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正直なところ、ロイドは焦っていた。彼にとってガーデニアは不快な人物ではなかった。むしろフィオナのことがなければ、ガーデニアを妻とする未来だってあったのかもしれなかった。
隣にたたずむガーデニアのことを考えれば、たまらなく胸が苦しくなる。けれどその想いが、彼女自身を愛おしく思っているのか、それともフィオナと重ねているだけなのか、ロイドには分からなかった。
「聞いてくれるだろうか。俺には、かつて結婚を約束した女性がいた。彼女と添い遂げることはできなかったが、俺は彼女に生涯を捧げると決めた。けれど彼女は俺より早く亡くなり、子どもすら残さなかった」
あれほどフィオナに執着した前王だが、彼女を夜伽に呼ぶことはなかったらしい。前王の胸のうちは、ロイドには想像もつかなかった。
「俺はかつての婚約者にすべてを捧げると誓ったのに、君を見て心を揺らがせてしまう。けれど、それが君自身を愛してしまったのか、彼女の面影を重ねてしまっているのか、わからないんだ。だからすまない。俺は君の夫にはふさわしくない。家族にしかなれないんだ。どうか、こんな情けない卑怯な俺を許してくれ」
苦しいのはガーデニアだというのに、ロイドはひたすらにベッドに頭をこすりつけて詫びた。
ゆっくりとロイドはガーデニアに抱き締められる。まるで幼子のように、とんとんと背中を優しく叩かれた。
なんと懐かしい感覚だろう。少年の頃は泣き虫だった彼は、よくこんな風にフィオナに慰めてもらったものだった。
「フィオナ?」
馬鹿馬鹿しいとわかってはいた。死んだはずの彼女が、ここにいるはずがない。国葬だって済ませたのだ。けれど、男には目の前のガーデニアがフィオナに見えて仕方がなかった。
ともすれば、死んだ女の名を呼ぶ最低な男。けれど、奇跡は起きる。
「ロイド。あなたが卑怯者だというのなら、私こそ最低最悪のろくでなしです。あなたに『私を忘れて。幸せになって』、そう告げて指切りを交わしながら、私のことを忘れてほしくなどありませんでした。ずっと、ずっと、私のために生きてほしかった」
「……!」
「あなたが、かつてのフィオナとの約束と、目の前の私との間で揺れ動くたびに、ほの暗い幸せを覚えました。あなたは、私のためにその心を痛めてくれる。それを嬉しく思う私を、あなたは軽蔑しますか?」
ずっと口を閉ざしていたがために少しかすれたその声は、間違いなく愛しいフィオナのものだった。
隣にたたずむガーデニアのことを考えれば、たまらなく胸が苦しくなる。けれどその想いが、彼女自身を愛おしく思っているのか、それともフィオナと重ねているだけなのか、ロイドには分からなかった。
「聞いてくれるだろうか。俺には、かつて結婚を約束した女性がいた。彼女と添い遂げることはできなかったが、俺は彼女に生涯を捧げると決めた。けれど彼女は俺より早く亡くなり、子どもすら残さなかった」
あれほどフィオナに執着した前王だが、彼女を夜伽に呼ぶことはなかったらしい。前王の胸のうちは、ロイドには想像もつかなかった。
「俺はかつての婚約者にすべてを捧げると誓ったのに、君を見て心を揺らがせてしまう。けれど、それが君自身を愛してしまったのか、彼女の面影を重ねてしまっているのか、わからないんだ。だからすまない。俺は君の夫にはふさわしくない。家族にしかなれないんだ。どうか、こんな情けない卑怯な俺を許してくれ」
苦しいのはガーデニアだというのに、ロイドはひたすらにベッドに頭をこすりつけて詫びた。
ゆっくりとロイドはガーデニアに抱き締められる。まるで幼子のように、とんとんと背中を優しく叩かれた。
なんと懐かしい感覚だろう。少年の頃は泣き虫だった彼は、よくこんな風にフィオナに慰めてもらったものだった。
「フィオナ?」
馬鹿馬鹿しいとわかってはいた。死んだはずの彼女が、ここにいるはずがない。国葬だって済ませたのだ。けれど、男には目の前のガーデニアがフィオナに見えて仕方がなかった。
ともすれば、死んだ女の名を呼ぶ最低な男。けれど、奇跡は起きる。
「ロイド。あなたが卑怯者だというのなら、私こそ最低最悪のろくでなしです。あなたに『私を忘れて。幸せになって』、そう告げて指切りを交わしながら、私のことを忘れてほしくなどありませんでした。ずっと、ずっと、私のために生きてほしかった」
「……!」
「あなたが、かつてのフィオナとの約束と、目の前の私との間で揺れ動くたびに、ほの暗い幸せを覚えました。あなたは、私のためにその心を痛めてくれる。それを嬉しく思う私を、あなたは軽蔑しますか?」
ずっと口を閉ざしていたがために少しかすれたその声は、間違いなく愛しいフィオナのものだった。
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