上 下
58 / 124

058 クロエ

しおりを挟む
「クロエー! ご飯よー!」
「あい~……」

 寝室のドアを貫通して聞こえるママの声に返事をしながら、あたしはベッドの上で体を起こした。そうだった。あたし、冒険から帰ってきて、ご飯ができるまでの間、横になってたんだった。

「んぐ~……」

 腕を中途半端に上げて、ベッドに座ったまま背筋を伸ばすと、ポキポキッと小さく音を立てた。それだけのことで、体が浮き上がりそうなほど軽くなった気がする。気持ちいい。

「はぁ……」

 腕を下すと、途端に重力に捕まったように体が重くなる。すごく疲れているわけじゃない。でも、じんわりと重たくなるような鈍い疲れを感じた。

 軽く仮眠を取ったけど、まだまだ疲れが残っている。きっと体の芯の方が疲れているのだろう。今回の冒険は、長かったからね。

 今回の冒険の目的地『ゴブリンの巣穴』は、レベル2のダンジョンだったけど、すっごく緊張した。だって叔父さんが見てるんだもん。少しでもいいところを見せたくて、少し空回りしていたかもしれない。

 それに、ダンジョンボスのホブゴブリンたちは純粋に強かった。今更レベル2のダンジョンで得るものがあるのか心配だったけど、良い意味で予想を裏切られた。いろんな武器を使ってくるし、エルもジゼルも勉強になったと言っていた。

 今回、『ゴブリンの巣穴』に行こうと言い出したのは、叔父さんだった。さすが叔父さん。あたしたちの実力を見抜いて、最適なダンジョンに連れて行ってくれたのだと思う。噂では、叔父さんはこの王都の全ての冒険者の動向を把握しているらしいし、あたしたちのこともとっくの昔に知っていたのだろう。

 やっぱり叔父さんはすごい! さすが王都でも3人しか居ないレベル8冒険者!

「よっと」

 あたしはベッドから飛び降りると、髪を手櫛で整えながら寝室のドアの前に立つ。そして、自分の体を見下ろして、おかしなところがないかチェックする。今日も叔父さんが家に来てくれるかもしれないから気は抜けない。

「よしっ」

 いつも着ているワンピースを叩いて埃を飛ばすと、あたしはゆっくりと寝室のドアを開けた。あたしなりにおしとやかな女の子を演じているのだ。

 ドアを開けると、テーブルのいつもの席に叔父さんの姿があった。あたしの胸の鼓動が、それだけで高鳴るのを感じた。今まで冒険中はずっと一緒に居たのに、やっぱり少しでも離れてしまうと、また会いたくなる心を抑えられない。

 トクトクと高鳴る胸の鼓動に動かされるように、あたしはテーブルへと足を踏み出す。なにかおかしな感じがして自分の体を見下ろすと、右の手足が一緒に出ていた。

 こんなんじゃ、緊張してるのが叔父さんにバレちゃう!

 あたしは一気に顔が熱くなっていくのを感じた。顔なんて赤くしたら、ますます叔父さんに気付かれてしまう。あたしは小さく深呼吸すると、意識して右足と左手を前に出して歩き始める。少し動きが硬い気がするけど、まぁ合格点だろう。合格点だといいな。

「その、おかえりなさい、叔父さん」
「おう。クロエもさっきぶりだな」

 あたしの言葉に、叔父さんが笑みを見せる。いつもより長い無精ヒゲが、なんだか野性的な魅力を感じさせた。

 再び頬に熱が入るのを感じながら、あたしは急いで俯いて、イスに座る。赤い顔を見られるのは恥ずかしい。

「やっと来たわね。さあ、さっそく食べましょ。今日もアベルが外で買ってきてくれたの。ちゃんとお礼を言ってから食べるのよ?」
「ありがとう、叔父さん」
「おう」

 あたし渾身の笑顔を叔父さんに向けてみる。叔父さんは、なんだか眩しいものを見るように優しく目を細めていた。

 叔父さんは優しい笑顔を浮かべてはいるけど、その顔色は普段と変わらない。できれば、叔父さんをドキッとさせたかったけど、あたしの不意打ちは、どうやら失敗したらしい。防御固いなー……。

 思い出せば、叔父さんが顔を赤らめて照れているところを見たことがない。いつかは見てみたいけど……。

 あたしも背が伸びて、エルやイザベルみたいに胸が大きくなれば、叔父さんを照れさせることができるだろうか?

