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062 マヌーケデップ子爵視点 切り捨て
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「あの小娘が~……ッ! 下手に出れば調子に乗りおって! 必ず私の元に跪かせてやるぞ。必ず後悔させてやる。この件に関わった女どもを、残らず犯してやるぞ……。絶対にだッ!!!」
絢爛豪華な部屋の中に、野太い男の叫びと共に、執務机に拳を叩きつけられた不快な湿りけを帯びた重い音が響き渡る。ここはパルデモン侯爵邸の奥まった一室。おそらく執務室なのだろう。私は執務机の前で直立不動で立っていた。
栄えあるマヌーケデップ子爵家の当主である私の前で、唾を撒き散らしながら怒れる老人、パルデモン侯爵。その姿は、優雅とは程遠く、まるで醜いサルの雄叫びのようだ。これが私の寄り親かと思うと、反吐が出る思いがする。
しかも、その雄叫びの内容もひどいものだ。この性欲に狂ったサルめッ! このサルが余計なことをしなければ、私は栄光ある王立魔道学院の学院長でいられたのかと思うと、憤慨やるかたない。本当に余計なことをしてくれた。
なぜ、こんな色狂いのサルを寄り親にすることを良しとしてしまったのか……。過去の私を張り倒したいほどだ。
「まさか、たかが木っ端貴族のために、ユースティティアが動くとは……。あの死にぞこないめッ! 私の邪魔ばかりしおってッ!」
サルが虚空を見ながら叫ぶ。その視線の先には、おそらくユースティティア侯爵の姿が浮かんでいるのだろう。今にも噛み付かんばかりの勢いだ。
「ユースティティアを動かした者の正体はすでに分かっている。マドドナ商会め、余計なことを……ッ!」
サルが得意げな顔をするが、そんなことは、今や子どもでも知っているような周知の事実だ。
大商会であるマドドナ商会がこのような些事に動いたのは、どうやら学院の生徒である商会長の娘がからんでいるらしい。一人の少女の嘆きが、父親である商会長を動かし、ユースティティア侯爵という高位貴族まで動かした。これは特筆するに値する驚くべきことかもしれない。
とはいえ、ユースティティアにとっては、せっかく手に入れた政敵の醜聞だ。マドドナ商会が動かなくても、独自に動く可能性もあった。つまりは、この目の前のサルの軽率な行動が全ての発端なのだ。完全に自業自得である。私も、完全に自分に関係のない話なら、ほくそ笑むこともできただろう。ざまあみろと言いたくなるところだ。
このサルの権威の失墜は楽しいショーとして嗤えるが、しかし、このサルの失墜が私にもたらしたものを考えれば、容易に失笑することもできない。
私は、栄光ある王立魔道学院の学院長の席を追われるハメになったのだ。
その原因が、このサルの性欲の暴走となれば、笑顔を浮かべることさえ簡単にはできない。
この色狂いサルが、学院に通う学生である未成年の貴族に手を出そうとした。ユリアンダルス男爵家の次期当主だ。冷静に考えずとも、無理があると気付きそうなものだが、このサルはそれを承知の上で強引に突き進んだ。その結果は、考えられる限り最悪なものだ。
まさか、学院の生徒とはいえ、貴族でもないただの平民に敗北するとは……。
ただでさえ三人も居て、夫婦仲が最悪だったパルデモン侯爵の妻たちと、その実家までこの件に関してはパルデモン侯爵を非難していると聞く。
「学院生のお友だちごっこなんぞに振り回されるとはな。私も焼きが回ったものだ。しかし……」
振り回される? 敗北したの間違いだろう? プライドばかり高いサルは事実を認めることもできないらしい。
サルが鋭い目で私を睨みつけてくる。正直、不快だ。
「我が屋敷を襲撃した黒猫の使い魔。アレも学院生の使い魔だと聞いている。しかも、退学処分になりそうだった欠陥品の使い魔だそうじゃないか。君がその時、つつがなく退学にしておけば、今回のようなことはなかったのではないかな?」
「……仰る通りです」
人の身で、そのような未来視ができるわけがない。
サルの道理を無視したバカげた発言に驚き呆れながらも、私には言い返すことができない。今の私は、このサルの傘下にいる。そして、私は学院長の地位を剝奪され発言力を失くし、このサルはダメージを負ったとはいえ、まだ第一陸軍卿を拝命している。悔しいが、今はこのサルを頼るほかはないのだ。
それに、サルの言葉を肯定するわけではないが、あの時、あの平民を退学にしていればという後悔は、私の感情の中でも大きな部分を占めていた。
「相手が学院の生徒ならば、学院長にしてやった君が、私への恩に報いるところなのだが……。まさか君が、学院長の地位を追われるとはな。まったく、使えんな」
「ッ……!」
私は唇を嚙んで屈辱を耐え忍んだ。たしかに、私が学院長に就任したのは、サルのおかげが大きい。しかし、私を切り捨て、己の保身に走ったサルが口にしてよい言葉ではない。
おかげで私は、学院長を免職された無能の烙印を押されてしまった。私の評判は地に落ちたと言ってよい。サルの派閥に入る前よりも、評判が悪化している。それに対する詫びや補填も無く、このように悪し様に言われるとは……。私は、一刻も早くサルの派閥を抜けることを決意したのだった。
絢爛豪華な部屋の中に、野太い男の叫びと共に、執務机に拳を叩きつけられた不快な湿りけを帯びた重い音が響き渡る。ここはパルデモン侯爵邸の奥まった一室。おそらく執務室なのだろう。私は執務机の前で直立不動で立っていた。
栄えあるマヌーケデップ子爵家の当主である私の前で、唾を撒き散らしながら怒れる老人、パルデモン侯爵。その姿は、優雅とは程遠く、まるで醜いサルの雄叫びのようだ。これが私の寄り親かと思うと、反吐が出る思いがする。
しかも、その雄叫びの内容もひどいものだ。この性欲に狂ったサルめッ! このサルが余計なことをしなければ、私は栄光ある王立魔道学院の学院長でいられたのかと思うと、憤慨やるかたない。本当に余計なことをしてくれた。
なぜ、こんな色狂いのサルを寄り親にすることを良しとしてしまったのか……。過去の私を張り倒したいほどだ。
「まさか、たかが木っ端貴族のために、ユースティティアが動くとは……。あの死にぞこないめッ! 私の邪魔ばかりしおってッ!」
サルが虚空を見ながら叫ぶ。その視線の先には、おそらくユースティティア侯爵の姿が浮かんでいるのだろう。今にも噛み付かんばかりの勢いだ。
「ユースティティアを動かした者の正体はすでに分かっている。マドドナ商会め、余計なことを……ッ!」
サルが得意げな顔をするが、そんなことは、今や子どもでも知っているような周知の事実だ。
大商会であるマドドナ商会がこのような些事に動いたのは、どうやら学院の生徒である商会長の娘がからんでいるらしい。一人の少女の嘆きが、父親である商会長を動かし、ユースティティア侯爵という高位貴族まで動かした。これは特筆するに値する驚くべきことかもしれない。
とはいえ、ユースティティアにとっては、せっかく手に入れた政敵の醜聞だ。マドドナ商会が動かなくても、独自に動く可能性もあった。つまりは、この目の前のサルの軽率な行動が全ての発端なのだ。完全に自業自得である。私も、完全に自分に関係のない話なら、ほくそ笑むこともできただろう。ざまあみろと言いたくなるところだ。
このサルの権威の失墜は楽しいショーとして嗤えるが、しかし、このサルの失墜が私にもたらしたものを考えれば、容易に失笑することもできない。
私は、栄光ある王立魔道学院の学院長の席を追われるハメになったのだ。
その原因が、このサルの性欲の暴走となれば、笑顔を浮かべることさえ簡単にはできない。
この色狂いサルが、学院に通う学生である未成年の貴族に手を出そうとした。ユリアンダルス男爵家の次期当主だ。冷静に考えずとも、無理があると気付きそうなものだが、このサルはそれを承知の上で強引に突き進んだ。その結果は、考えられる限り最悪なものだ。
まさか、学院の生徒とはいえ、貴族でもないただの平民に敗北するとは……。
ただでさえ三人も居て、夫婦仲が最悪だったパルデモン侯爵の妻たちと、その実家までこの件に関してはパルデモン侯爵を非難していると聞く。
「学院生のお友だちごっこなんぞに振り回されるとはな。私も焼きが回ったものだ。しかし……」
振り回される? 敗北したの間違いだろう? プライドばかり高いサルは事実を認めることもできないらしい。
サルが鋭い目で私を睨みつけてくる。正直、不快だ。
「我が屋敷を襲撃した黒猫の使い魔。アレも学院生の使い魔だと聞いている。しかも、退学処分になりそうだった欠陥品の使い魔だそうじゃないか。君がその時、つつがなく退学にしておけば、今回のようなことはなかったのではないかな?」
「……仰る通りです」
人の身で、そのような未来視ができるわけがない。
サルの道理を無視したバカげた発言に驚き呆れながらも、私には言い返すことができない。今の私は、このサルの傘下にいる。そして、私は学院長の地位を剝奪され発言力を失くし、このサルはダメージを負ったとはいえ、まだ第一陸軍卿を拝命している。悔しいが、今はこのサルを頼るほかはないのだ。
それに、サルの言葉を肯定するわけではないが、あの時、あの平民を退学にしていればという後悔は、私の感情の中でも大きな部分を占めていた。
「相手が学院の生徒ならば、学院長にしてやった君が、私への恩に報いるところなのだが……。まさか君が、学院長の地位を追われるとはな。まったく、使えんな」
「ッ……!」
私は唇を嚙んで屈辱を耐え忍んだ。たしかに、私が学院長に就任したのは、サルのおかげが大きい。しかし、私を切り捨て、己の保身に走ったサルが口にしてよい言葉ではない。
おかげで私は、学院長を免職された無能の烙印を押されてしまった。私の評判は地に落ちたと言ってよい。サルの派閥に入る前よりも、評判が悪化している。それに対する詫びや補填も無く、このように悪し様に言われるとは……。私は、一刻も早くサルの派閥を抜けることを決意したのだった。
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