6 / 7
(6)
しおりを挟む
「色目を使う悪女め! 今度は一体何を企んでいる!」
教室を移動していたトレイシーは、急に後ろから突き飛ばされて呆然としていた。目の前にはどうにもすさんだ雰囲気の男子学生が数名。
(誰だっけ、このひとたち)
呆然としていたのは突き飛ばされたからではない。一瞬、本気で相手が誰なのかわからなかったからだ。
(雰囲気イケメンだと、すぐにメッキが剥がれるのね。落ちぶれてもなお美しい顔面の殿方にのみ手を触れられたいものだわ)
一体どう収拾をつけたものか。できないことはないが、相手が雰囲気イケメンからただの不細工に成り下がってしまったため、ちっとも労働意欲がわかないトレイシー。
そんな彼女のことをどう判断したのか、彼らは自身に正義があるかのように騒ぎ立てる。そこへ王太子と公爵令嬢が現れたために、彼らはさらに饒舌になった。
「殿下は騙されています」
「わたしが騙されていると?」
「彼女は僕たちを散々に弄んだとんでもない女ですよ」
「わたくしの友人が?」
「彼女はあなたの友人のふりをしながら、殿下の婚約者の座を狙っていたのです!」
事情を知っている人間からすれば噴飯ものな言い草に、トレイシーは困り顔をしつつ内心肩をすくめる。王太子はトレイシーの見たことのない表情で彼らを睨みつけると、無言でトレイシーの擦りむいた膝に回復魔法をかけてくれた。
「わたしからすれば、か弱い女性を悪し様にののしる君たちのほうがよほど信用ならないがね」
「ですが、殿下はあの性悪女の本性をご存知ないのです」
「性悪女だと? 彼女は令嬢たちが不幸な結婚生活を送ることがないように、男性の身辺調査を行なっているだけだが」
「調査結果に問題がなければ、調べられたところで痛くも痒くもないはず。婚約が解消されたというのなら、自省されてはいかがかしら」
王太子と公爵令嬢の言葉に目を白黒させる元雰囲気イケメンたち。
「それにひきかえ君たちときたら。髪色だけで相手を判断し、思い通りにいかないとなると簡単に暴力を振るう。どこまで幼稚なんだ」
「ですが!」
「まったく不愉快だな」
王太子が手で振り払うような動作をした瞬間、彼らの姿は唐突に消えてしまった。元雰囲気イケメンたちだけでなく、イーディスまで消えたことに動揺しつつ、トレイシーは王太子に質問を投げかける。
「殿下、最初からご存知だったんですか?」
「どうしてわたしが知らないと思ったんだい」
「それは……」
「君がわたしの興味を引こうとあれやこれや考える姿は、とても可愛らしいものだったよ。手放しがたくて本音があふれでてしまうほどに。そのせいで余計な心労をかけたね。ピンクブロンドへの偏見は知っていたがまさかここまでとは」
「王族ともあろうお方が、頭を下げてはなりません!」
突然の謝罪にトレイシーは悲鳴をあげる。硬直した彼女の前に王太子はひざまずき、手の甲に口づけた。
「殿下、お戯れはおやめください」
「わたしは本気だよ」
「そうであればなおさら、このようなお姿を周囲に見せては」
「彼らが出て行った後から、ここは結界で閉じている。誰に見られることもない」
「殿下、考え直してくださいませ。あなたさまの地位は、婚約者であるイーディスさまあってのもの。せっかくの王太子という地位をみすみす捨てるおつもりですか」
「彼女とも話がついている。万一王太子という立場を手放すことになったとしても、わたしは構わない。他国の王族を嵌めたり、王家直属の暗部を取りまとめる以上に、君の隣で過ごす日々は心踊るものだったからね」
「あーあー、聞ーこーえーなーいー」
さらりと国家機密を聞かされそうになり、トレイシーは必死で耳を塞ぐ。
(外堀を埋められてなるものですか!)
