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「ねえ、レイモンド。わたくし、悪い男に弄ばれてみたいの。どうしたらいいかしら」
「……すみません、お嬢さま。もう一度よろしいでしょうか」
「もうレイモンドったら。お耳が遠くなっちゃったの? 悪い男に弄ばれてみたい、わたくしそう言ったのよ」

 公爵家に仕える若き執事レイモンドは、目の前の可憐な令嬢のトンデモ発言に目を白黒させた。

「お嬢さま、急にどうなさったのです。先日の茶会で、何か話題になりましたか」
「ええそうなの。みなさま、婚約者がいらっしゃるのだけれど、それとは別に好きなかたがいらっしゃるそうよ。どんなひとが好きかと聞かれたので、わたくしも考えてみたの」
「それで、『悪い男』ですか」
「ええ、だって危険な男って魅力的でしょう。そんなひとが見せかけでもわたくしを愛してくれるのなら、それはきっと幸せなことだわ」

 小首を傾げながらころころと笑っているのは、公爵家のひとり娘セリーヌ。その姿は、妖精と言われても納得するほどに美しい。

 彼女を溺愛する両親から真綿にくるむように育てられたせいか、笑顔で突拍子もないことを口にする。美しい見た目にも関わらず、「天然令嬢」と陰口を叩かれているのはそのせいだ。

(いったい、なんと返事をしろと?)

 内心冷や汗を流しまくりながら、レイモンドは紅茶のお代わりを用意した。セリーヌはレイモンドの気持ちなど想像もつかないようで、屈託ない笑顔を見せている。

(か……)

 いくらあだ名が「天然令嬢」とはいえ、その美しさは折り紙つきだ。むしろ小賢しい女など嫌いだという男からすれば、これ以上はないほどの好物件だろう。

 彼女を溺愛する両親は何を考えているのやら、未だ婚約者のいない公爵令嬢。そんな彼女の発言が公になれば、社交界は面白おかしく騒ぎ立てるにちがいない。

(ないとは思うが、悪い男に弄ばれたりなどしたら令嬢としての人生は終わりだ)

「ねえ、レイモンド。どうしたらいいかしら。あなた、悪い男に心当たりはある?」

 うるうるとした瞳で自分を上目遣いで見つめてくる美少女。しかもまるで見せつけるかのように、両手を組みながら胸の谷間を強調している。今までの人生、そしてそれに伴う大小様々な苦労が脳内を駆け巡った。

(しかも私に紹介させようというのか?)

 レイモンドは、頭痛をこらえて小さくため息をついた。
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