上 下
108 / 124

108 汗

しおりを挟む
「ちぇい!」
「くっ!」

 ジゼルが長剣を叩き込み、エレオノールがラウンドシールドで受け止める。一進一退の攻防を見せるジゼルとエレオノール。実力的にはジゼルの方が上だが、守りを固めたエレオノールを崩すのは容易ではないらしい。

 エレオノールも、攻撃を受けることに対しては、かなり上達した。

「んっ……!」
「…………」

 その横では、リディとクロエの模擬戦も展開されていた。こちらはリディが一方的に攻め、クロエが躱している状況だ。お互いの得物は、さすまたとスティレット。そのリーチの違いから、そして、クロエが正面からの戦闘が苦手ということも相まって、リディの一方的な攻勢が続いている。

 だが、リディの攻勢は綱渡りのようなものだ。クロエに躱され、懐に飛び込まれたら、一気に形勢が逆転してしまう。

 リディは丁寧に、クロエを牽制するようにさすまたを振るって、クロエが懐に飛び込むことを阻止している。だが、牽制目的で振るわれたさすまたは、クロエに容易く躱されてしまっていた。

 一方のクロエは、リディのさすまたを躱すことはできるが、後が続かない。さすまたの大きく広がった刃は、クロエに大きく余計に回避することを要求し、なかなか懐に飛び込めないでいた。

 リディとクロエの模擬戦は、千日手の様相を見せ始めていた。だが、これこそがリディの目的だ。リディはクロエを倒すことに拘っていない。自分の身を守ることに重きを置いている。これは、自分の後ろに居るイザベルを守るためにも、自分が倒れるわけにはいかないという覚悟の表れだ。

 クロエがリディを倒すことを目標にしていることを考えると、この戦闘はリディの勝利とも言えるだろう。

 オレは、二組の模擬戦の様子を見て、満足げに息を漏らす。クロエたちの表情は真剣そのもので、彼女たちが本気で模擬戦に挑んでいるのだと分かるためだ。

 怪我を恐れずに刃の下に身を置くのは、いくらリディに治してもらえるとしても、そんな簡単にできることではない。彼女たちは痛みや恐怖を乗り越えて模擬戦に挑んでいるのだ。

 生半可な覚悟でできることではない。彼女たちは、まさしく冒険者としての階段を駆け上がっている。

「ねえ、アベル……」

 二組の模擬戦に目を配っていたオレに声がかけられた。姉貴の声だ。

「なんだ? ご飯でもできたか?」

 オレは模擬戦から目を離すことなく姉貴に問う。

「そうだけど……」

 右側から、姉貴のなにか言いたそうな視線が突き刺さるのを知覚した。

「なんだよ?」
「訓練というのは聞いていたけれど、こんなに危ないことしていたの? まさか、本物の武器を使ってるなんて……。なにかあったらどうするのよ?」

 これまで冒険者の訓練を見たことがなかった姉貴から見ると、クロエたちはとても危ないことをしているように見えるらしい。まぁ、それも仕方ないか。最近は木刀だとか木で作った仮初の武器を振るうところが多いらしいからな。

「大丈夫だって。心配はいらねぇよ。実際に自分の使う武器で訓練した方が練習になるだろ? それに……」
「それに?」
「刃物を使った方が、集中力が増すからな。そして、もし怪我をしたとしても、痛みに耐える訓練にもなる」
「訓練って……」

 オレの言葉に姉貴から絶句したような気配を感じた。なぜだ?

「怪我をしてもリディの治癒の奇跡もあるし、それがダメでも、教会に持って行きゃあ治してくれるだろうよ。金はかかるが、死んでなきゃ治るって話だからな」
「死……」
「人間そんなに簡単に死なねぇから安心しろって」
「そんないい加減な……」

 オレはようやく模擬戦から目を離し、姉貴を見ると、姉貴は眉間に眉を寄せ、怒っているのか泣いているのか分からないような顔でオレを睨んでいた。なんで?

「まぁ、これがオレ流の冒険者の訓練ってやつだ。どっかでやってるらしい道場のお行儀正しい剣術じゃねぇ。なんでも使う行儀の悪い戦闘術だ。こればかりは姉貴になにを言われても改めるつもりはねぇぞ?」
「…………」

 オレの意思が固いと見たのだろう。姉貴はなにも言わずに、しかし心配そうにクロエたちを見るのを止めなかった。

「そういや、飯ができたんだっけか? すまねぇな。こんな大人数の飯を作るなんて大変だろ? やっぱ、お手伝いに人を雇った方が……」
「いいのよ。そんなに苦じゃないわ。むしろ楽しいかしら? それに、お給料もらっているのだもの。あたしにもしっかり働かせて」
「うーん……」

 できれば姉貴には悠々自適な生活をしてもらいたいんだがなぁ……。まぁ、クロエたちが冒険者として頑張っているのに、自分だけ楽をすることに罪悪感があるのかもしれない。

 お手伝いの人間を雇うのも反対されちまったしな。ここは、姉貴の好きなように任せてみよう。

「まぁ、その話は追々ということで。模擬戦終了! 飯ができたぞー!」

 オレの言葉に、クロエたちが武器を振るうのを止め、離れて軽く礼をして武器をしまう。

「リディは怪我した奴の治療を頼む。他は道場の掃除だな」

 オレは数本のモップを持つと、クロエたちに近づいていく。すると、クロエたちがオレを避けるように移動した。なんで? おじさん超ショックなんだが……?

「ちょ、叔父さん! 急に来たらビックリするじゃない!」
「いや、だからって避けなくてもよくね……?」
「その、アベルさんを避けたのではなく……。そのぅ……。今のわたくしたちは汗をかいておりますので……」
「そうだな」

 クロエたちを見れば、滝のように汗をかいているのが分かる。

「早く水分補給と着替えをしないとな。風邪を引いたら大変だ」

 オレはモップを手渡そうとクロエたちに再度近づくと、やはりクロエたちが避けるように移動する。なんでよ?

「だからー! あーしたち、汗かいてるんだってば! アベるんデリカシーだよ?」
「そんなの気にしねぇって。運動すれば、誰でも汗は……」
「あたしたちが気になるの! もー! 叔父さん、モップはそこに置いておいて。あたしたちに近づいちゃだめだからね!」
「お、おう……」

 汗の臭いくらい気にしないのに……。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る

神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】 元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。 ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、 理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。 今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。 様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。 カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。 ハーレム要素多め。 ※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。 よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz 他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。 たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。 物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz 今後とも応援よろしくお願い致します。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】 異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。 『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。 しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。 そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

転移術士の成り上がり

名無し
ファンタジー
 ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

処理中です...