにかかっているらしくて――?
訳アリの過去持ちで不憫だった人間の少女が、イケメン鬼の頭領に娶られた後、得意の料理を食べさせたり、相手に食べられたりしながら、心を通わせていく物語。
(優しい鬼の従者たちに囲まれた三食昼寝付き生活)
※キャラ文芸大賞用なので、アルファポリス様でのみ投稿中。
春龍街のあやかし謎解き美術商 謎が解けない店主の臨時助手始めました
雨宮いろり
キャラ文芸
旧題:あやかし移動都市の美術商~鵺の本音は分かりにくい~
春龍街(しゅんりゅうがい)。そこは、あやかしたちの街。
主人公・常盤ちづるは、人の本音を見抜くことができる麒麟眼(きりんがん)の持ち主だった。
そのせいで人間社会に疲れ切っていたところに、鵺のあやかし白露(はくろ)と出会う。
彼の案内で春龍街へ足を踏み入れたちづるは、美術商を営んでいるという白露と共に、春龍街のあやかしたちが持ち込む真贋鑑定依頼を引き受けてゆく。
そんなある日、白露に異変があって――。
あやかしと現代OLがタッグを組み、猫又、犬神、双頭の蜥蜴に大黒天といったあやかし・神様たちからの真贋鑑定依頼をこなす、ファンタジー小説です。
第5回キャラ文芸大賞にて「謎解き賞」を頂きました!
3/4お話が完結しました。お読みくださり有難うございます!
小児科医、姪を引き取ることになりました。
sao miyui
キャラ文芸
おひさまこどもクリニックで働く小児科医の深沢太陽はある日事故死してしまった妹夫婦の小学1年生の娘日菜を引き取る事になった。
慣れない子育てだけど必死に向き合う太陽となかなか心を開こうとしない日菜の毎日の奮闘を描いたハートフルストーリー。
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる