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「それにしても、どうして人生をやり直すことができたのでしょうか。私もお嬢さまも魔法の素養なんて持ち合わせておりませんのに」
「それは、あなたに渡したブローチのせいかもしれないわね。おばあさまの形見なのだけれど、持ち主の願いを叶える力があるそうよ」
「そ、そんな大切なものを、私に与えていたのですか! 何を考えておられるのです!」
「だっておばあさまに、本当に大切な相手ができたら、渡すように言われていたんだもの。真実の愛があれば、効果を発揮するだろうっておっしゃっていたのよ」

 ブローチの価値やら、やり直しの秘密やら、情報量の多さに頭がくらくらした。

「記憶があったのなら、話してほしかったです」

 やり直しの日々は孤独で寂しくて、セリーヌの隣だというのにときどきわけもなく消えたくなった。あがくことをやめなかったのは、やり直しの理由がセリーヌの幸福のためだったからだ。自分だけの事情なら、レイモンドの精神はとっくに破綻していただろう。

「レイモンド、あなただってわたくしに内緒にしていたでしょう」
「それは……」
「それは? まさか狂人扱いされるのが怖かったなんて言うつもりではないでしょうね?」

 レイモンドに言えるわけがない。セリーヌに記憶がなかった場合、無駄に怖がらせることになってしまう。それを自分は恐れていたなんて。今のセリーヌを見ていれば、それが杞憂だったことがわかる。たとえ記憶がなかっとしても、自分の心配を笑い飛ばし、未来へ突き進むだけの強さが彼女にだってあったはずなのだ。

「ねえ、レイモンド。あなた本当に、わたくしが『悪い男に騙されたい』と言った意味がわからないの?」
「……自惚れてもかまいませんか?」
「むしろわたくしのほうこそ聞きたいのだけれど、養殖はお嫌い?」
「まさか。手に入るはずのない女神が微笑んでくれたのです。手を離したりしませんとも」

 セリーヌに出会ったときから、自分はすでに彼女に心奪われていたのだと、レイモンドはようやく自覚した。だからこそ、彼女が身につけていたブローチがどうしても欲しくなったのだ。あんな足がすぐついて換金できないような代物、普段のレイモンドなら絶対に手を出さなかったのだから。

 泥棒と呼ばれていたレイモンドだが、その実すべてを根こそぎ奪われたのは自分のほうだと思う。命どころか運命まですべて彼女に委ねてしまった。しかもそれが少しも不快ではないのだから始末が悪い。

「レイモンド、あなた、わたくしのこと」
「ええ、愛しております。そうですね! お嬢さまの許可もとれたことですし、続きをいたしましょうか」
「いいの?」
「ああ、ここでは腰が痛くなってしまいますし、せめてベッドに移動しましょうね」

 輝くような笑顔でにっこりと微笑みながら、レイモンドはセリーヌの手にそっと口づけた。
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