 少なくとも、叔父さんには、あたしのことをただの姪ではなく、女の子だと認識してほしい。だけど、その道のりは長そうだ。

「いただきます」
「おう。食ってくれや」
「いただきまーす」

 あたしは、出そうになった溜息を飲み込んで、みんなに合わせてそう口にする。

 教会や孤児院では、もっと長い食前の祈りがあるようだけど、あたしの家ではこんな感じだ。あたしは、叔父さんが食前の祈りを唱えることもできることを知っているけれど、叔父さん自身が堅苦しいのは嫌いなのか、省略することが多い。

 あ、このキッシュおいしい。

「事前に聞いてはいたけど、本当に14日も冒険なんて……。根を詰めすぎじゃない?」

 ママは相変わらず心配そうな目であたしと叔父さんのことを見ていた。一人娘が心配なのは分かるけど、ママは心配性過ぎるのよね。もうちょっとあたしと叔父さんのことを信用してほしいところだけど、ママの気持ちを考えると難しいわよね。あたしと叔父さんが冒険に行ってる最中は、ママ一人になっちゃうし……。

「心配ねぇって。オレもクロエたちも怪我一つもしてねぇからな。今回は、ダンジョンが王都の近くだったからこんなもんで済んだが、遠方のダンジョンに潜るなら、もっと時間がかかることもあるぜ?」
「はぁー……」

 ママは、頭が痛いとばかりに手で額を覆ってしまった。早くママが心配しなくなるような実力を身に付けたいところだけど……。レベル8の叔父さんも未だにママの心配の対象みたいだから、それは難しいかも。

「まぁ、そんな顔すんなって。今回のダンジョン攻略で、クロエの実力もだいぶ上がったんだぜ? まぁ、稼ぎの方は雀の涙だがな」
「えへへ……」

 叔父さんに褒められて、思わず笑みが零れてしまった。

 たしかに、叔父さんの言う通り、稼ぎという面では、本当にお小遣いといった額しか稼げなかったけど、それも事前に説明されていたし、仕方がない。叔父さんは稼ぎよりもあたしたちの実力が身に付くように計画を立ててるみたいだ。だけど、やっぱり早く自分で稼げるようになりたいわ……。まぁ、実力を身に付けて着実に進んだ方がいいのは分かってるんだけど……。女の子は、いろいろと物入りなのだ。

「命がけで、稼ぎが雀の涙って……。全然、わりに合ってないじゃないの……」
「まぁ、最初の内はそんなもんだって。その分、後からわんさか稼げるようになる」
「わんさか……」

 いっぱい稼げるようになったら、なにをしよう?

 まずは、服や下着を買い替えないとね。今のままでは、叔父さんの隣に立つのは恥ずかし過ぎる。あとは、エルの部屋には、かわいいぬいぐるみがたくさんあったし、あたしもぬいぐるみとか欲しいかな。

 それに、ママにも楽させてあげないとね。叔父さんは、よくマルシェの食べ物を買ってきてくれるけど、今度はレストランに食べに行くというのはどうかしら。それと、ママにもやっぱりおしゃれしてほしい。どれぐらいお金がかかるのか分からないけど、エルのお家みたいに、お手伝いさんを雇うのもありかしら。でも、そのためには、まずお引越しからね。こんな狭い家にお手伝いさんを呼ぶなんて、なんだか変な感じだもの。

 お引越しするためには、まずはお引越し先を決めないとね。今のアパートも住み慣れてて愛着はあるけど、さすがに狭すぎる。あたしにも専用の部屋が欲しいわ。ママの部屋も必要だし、それに、今は宿暮らしみたいだし、叔父さんの部屋も……。

 いえ、この場合、夫婦の部屋になるのかしら。

 夫婦……。その言葉だけで、あたしの鼓動は早くなっていく。

 それにしても、叔父さんはいつになったらあたしにプロポーズしてくれるのかしら?

