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「レイモンド?」
「まったく、お嬢さまときたら。『悪い男』がなんですって? 男なんてすべからく皆、悪い生き物に決まっているではありませんか。あなたを美味しく食べてしまおうと、よだれを垂らしながら見つめている。その視線に気がつかないほど純粋に育ったあなたが、私は時々無性に憎たらしくなります」

 セリーヌに言うべき言葉ではなかった。セリーヌの幸せを願って行動したのはレイモンドの勝手なのであって、セリーヌにそれを頼まれたからでも、強制されたわけでもない。今の言葉は完全な八つ当たり。それなのに、飛び出した本音はもう止められなかった。

「こんなに美しくなられて。この花を手折るのは誰なのか。社交界で話題にならない日はありませんよ」

 美しいからこそ、無惨に踏みつけてしまいたい。そう考える人間の気持ちが、今ならレイモンドもわかるような気がした。

「私がどんな気持ちであなたを見つめていたか、あなたには到底わからないでしょうね」

 王太子やら隣国の国王やらはセリーヌを不幸にする。いっそ他人に任せるのではなく、自分とともにあったほうがセリーヌは幸せになれるのではないかと考えたことさえあったのだ。

 けれど最後の最後まで妄想を現実に移すことができなかったのは、身分違いの恋であることをよく理解していたから。

 権力者とともにあることが幸せだとは思わない。けれどレイモンドのような平民には、セリーヌを守る力が圧倒的に足りない。セリーヌをさらって市井へ駆け落ちするなどもってのほかだ。まずその前に、セリーヌはきっとレイモンドのことなんて使い勝手のいい使用人以上に思ってはくれていないのだろうけれど。

『きゃっ!』
『大変、セリーヌお嬢さまが。誰か! 泥棒! 泥棒よ!』

 どんなに人生をやり直しても、出会いはいつも同じ場所。うらぶれた貧民街に迷い込んできたセリーヌから、美しい宝石がはめ込まれたブローチをかっぱらった場面からだ。

 お前は、彼女とは違う世界の生き物だ。身の程を知れ。そう突きつけられているような気がした。だからだろうか、宝物だったはずのブローチはその輝きを失い、人生をやり直すごとにすっかりくすんでしまった。今にもひび割れ、崩れ落ちそうにさえ見える。

『それは、道案内のお礼にわたくしが彼にあげたのよ。誤解しないでちょうだい』

 そう言いながらレイモンドを庇ってくれた、セリーヌの優しさが詰まった贈り物だったのに。
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