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 エリカは騎士団の付設食堂で働いている、ごくごく平凡な女だ。そんな彼女が自宅の裏庭にある鶏小屋でとんでもなく大きな卵を見つけたのは、つい先日のこと。

(ちょっとこれ、どういうこと?)

 エリカが見つけたのは、両手で抱えなければ持ち運びできないような大きな卵。ずっしりとした卵は、鶏の卵とは思えない。

(しかもなんかうっすら光ってるし!)

 ところが動揺しているのは、エリカだけ。小屋の中の鶏たちは、さも当然のように過ごしていた。一羽の雌鳥――ピヨリーヌ――にいたっては、我が子のように卵を温めていたりする。

(いやいや、おかしいでしょ。どう考えても普通に温めている場合じゃないでしょ。もしかしてこれって聖獣の卵なんじゃないの?)

 無類の聖獣好きであるエリカは、聖獣の卵がたびたびとんでもない場所から発見されていることを知っている。神話として各地に伝わっている聖獣伝説は、実際のところそれぞれ本当に起きたことなのだ。

 火属性の聖獣の卵が、温泉から発見されたこともあるし(あわや温泉卵かと危ぶまれたが、その後問題なく生まれた。中身は火竜だったそうだ)、地属性の聖獣の卵が、改築中のお城の基礎部分で見つかって、工事が百年ほど延びた国だってある。どうもかなりのんびり屋の聖獣だったらしいが、王家が保護者となったので問題はなかったらしい。

 だから今回のようによそさまの鶏小屋の中で生まれたっておかしくはないのだ。地味に驚くけれど。

「痛い、痛い。ちょ、ピヨリーヌさんってばやめて。盗らないから。大丈夫だから! 一応、協会に届け出るだけだからってば。ぎゃー」

 うちの子に何しやがるんですかと、エリカの手をつつき回すピヨリーヌ。雌鳥ごと卵を籠に入れるつもりが、怒れる母性を前にしぶしぶ諦めたエリカは、とりあえず単身で聖獣保護協会へと駆け込んだのだった。

 ところがエリカの予想に反し、聖獣保護協会の窓口の対応はけんもほろろなものだった。

「私ではなく、この土地の領主を保護主として国に報告するですって? そんなの聞いてません! 聖獣の安定した生育環境のためにも、発見場所をできるだけ保全し、その場で養育することは法的に認められているはずです!」
「その通りだよ。だから君は今の家から退去しなくちゃいけない。今すぐに」
「じゃあ正直に届け出た私が馬鹿みたいじゃないですか!」
「お嬢さん、考えてもみてごらん。若い女の子がひとりで聖獣の卵を育てているなんて悪い奴らが知ったらどうなるか」
「それはつまり、聖獣の卵を守るためには何よりも財力が必要だということですか」
「お金だけではなく、男手もね」

 悔しい。どうして、女というだけでこうも理不尽な目に遭わなければならないのか。ぽろりと涙が頬を伝う。

 ずっしりと手に食い込む荷物が重い。生育環境の保護という言い分で、エリカはピヨリーヌをはじめとする鶏たちや家財道具を移動させることも認められなかった。できる限り旅行鞄の中に詰め込むだけで精一杯だった。

「聖獣を私が育てることはできないのはわかりました。生育環境を維持するため、家屋が聖獣優先になることも理解できます。けれど、大事な家族も問答無用で奪われ、その補償も一切ないというのはおかしいでしょう!」
「だが聖獣の保護については取り決められているけれど、発見者が保護できない場合の救済策については定められていなくてね……。必要なら国に異議申し立てをするしかないかな」

 一般市民が国への申し立てなんかできるはずがない。そもそも伝手もお金もないのだから。

 とぼとぼと歩いていたエリカは、とうとうヤケクソで入ったことのない酒場に飛び込んだのだった。
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