 あたしももう成人したし、大人になったのだからそろそろだと思うんだけど……。なにも言ってくれないとちょっと不安になるわね。この間なんて、あたしの前だというのにイザベルに「エルフのように綺麗だ」なんて歯の浮くようなセリフを吐いていたし、ジゼルとくっ付いてたし……。

 浮気は絶対に許さないんだから!
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)

排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日 冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる 強いスキルを望むケインであったが、 スキル適性値はG オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物 友人からも家族からも馬鹿にされ、 尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン そんなある日、 『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。 その効果とは、 同じスキルを2つ以上持つ事ができ、 同系統の効果のスキルは効果が重複するという 恐ろしい物であった。 このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。      HOTランキング 1位!(2023年2月21日) ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)

俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜

平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。 『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。 この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。 その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。 一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。

えっ、能力なしでパーティ追放された俺が全属性魔法使い!? ~最強のオールラウンダー目指して謙虚に頑張ります~

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
コミカライズ10/19(水)開始! 2024/2/21小説本編完結! 旧題:えっ能力なしでパーティー追放された俺が全属性能力者!? 最強のオールラウンダーに成り上がりますが、本人は至って謙虚です ※ 書籍化に伴い、一部範囲のみの公開に切り替えられています。 ※ 書籍化に伴う変更点については、近況ボードを確認ください。 生まれつき、一人一人に魔法属性が付与され、一定の年齢になると使うことができるようになる世界。  伝説の冒険者の息子、タイラー・ソリス(17歳)は、なぜか無属性。 勤勉で真面目な彼はなぜか報われておらず、魔法を使用することができなかった。  代わりに、父親から教わった戦術や、体術を駆使して、パーティーの中でも重要な役割を担っていたが…………。 リーダーからは無能だと疎まれ、パーティーを追放されてしまう。  ダンジョンの中、モンスターを前にして見捨てられたタイラー。ピンチに陥る中で、その血に流れる伝説の冒険者の能力がついに覚醒する。  タイラーは、全属性の魔法をつかいこなせる最強のオールラウンダーだったのだ! その能力のあまりの高さから、あらわれるのが、人より少し遅いだけだった。  タイラーは、その圧倒的な力で、危機を回避。  そこから敵を次々になぎ倒し、最強の冒険者への道を、駆け足で登り出す。  なにせ、初の強モンスターを倒した時点では、まだレベル1だったのだ。 レベルが上がれば最強無双することは約束されていた。 いつか彼は血をも超えていくーー。  さらには、天下一の美女たちに、これでもかと愛されまくることになり、モフモフにゃんにゃんの桃色デイズ。  一方、タイラーを追放したパーティーメンバーはというと。 彼を失ったことにより、チームは瓦解。元々大した力もないのに、タイラーのおかげで過大評価されていたパーティーリーダーは、どんどんと落ちぶれていく。 コメントやお気に入りなど、大変励みになっています。お気軽にお寄せくださいませ! ・12/27〜29 HOTランキング 2位 記録、維持 ・12/28 ハイファンランキング 3位

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

「おっさんはいらない」とパーティーを追放された魔導師は若返り、最強の大賢者となる~今更戻ってこいと言われてももう遅い~

平山和人
ファンタジー
かつては伝説の魔法使いと謳われたアークは中年となり、衰えた存在になった。 ある日、所属していたパーティーのリーダーから「老いさらばえたおっさんは必要ない」とパーティーを追い出される。 身も心も疲弊したアークは、辺境の地と拠点を移し、自給自足のスローライフを送っていた。 そんなある日、森の中で呪いをかけられた瀕死のフェニックスを発見し、これを助ける。 フェニックスはお礼に、アークを若返らせてくれるのだった。若返ったおかげで、全盛期以上の力を手に入れたアークは、史上最強の大賢者となる。 一方アークを追放したパーティーはアークを失ったことで、没落の道を辿ることになる。

クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした

コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。 クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。 召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。 理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。 ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。 これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

処理中です...