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聖女が美男子を警戒する理由(2)

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「キャシーさま、お茶のお代わりはいかがでしょうか」
「いや、もう」
「ああ、せっかくならば口直しにこちらを。甘いものばかりでは飽きてしまいますからね」
「……はい」

 甘いしょっぱい甘いを繰り返しつつおやつをエンドレスに食べるのは、権謀術数渦巻く王宮に滞在する中でのキャシーの唯一の楽しみである。ちょうどしょっぱいものが食べたいなあと思っていたところを突かれ、キャシーはまたもや席を立つ機会を逃してしまった。

(この王子、やるわね)

 単にキャシーの食い意地が張っているだけなのであるが、確かにダニエルの気遣いは眼を見張るものがあった。ここまで自身のタイミングをばっちり把握してくれる存在を、白い竜以外でキャシーは知らない。

「聖女さま、そんな可愛らしい顔で何を考えていらっしゃるのです?」
「へ?」
「口元にクリームが」

 すっと白く滑らかな指先が口元に伸ばされ、キャシーはひくりとこめかみをひきつらせた。もちろん恋の予感にときめいたわけではない。

(はいはい、唇の端っこについているかどうだかわからないクリームをとったあげく、その指先を目の前でなめたくるヤツね。できるもんなら、やってみなさいな)

 どこか白けた気持ちでそれを眺めていたキャシーだが、伸ばされた指先は頬に添えられただけで、反対側の手で持っていたナプキンで口をぬぐわれてしまった。

「ほら、これで安心です。さきほどのお菓子は美味しいのですが、口周りが汚れやすいのが玉に瑕なのです」
「は、はい、ええと、そうですね?」

 にこりと微笑むダニエルに、痛みを堪える様子は見られない。
 予想外の出来事に脳内を混乱させながら、キャシーは彼の指先から目が離せなくなった。

 聖女には、女神からの加護が付与されている。それは巡礼の旅に出るか弱き女性にとって命綱とも言えるもの。命を脅かされることがないように、女性としての尊厳を踏みにじられることがないように。女神の加護「鉄の処女」は、聖女に対して邪な想いを抱く人間の接触部位を見えない棘で串刺しにする。

 ちなみにかつて押し倒されそうになったことも1度や2度ではないのだが、そういった人間のそういった部分がどうなったのかは、正直思い出したくもない。

 呆然とするキャシーを、心配そうにダニエルが見つめてくる。

「……どうかなさいましたか?」
「……嘘でしょう……?」

(こんなイケメンなのに下心ゼロとか、童貞なの? それとも夜の世界をお楽しみ過ぎて結果的に悟りを開いた元チャラ男なの?)

 心の中で思い切り失礼なセリフを吐きながら、キャシーは神託を聞くための条件をダニエルに説明することにした。
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