幸せな結婚は諦めているトレイシーだが、未亡人になったあとの悠々自適な生活には希望を抱いている。間違っても、王太子妃という面倒くさい立場に立つつもりはない。
「男というのはね、逃げられると追いかけたくなるものなんだよ」
「お断りします!」
「覚悟しておいてくれ」
「ひいっ」
慌てたトレイシーは、一瞬の隙をついて這々の体で逃げ出した。
結界で閉じられている空間は、外部から侵入できないと同時に、術者が解除しなければ内部からの脱出もかなわない。トレイシーが立ち去ることができたのは、王太子が見逃してくれただけなのだと気がつかないままで。
教室を移動していたトレイシーは、急に後ろから突き飛ばされて呆然としていた。目の前にはどうにもすさんだ雰囲気の男子学生が数名。
(誰だっけ、このひとたち)
呆然としていたのは突き飛ばされたからではない。一瞬、本気で相手が誰なのかわからなかったからだ。
(雰囲気イケメンだと、すぐにメッキが剥がれるのね。落ちぶれてもなお美しい顔面の殿方にのみ手を触れられたいものだわ)
一体どう収拾をつけたものか。できないことはないが、相手が雰囲気イケメンからただの不細工に成り下がってしまったため、ちっとも労働意欲がわかないトレイシー。
そんな彼女のことをどう判断したのか、彼らは自身に正義があるかのように騒ぎ立てる。そこへ王太子と公爵令嬢が現れたために、彼らはさらに饒舌になった。
「殿下は騙されています」
「わたしが騙されていると?」
「彼女は僕たちを散々に弄んだとんでもない女ですよ」
「わたくしの友人が?」
「彼女はあなたの友人のふりをしながら、殿下の婚約者の座を狙っていたのです!」
事情を知っている人間からすれば噴飯ものな言い草に、トレイシーは困り顔をしつつ内心肩をすくめる。王太子はトレイシーの見たことのない表情で彼らを睨みつけると、無言でトレイシーの擦りむいた膝に回復魔法をかけてくれた。
「わたしからすれば、か弱い女性を悪し様にののしる君たちのほうがよほど信用ならないがね」
「ですが、殿下はあの性悪女の本性をご存知ないのです」
「性悪女だと? 彼女は令嬢たちが不幸な結婚生活を送ることがないように、男性の身辺調査を行なっているだけだが」
「調査結果に問題がなければ、調べられたところで痛くも痒くもないはず。婚約が解消されたというのなら、自省されてはいかがかしら」
王太子と公爵令嬢の言葉に目を白黒させる元雰囲気イケメンたち。
「それにひきかえ君たちときたら。髪色だけで相手を判断し、思い通りにいかないとなると簡単に暴力を振るう。どこまで幼稚なんだ」
「ですが!」
「まったく不愉快だな」
王太子が手で振り払うような動作をした瞬間、彼らの姿は唐突に消えてしまった。元雰囲気イケメンたちだけでなく、イーディスまで消えたことに動揺しつつ、トレイシーは王太子に質問を投げかける。
「殿下、最初からご存知だったんですか?」
「どうしてわたしが知らないと思ったんだい」
「それは……」
「君がわたしの興味を引こうとあれやこれや考える姿は、とても可愛らしいものだったよ。手放しがたくて本音があふれでてしまうほどに。そのせいで余計な心労をかけたね。ピンクブロンドへの偏見は知っていたがまさかここまでとは」
「王族ともあろうお方が、頭を下げてはなりません!」
突然の謝罪にトレイシーは悲鳴をあげる。硬直した彼女の前に王太子はひざまずき、手の甲に口づけた。
「殿下、お戯れはおやめください」
「わたしは本気だよ」
「そうであればなおさら、このようなお姿を周囲に見せては」
「彼らが出て行った後から、ここは結界で閉じている。誰に見られることもない」
「殿下、考え直してくださいませ。あなたさまの地位は、婚約者であるイーディスさまあってのもの。せっかくの王太子という地位をみすみす捨てるおつもりですか」
「彼女とも話がついている。万一王太子という立場を手放すことになったとしても、わたしは構わない。他国の王族を嵌めたり、王家直属の暗部を取りまとめる以上に、君の隣で過ごす日々は心踊るものだったからね」
「あーあー、聞ーこーえーなーいー」
さらりと国家機密を聞かされそうになり、トレイシーは必死で耳を塞ぐ。
(外堀を埋められてなるものですか!)
幸せな結婚は諦めているトレイシーだが、未亡人になったあとの悠々自適な生活には希望を抱いている。間違っても、王太子妃という面倒くさい立場に立つつもりはない。
「男というのはね、逃げられると追いかけたくなるものなんだよ」
「お断りします!」
「覚悟しておいてくれ」
「ひいっ」
慌てたトレイシーは、一瞬の隙をついて這々の体で逃げ出した。
結界で閉じられている空間は、外部から侵入できないと同時に、術者が解除しなければ内部からの脱出もかなわない。トレイシーが立ち去ることができたのは、王太子が見逃してくれただけなのだと気がつかないままで。
23
お気に入りに追加
158
あなたにおすすめの小説
王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない
エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい
最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。
でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。
潜入捜査中の少女騎士は、悩める相棒の恋心に気がつかない。~男のふりをしているのに、メイド服を着て捜査とかどうしたらいいんですか。~
石河 翠
恋愛
平民の孤児でありながら、騎士団に所属するフィンリー。そのフィンリーには、大きな秘密があった。実は女であることを隠して、男として働いているのだ。
騎士団には女性も所属している。そのため性別変更は簡単にできるのだが、彼女にはどうしてもそれができない理由があった。友人であり、片思いの相手であり、何より大切な相棒でもあるローガンと離れたくなかったのだ。
女性にモテるローガンだが、誰かひとりに肩入れすることはない。自分が女であるとわかれば、彼は自分を相棒としてふさわしくないと認識するだろう。
そう考えたフィンリーは相棒として隣に立つことを望んでいたのだが、ある日厄介な任務を受けることになる。それは、男として暮らしているフィンリーが、メイドとして潜入捜査を行うというものだった。
正体と恋心がバレないように必死に男らしく振る舞おうとするフィンリーだったが、捜査相手にさらわれてしまい……。
男として振る舞うちょっと鈍感なヒロインと、彼女を大切に思うあまり煙草が手放せなくなってしまったヒーローのお話。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、相内充希さまに作成していただきました。
落ちこぼれ姫はお付きの従者と旅立つ。王族にふさわしくないと追放されましたが、私にはありのままの私を愛してくれる素敵な「家族」がおりますので。
石河 翠
恋愛
神聖王国の姫は誕生日に宝石で飾られた金の卵を贈られる。王族として成長する中で卵が割れ、精霊が現れるのだ。
ところがデイジーの卵だけは、いつまでたっても割れないまま。精霊を伴わない姫は王族とみなされない。デイジーを大切にしてくれるのは、お付きの従者だけ。
あるとき、異母姉に卵を奪われそうになったデイジーは姉に怪我を負わせてしまう。嫁入り前の姉の顔に傷をつけたと、縁を切られ平民として追放された彼女の元へ、お付きの従者が求婚にやってくる。
さらにデイジーがいなくなった王城では、精霊が消えてしまい……。
実は精霊王の愛し子だったヒロインと、彼女に片思いしていた一途なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25997681)をお借りしております。
あなたのそばにいられるなら、卒業試験に落ちても構いません! そう思っていたのに、いきなり永久就職決定からの溺愛って、そんなのありですか?
