5 / 8
(5)
しおりを挟む
うろたえるかと思っていたけれど、ジョシュアは思ったよりも冷静だった。
「……与太話だとは言わないのね?」
「嘘だと切り捨てるには、すべての出来事が異常過ぎる」
「婚約破棄はね、王族の直系男子に与えられた儀式なの。教会に所属する聖女はこの学園の持つ役割を知っているわ。だからこそ、本気で王族男子の心を得ようとするのよ」
「なぜ?」
「相手の心を得ることができたなら、孤独な魂の牢獄でも幸せに暮らせるでしょう?」
「……どういうことだ?」
「あなたも話していたじゃない。王族の婚約は政治的な結びつき。恋心うんぬんで解消されることは決してない」
王族の婚姻相手にふさわしいのは、由緒正しい貴族の娘だけ。贄として捧げられるのは、魔力が豊富な孤児ばかり。だから彼女たちは、贄になる対価として王子さまの愛を乞う。
「わざわざそんなことをする必要がどこにある。魔力の有無が重要なら、死刑囚を贄にすればいい」
「それがね、贄には祈りの心が必要らしいの。王国を守りたいという強い想いがなければ、封印として機能しないんですって。邪な心得は、逆に災厄を呼び寄せたそうよ」
愛するひとのために死ねと言わんばかりの封印方法は、魔王に相応しい底意地の悪さだ。
「贄として捧げられたひとは、通常とは異なる時間の中を生きていくことになるわ。誰かの記憶に残る限り、生き続けることができるの。それはつまり、封印が強固になることを意味するわ。でもね、みんなに忘れられると存在が消えてしまうのよ」
「そのための婚約破棄だというのか!」
英雄を讃える話よりも、王族の汚点や醜聞の方が多くのひとに広がり、長い間残り続ける。だがそれも永遠ではない。
何せこの学園の外に出ると、王族とその伴侶、そして高位の神官以外はこの出来事を尋常ならざる速度で忘れてしまう。さらには、すべてを都合よく脳内で書き換えてしまうのだ。私の義妹として、聖女が引き取られたことに私の家族以外誰も違和感を覚えないように。
「プリムローズ、どうして君はこんなことを知っているんだ」
「ねえ、ジョシュア。七不思議が六つしか見つからなかったというのは、嘘でしょう?」
「それは……」
「やっぱり聞くのが怖くなった?」
あおられたと思ったのか、ジョシュアが私を睨みつけた。
「僕が七不思議に興味を持ったのは、君のことを知りたかったからだ。『思い出せない図書室の女神』、君のことなんだろう」
「女神だなんて言われると、なんだか照れちゃうわね」
「何を今さら。今日だって自分でそう名乗ってたじゃないか」
「だってわかりやすい名前で自分を形作っていないと、変な要素で固定されちゃうんだもん。噂の力って強いんだから。カミラだって最初はあんな変な甲冑を着ていなかったのに、だんだんおどろおどろしくなっちゃって。ジョシュア、せっかくだから美人な女騎士の姿で噂を流し直してあげてね。まあどうせまたしばらくしたら、変化しちゃうんだろうけど」
「プリムローズ、やっぱり君は」
私の存在はまだ新しい。記録を調べる前から、もしかしたら私が誰なのか彼は理解していたのかもしれない。
「あなたにはこう言った方がわかりやすいかもしれない。私はあなたの父親に婚約を解消された元婚約者。これでも一応、侯爵令嬢だったのよ」
「婚約破棄されなかった唯一の事例……」
「それにしても、図書室の外に出たら私を忘れてしまうはずなのに、学園の外でも覚えていられるなんて。呪いへの耐性が強いのは聖女だったあの子譲りというところかしら」
友人ふたりによく似た彼の顔を見ていると、私はなんだか胸がいっぱいになってしまった。
「……与太話だとは言わないのね?」
「嘘だと切り捨てるには、すべての出来事が異常過ぎる」
「婚約破棄はね、王族の直系男子に与えられた儀式なの。教会に所属する聖女はこの学園の持つ役割を知っているわ。だからこそ、本気で王族男子の心を得ようとするのよ」
「なぜ?」
「相手の心を得ることができたなら、孤独な魂の牢獄でも幸せに暮らせるでしょう?」
「……どういうことだ?」
「あなたも話していたじゃない。王族の婚約は政治的な結びつき。恋心うんぬんで解消されることは決してない」
王族の婚姻相手にふさわしいのは、由緒正しい貴族の娘だけ。贄として捧げられるのは、魔力が豊富な孤児ばかり。だから彼女たちは、贄になる対価として王子さまの愛を乞う。
「わざわざそんなことをする必要がどこにある。魔力の有無が重要なら、死刑囚を贄にすればいい」
「それがね、贄には祈りの心が必要らしいの。王国を守りたいという強い想いがなければ、封印として機能しないんですって。邪な心得は、逆に災厄を呼び寄せたそうよ」
愛するひとのために死ねと言わんばかりの封印方法は、魔王に相応しい底意地の悪さだ。
「贄として捧げられたひとは、通常とは異なる時間の中を生きていくことになるわ。誰かの記憶に残る限り、生き続けることができるの。それはつまり、封印が強固になることを意味するわ。でもね、みんなに忘れられると存在が消えてしまうのよ」
「そのための婚約破棄だというのか!」
英雄を讃える話よりも、王族の汚点や醜聞の方が多くのひとに広がり、長い間残り続ける。だがそれも永遠ではない。
何せこの学園の外に出ると、王族とその伴侶、そして高位の神官以外はこの出来事を尋常ならざる速度で忘れてしまう。さらには、すべてを都合よく脳内で書き換えてしまうのだ。私の義妹として、聖女が引き取られたことに私の家族以外誰も違和感を覚えないように。
「プリムローズ、どうして君はこんなことを知っているんだ」
「ねえ、ジョシュア。七不思議が六つしか見つからなかったというのは、嘘でしょう?」
「それは……」
「やっぱり聞くのが怖くなった?」
あおられたと思ったのか、ジョシュアが私を睨みつけた。
「僕が七不思議に興味を持ったのは、君のことを知りたかったからだ。『思い出せない図書室の女神』、君のことなんだろう」
「女神だなんて言われると、なんだか照れちゃうわね」
「何を今さら。今日だって自分でそう名乗ってたじゃないか」
「だってわかりやすい名前で自分を形作っていないと、変な要素で固定されちゃうんだもん。噂の力って強いんだから。カミラだって最初はあんな変な甲冑を着ていなかったのに、だんだんおどろおどろしくなっちゃって。ジョシュア、せっかくだから美人な女騎士の姿で噂を流し直してあげてね。まあどうせまたしばらくしたら、変化しちゃうんだろうけど」
「プリムローズ、やっぱり君は」
私の存在はまだ新しい。記録を調べる前から、もしかしたら私が誰なのか彼は理解していたのかもしれない。
「あなたにはこう言った方がわかりやすいかもしれない。私はあなたの父親に婚約を解消された元婚約者。これでも一応、侯爵令嬢だったのよ」
「婚約破棄されなかった唯一の事例……」
「それにしても、図書室の外に出たら私を忘れてしまうはずなのに、学園の外でも覚えていられるなんて。呪いへの耐性が強いのは聖女だったあの子譲りというところかしら」
友人ふたりによく似た彼の顔を見ていると、私はなんだか胸がいっぱいになってしまった。
22
お気に入りに追加
209
あなたにおすすめの小説
【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。
旦那様の秘密 ~人も羨む溺愛結婚、の筈がその実態は白い結婚!?なのにやっぱり甘々って意味不明です~
夏笆(なつは)
恋愛
溺愛と言われ、自分もそう感じながらハロルドと結婚したシャロンだが、その婚姻式の夜『今日は、疲れただろう。ゆっくり休むといい』と言われ、それ以降も夫婦で寝室を共にしたことは無い。
それでも、休日は一緒に過ごすし、朝も夜も食事は共に摂る。しかも、熱量のある瞳でハロルドはシャロンを見つめている。
浮気をするにしても、そのような時間があると思えず、むしろ誰よりも愛されているのでは、と感じる時間が多く、悩んだシャロンは、ハロルドに直接問うてみることに決めた。
そして知った、ハロルドの秘密とは・・・。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~
瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】
ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。
爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。
伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。
まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。
婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。
――「結婚をしない」という選択肢が。
格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。
努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。
他のサイトでも公開してます。全12話です。
リアンの白い雪
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。
いつもの日常の、些細な出来事。
仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。
だがその後、二人の関係は一変してしまう。
辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。
記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。
二人の未来は?
※全15話
※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。
(全話投稿完了後、開ける予定です)
※1/29 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
【完結】「お迎えに上がりました、お嬢様」
まほりろ
恋愛
私の名前はアリッサ・エーベルト、由緒ある侯爵家の長女で、第一王子の婚約者だ。
……と言えば聞こえがいいが、家では継母と腹違いの妹にいじめられ、父にはいないものとして扱われ、婚約者には腹違いの妹と浮気された。
挙げ句の果てに妹を虐めていた濡れ衣を着せられ、婚約を破棄され、身分を剥奪され、塔に幽閉され、現在軟禁(なんきん)生活の真っ最中。
私はきっと明日処刑される……。
死を覚悟した私の脳裏に浮かんだのは、幼い頃私に仕えていた執事見習いの男の子の顔だった。
※「幼馴染が王子様になって迎えに来てくれた」を推敲していたら、全く別の話になってしまいました。
勿体ないので、キャラクターの名前を変えて別作品として投稿します。
本作だけでもお楽しみいただけます。
※他サイトにも投稿してます。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。
みゅー
恋愛
王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。
いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。
聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。
王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。
ちょっと切ないお話です。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる