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「殿下、これは一体どういうことですか?」
翌日、トレイシーは書類を片手にサロンに乗り込んできた。
「君には何に見えるのかな?」
「殿下との婚約を命じる書類に見えます。しかも国王陛下の署名入りの」
「よかった。急に文字が読めなくなったのかと心配したよ。ああ、万が一病気になっていたら心配だから、しっかり検査をしよう。大丈夫、わたしが全身くまなく調べてあげるから小指の爪ほどの異常だって見逃さないよ」
「逆に不安しかありません」
ため息をつき、トレイシーは書類を王太子に突き返した。
「大体身分が全然違い過ぎるじゃありませんか」
「君はイーディスの妹になっているから問題ないよ」
「なぜ、イーディスさまの妹に?」
「姉になりたかったのかい」
「そういう意味じゃないですから。殿下の婚約者をすげ替えたら、他のみなさまが反発するに決まっているでしょう」
「ほぼすべての女性から、君をわたしの婚約者として認めると言質がとれている」
「そんな馬鹿な」
「情報収集で救われたご令嬢が多かったのだよ。女性たちは日常を通して政治を動かしているんだよ」
頬を引きつらせたトレイシーは、サロンに到着したばかりのイーディスに泣きついた。
「イーディスさま、私が王太子殿下の婚約者になるようにという王命が」
「あら、陛下はお仕事が早いのね」
「どういうことですか」
「同年代は趣味じゃないのよ。わたくし、陛下と結婚することにしたから」
「は?」
「やっぱり殿方は、年上で包容力もある方でないと」
ちょうど王妃の座も空いていたしねと、イーディスは片目をつぶってみせた。
「イーディスさまは殿下みたいな腹黒が義理の息子になってもお嫌ではないのですか!」
「殿下みたいな腹黒が夫になるより断然マシだわ」
「そ、そんな」
床にへたりこみそうになるトレイシーを抱きかかえ、王太子は微笑む。
「トレイシー、君は悪女ぶっているが非常に素直で可愛らしい性格をしている。ここは大人しく、わたしで我慢しておきなさい。悪いようにはしないから」
「『悪いようにはしないから』ってその台詞、イーディスさまにも言われました!」
「悪いようにはしていないでしょう?」
「どこがですか!」
トレイシーの言葉に、イーディスが立てた人差し指を左右に揺らす。
「お金はあるわよ。性格は面倒くさいけれど」
「性格悪いんですか?」
「王宮に君臨しているのよ。推して知るべしね。あとヒヒじじいの後妻になるよりはマシな結婚生活だと思うわ」
「そんな馬鹿な。殿下、絶対に絶倫ですよ。そういう顔してますもん! 無理、すり減っちゃう!」
「わたくしは、介護をしたあげく財産分与なしで追い出されるよりマシと言ったつもりなのだけれど」
「言いたい放題言ってくれるね。それでは、実戦で確認してみてはどうだろう」
王太子の提案に腰が引けるトレイシー。
「イーディスさま助けて。置いていかないで」
「ごめんなさいね。わたくしも我が身が可愛いのよ」
「そんなあ」
「心配することはない。君は今まで通りでいいんだ。まあ、見目麗しい男性を君が愛でたいというのであれば、その後少しばかりわたしが悋気を起こすかもしれないが」
「目が本気なんですけれど!」
「まずはわたしの名前を呼んでくれるかな」
「美形はちょっと追いかけてみるだけで十分なんです!」
後年、ピンクブロンドの髪を持つ女性は愛情深く貞淑な女性と評されることになる。その立役者となったとある王妃は、夫である国王に側室を取るように何度も提案したというが、愛妻家である夫は頑として首を縦に振らなかったという。
翌日、トレイシーは書類を片手にサロンに乗り込んできた。
「君には何に見えるのかな?」
「殿下との婚約を命じる書類に見えます。しかも国王陛下の署名入りの」
「よかった。急に文字が読めなくなったのかと心配したよ。ああ、万が一病気になっていたら心配だから、しっかり検査をしよう。大丈夫、わたしが全身くまなく調べてあげるから小指の爪ほどの異常だって見逃さないよ」
「逆に不安しかありません」
ため息をつき、トレイシーは書類を王太子に突き返した。
「大体身分が全然違い過ぎるじゃありませんか」
「君はイーディスの妹になっているから問題ないよ」
「なぜ、イーディスさまの妹に?」
「姉になりたかったのかい」
「そういう意味じゃないですから。殿下の婚約者をすげ替えたら、他のみなさまが反発するに決まっているでしょう」
「ほぼすべての女性から、君をわたしの婚約者として認めると言質がとれている」
「そんな馬鹿な」
「情報収集で救われたご令嬢が多かったのだよ。女性たちは日常を通して政治を動かしているんだよ」
頬を引きつらせたトレイシーは、サロンに到着したばかりのイーディスに泣きついた。
「イーディスさま、私が王太子殿下の婚約者になるようにという王命が」
「あら、陛下はお仕事が早いのね」
「どういうことですか」
「同年代は趣味じゃないのよ。わたくし、陛下と結婚することにしたから」
「は?」
「やっぱり殿方は、年上で包容力もある方でないと」
ちょうど王妃の座も空いていたしねと、イーディスは片目をつぶってみせた。
「イーディスさまは殿下みたいな腹黒が義理の息子になってもお嫌ではないのですか!」
「殿下みたいな腹黒が夫になるより断然マシだわ」
「そ、そんな」
床にへたりこみそうになるトレイシーを抱きかかえ、王太子は微笑む。
「トレイシー、君は悪女ぶっているが非常に素直で可愛らしい性格をしている。ここは大人しく、わたしで我慢しておきなさい。悪いようにはしないから」
「『悪いようにはしないから』ってその台詞、イーディスさまにも言われました!」
「悪いようにはしていないでしょう?」
「どこがですか!」
トレイシーの言葉に、イーディスが立てた人差し指を左右に揺らす。
「お金はあるわよ。性格は面倒くさいけれど」
「性格悪いんですか?」
「王宮に君臨しているのよ。推して知るべしね。あとヒヒじじいの後妻になるよりはマシな結婚生活だと思うわ」
「そんな馬鹿な。殿下、絶対に絶倫ですよ。そういう顔してますもん! 無理、すり減っちゃう!」
「わたくしは、介護をしたあげく財産分与なしで追い出されるよりマシと言ったつもりなのだけれど」
「言いたい放題言ってくれるね。それでは、実戦で確認してみてはどうだろう」
王太子の提案に腰が引けるトレイシー。
「イーディスさま助けて。置いていかないで」
「ごめんなさいね。わたくしも我が身が可愛いのよ」
「そんなあ」
「心配することはない。君は今まで通りでいいんだ。まあ、見目麗しい男性を君が愛でたいというのであれば、その後少しばかりわたしが悋気を起こすかもしれないが」
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「まずはわたしの名前を呼んでくれるかな」
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後年、ピンクブロンドの髪を持つ女性は愛情深く貞淑な女性と評されることになる。その立役者となったとある王妃は、夫である国王に側室を取るように何度も提案したというが、愛妻家である夫は頑として首を縦に振らなかったという。
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