石河 翠
恋愛
騎士を養成する騎士訓練校の卒業試験で、不合格になり続けている少女カレン。彼女が卒業試験でわざと失敗するのには、理由があった。 彼女は、教官である美貌の騎士フィリップに恋をしているのだ。
本当は料理が得意な彼女だが、「料理音痴」と笑われてもフィリップのそばにいたいと願っている。
ところがカレンはフィリップから、次の卒業試験で不合格になったら、騎士になる資格を永久に失うと告げられる。このままでは見知らぬ男に嫁がされてしまうと慌てる彼女。
本来の実力を発揮したカレンはだが、卒業試験当日、思いもよらない事実を知らされることになる。毛嫌いしていた見知らぬ婚約者の正体は実は……。
大好きなひとのために突き進むちょっと思い込みの激しい主人公と、なぜか主人公に思いが伝わらないまま外堀を必死で埋め続けるヒーロー。両片想いですれ違うふたりの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
うちの天然お嬢さまが、「悪い男っていいわ。わたくし、騙されてみたいの」などと自分に向かって言い出しやがったのだが、押し倒しても許されますか?
石河 翠
恋愛
公爵家に仕える若き執事レイモンドは、公爵令嬢セリーヌにいつも振り回されている。ある日レイモンドは、セリーヌにとんでもないお願いをされる。なんとセリーヌは、悪い男に弄ばれてみたいのだという。
密かに想いを寄せるセリーヌの発言に頭を痛めるレイモンド。実は彼はセリーヌを幸せにするために既に何度もやり直しの人生を送っていたのだ。
悪役令嬢として処刑、追放される未来を回避するため天然に育てたが、どうしてこうなった。思い余ったレイモンドは彼女を押し倒すが……。
意外としたたかなヒロインと、愛するひとのためなら何だってするイケメン執事の恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID3266787)をお借りしております。
【完結】婚約破棄からの絆
岡崎 剛柔
恋愛
アデリーナ=ヴァレンティーナ公爵令嬢は、王太子アルベールとの婚約者だった。
しかし、彼女には王太子の傍にはいつも可愛がる従妹のリリアがいた。
アデリーナは王太子との絆を深める一方で、従妹リリアとも強い絆を築いていた。
ある日、アデリーナは王太子から呼び出され、彼から婚約破棄を告げられる。
彼の隣にはリリアがおり、次の婚約者はリリアになると言われる。
驚きと絶望に包まれながらも、アデリーナは微笑みを絶やさずに二人の幸せを願い、従者とともに部屋を後にする。
しかし、アデリーナは勘当されるのではないか、他の貴族の後妻にされるのではないかと不安に駆られる。
婚約破棄の話は進まず、代わりに王太子から再び呼び出される。
彼との再会で、アデリーナは彼の真意を知る。
アデリーナの心は揺れ動く中、リリアが彼女を支える存在として姿を現す。
彼女の勇気と言葉に励まされ、アデリーナは再び自らの意志を取り戻し、立ち上がる覚悟を固める。
そして――。
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
王太子殿下が私を諦めない
風見ゆうみ
恋愛
公爵令嬢であるミア様の侍女である私、ルルア・ウィンスレットは伯爵家の次女として生まれた。父は姉だけをバカみたいに可愛がるし、姉は姉で私に婚約者が決まったと思ったら、婚約者に近付き、私から奪う事を繰り返していた。
今年でもう21歳。こうなったら、一生、ミア様の侍女として生きる、と決めたのに、幼なじみであり俺様系の王太子殿下、アーク・ミドラッドから結婚を申し込まれる。
きっぱりとお断りしたのに、アーク殿下はなぜか諦めてくれない。
どうせ、姉にとられるのだから、最初から姉に渡そうとしても、なぜか、アーク殿下は私以外に興味を示さない? 逆に自分に興味を示さない彼に姉が恋におちてしまい…。
※史実とは関係ない、異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる