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 うろたえるかと思っていたけれど、ジョシュアは思ったよりも冷静だった。

「……与太話だとは言わないのね?」
「嘘だと切り捨てるには、すべての出来事が異常過ぎる」
「婚約破棄はね、王族の直系男子に与えられた儀式なの。教会に所属する聖女はこの学園の持つ役割を知っているわ。だからこそ、本気で王族男子の心を得ようとするのよ」
「なぜ?」
「相手の心を得ることができたなら、孤独な魂の牢獄でも幸せに暮らせるでしょう?」
「……どういうことだ?」
「あなたも話していたじゃない。王族の婚約は政治的な結びつき。恋心うんぬんで解消されることは決してない」

 王族の婚姻相手にふさわしいのは、由緒正しい貴族の娘だけ。贄として捧げられるのは、魔力が豊富な孤児ばかり。だから彼女たちは、贄になる対価として王子さまの愛を乞う。

「わざわざそんなことをする必要がどこにある。魔力の有無が重要なら、死刑囚を贄にすればいい」
「それがね、贄には祈りの心が必要らしいの。王国を守りたいという強い想いがなければ、封印として機能しないんですって。邪な心得は、逆に災厄を呼び寄せたそうよ」

 愛するひとのために死ねと言わんばかりの封印方法は、魔王に相応しい底意地の悪さだ。

「贄として捧げられたひとは、通常とは異なる時間の中を生きていくことになるわ。誰かの記憶に残る限り、生き続けることができるの。それはつまり、封印が強固になることを意味するわ。でもね、みんなに忘れられると存在が消えてしまうのよ」
「そのための婚約破棄だというのか!」

 英雄を讃える話よりも、王族の汚点や醜聞の方が多くのひとに広がり、長い間残り続ける。だがそれも永遠ではない。

 何せこの学園の外に出ると、王族とその伴侶、そして高位の神官以外はこの出来事を尋常ならざる速度で忘れてしまう。さらには、すべてを都合よく脳内で書き換えてしまうのだ。私の義妹として、聖女が引き取られたことに私の家族以外誰も違和感を覚えないように。

「プリムローズ、どうして君はこんなことを知っているんだ」
「ねえ、ジョシュア。七不思議が六つしか見つからなかったというのは、嘘でしょう?」
「それは……」
「やっぱり聞くのが怖くなった?」

 あおられたと思ったのか、ジョシュアが私を睨みつけた。

「僕が七不思議に興味を持ったのは、君のことを知りたかったからだ。『思い出せない図書室の女神』、君のことなんだろう」
「女神だなんて言われると、なんだか照れちゃうわね」
「何を今さら。今日だって自分でそう名乗ってたじゃないか」
「だってわかりやすい名前で自分を形作っていないと、変な要素で固定されちゃうんだもん。噂の力って強いんだから。カミラだって最初はあんな変な甲冑を着ていなかったのに、だんだんおどろおどろしくなっちゃって。ジョシュア、せっかくだから美人な女騎士の姿で噂を流し直してあげてね。まあどうせまたしばらくしたら、変化しちゃうんだろうけど」
「プリムローズ、やっぱり君は」

 私の存在はまだ新しい。記録を調べる前から、もしかしたら私が誰なのか彼は理解していたのかもしれない。

「あなたにはこう言った方がわかりやすいかもしれない。私はあなたの父親に婚約を解消された元婚約者。これでも一応、侯爵令嬢だったのよ」
「婚約破棄されなかった唯一の事例……」
「それにしても、図書室の外に出たら私を忘れてしまうはずなのに、学園の外でも覚えていられるなんて。呪いへの耐性が強いのは聖女だったあの子譲りというところかしら」

 友人ふたりによく似た彼の顔を見ていると、私はなんだか胸がいっぱいになってしまった。
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