上 下
8 / 10

(8)

しおりを挟む
 正直なところ、ロイドは焦っていた。彼にとってガーデニアは不快な人物ではなかった。むしろフィオナのことがなければ、ガーデニアを妻とする未来だってあったのかもしれなかった。

 隣にたたずむガーデニアのことを考えれば、たまらなく胸が苦しくなる。けれどその想いが、彼女自身を愛おしく思っているのか、それともフィオナと重ねているだけなのか、ロイドには分からなかった。

「聞いてくれるだろうか。俺には、かつて結婚を約束した女性がいた。彼女と添い遂げることはできなかったが、俺は彼女に生涯を捧げると決めた。けれど彼女は俺より早く亡くなり、子どもすら残さなかった」

 あれほどフィオナに執着した前王だが、彼女を夜伽に呼ぶことはなかったらしい。前王の胸のうちは、ロイドには想像もつかなかった。

「俺はかつての婚約者にすべてを捧げると誓ったのに、君を見て心を揺らがせてしまう。けれど、それが君自身を愛してしまったのか、彼女の面影を重ねてしまっているのか、わからないんだ。だからすまない。俺は君の夫にはふさわしくない。家族にしかなれないんだ。どうか、こんな情けない卑怯な俺を許してくれ」

 苦しいのはガーデニアだというのに、ロイドはひたすらにベッドに頭をこすりつけて詫びた。

 ゆっくりとロイドはガーデニアに抱き締められる。まるで幼子のように、とんとんと背中を優しく叩かれた。

 なんと懐かしい感覚だろう。少年の頃は泣き虫だった彼は、よくこんな風にフィオナに慰めてもらったものだった。

「フィオナ?」

 馬鹿馬鹿しいとわかってはいた。死んだはずの彼女が、ここにいるはずがない。国葬だって済ませたのだ。けれど、男には目の前のガーデニアがフィオナに見えて仕方がなかった。

 ともすれば、死んだ女の名を呼ぶ最低な男。けれど、奇跡は起きる。

「ロイド。あなたが卑怯者だというのなら、私こそ最低最悪のろくでなしです。あなたに『私を忘れて。幸せになって』、そう告げて指切りを交わしながら、私のことを忘れてほしくなどありませんでした。ずっと、ずっと、私のために生きてほしかった」
「……!」
「あなたが、かつてのフィオナとの約束と、目の前のガーデニアとの間で揺れ動くたびに、ほの暗い幸せを覚えました。あなたは、私のためにその心を痛めてくれる。それを嬉しく思う私を、あなたは軽蔑しますか?」

 ずっと口を閉ざしていたがために少しかすれたその声は、間違いなく愛しいフィオナのものだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

傷物の大聖女は盲目の皇子に見染められ祖国を捨てる~失ったことで滅びに瀕する祖国。今更求められても遅すぎです~

たらふくごん
恋愛
聖女の力に目覚めたフィアリーナ。 彼女には人に言えない過去があった。 淑女としてのデビューを祝うデビュタントの日、そこはまさに断罪の場へと様相を変えてしまう。 実父がいきなり暴露するフィアリーナの過去。 彼女いきなり不幸のどん底へと落とされる。 やがて絶望し命を自ら断つ彼女。 しかし運命の出会いにより彼女は命を取り留めた。 そして出会う盲目の皇子アレリッド。 心を通わせ二人は恋に落ちていく。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】婚約破棄からの絆

岡崎 剛柔
恋愛
 アデリーナ=ヴァレンティーナ公爵令嬢は、王太子アルベールとの婚約者だった。  しかし、彼女には王太子の傍にはいつも可愛がる従妹のリリアがいた。  アデリーナは王太子との絆を深める一方で、従妹リリアとも強い絆を築いていた。  ある日、アデリーナは王太子から呼び出され、彼から婚約破棄を告げられる。  彼の隣にはリリアがおり、次の婚約者はリリアになると言われる。  驚きと絶望に包まれながらも、アデリーナは微笑みを絶やさずに二人の幸せを願い、従者とともに部屋を後にする。  しかし、アデリーナは勘当されるのではないか、他の貴族の後妻にされるのではないかと不安に駆られる。  婚約破棄の話は進まず、代わりに王太子から再び呼び出される。  彼との再会で、アデリーナは彼の真意を知る。  アデリーナの心は揺れ動く中、リリアが彼女を支える存在として姿を現す。  彼女の勇気と言葉に励まされ、アデリーナは再び自らの意志を取り戻し、立ち上がる覚悟を固める。  そして――。

雇われ妻の求めるものは

中田カナ
恋愛
若き雇われ妻は領地繁栄のため今日も奮闘する。(全7話) ※小説家になろう/カクヨムでも投稿しています。

【短編完結】記憶なしで婚約破棄、常識的にざまあです。だってそれまずいって

鏑木 うりこ
恋愛
お慕いしておりましたのにーーー  残った記憶は強烈な悲しみだけだったけれど、私が目を開けると婚約破棄の真っ最中?! 待って待って何にも分からない!目の前の人の顔も名前も、私の腕をつかみ上げている人のことも!  うわーーうわーーどうしたらいいんだ!  メンタルつよつよ女子がふわ~り、さっくりかる~い感じの婚約破棄でざまぁしてしまった。でもメンタルつよつよなので、ザクザク切り捨てて行きます!

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です

くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」 身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。 期間は卒業まで。 彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

処理中です...