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057 ヒルダ視点 まさかそんな……
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「君も頑なな女性だね……」
豪華な調度品や絵画が飾られている美しい食堂。長いテーブルを挟んだ向かいに座るがっしりとした男性、パルデモン侯爵様が苦笑いを浮かべる。まるで、聞き分けの無い娘に困っているような有様だ。厳めしい印象の顔が崩れ、まるで好々爺のような優し気な印象だけれど、騙されてはいけない。相手はわたくしを誘拐しているのだから……。
「食べないのかね?」
「結構です」
パルデモン公爵様の言葉を即座に断る。わたくしの目の前には、美しい装いのお菓子がいくつも並べられていた。誰が誘拐犯の用意した物など食べるものですか。何が入っているか分かったものではないわ。
それに、このお菓子たちは、わたくしのご機嫌伺いの為だけではないでしょう。お菓子はどれも美しく、最新の流行のものだ。悔しいけれど、ユリアンダルス家ではとても用意できないでしょう。お菓子を通して、パルデモン侯爵家とユリアンダルス男爵家の力の格差を示しているのだ。
そして、お菓子をわたくしに差し出すことで、遠回しにユリアンダルス家への援助を申し出ている。その対価はわたくしの体。とてもお菓子に手付ける気にはなれない。でも……。
「信じたくない気持ちは分かるがね、君はご両親に売られたのだよ」
嘘だと思いたい。信じたくない。でも……。
「そうでなければ、御者がこの屋敷まで案内するわけがないだろう?」
「ですが、両親はわたくしには何も……」
「君の気性を考えての事ではないかな? 君は絶対に反対するから、こういった方法を取ったのだと思うよ。その証拠ではないが、私には事前に連絡が来ていたしね。君も見ただろう? 我が家の歓迎を。そのお菓子もそうだ。事前に連絡が無ければ用意できないものだよ?」
「それは……」
わたくしは言葉に詰まってしまう。たしかにその通りだと思ってしまった。事前に侯爵様に連絡が行っていたのでしょう。では、本当に両親はわたくしを売ったのでしょうか? わたくしは、お父様はこのお話に前向きだったことを思い出します。でも、お母様は反対だったはずです。ユリアンダルス家の次期当主が妾だなんてとんでもないと。
「お母様はなんと?」
「最初は断られたがね。最終的には頷いてくれたよ」
「そんな……」
お母様が……。まさか、そんな……。
「さて、もういいか」
侯爵様が立ち上がる。大きい。侯爵様はとても50歳を過ぎてるとは思えない屈強な身体の持ち主だ。近づいてくると、なおさら大きく見える。わたくしは侯爵様に圧され、思わず席から立ち上がると、後ずさりする。しかし、すぐに行く手を壁に阻まれてしまった。わたくしは壁と侯爵様に挟まれる形となる。怖い。でも負けてたまるかと侯爵様を睨み付ける。
「フフッ、気の強いことだ。私には逆効果だがね」
侯爵様がわたくしの腰に手を回す。太い腕に捕まれ、わたくしの体は半分宙に浮いているような状態だ。
「離してください。離してッ!」
抜け出そうと、どんなに力を込めても、叩いても、侯爵様の腕はビクとも動かなかった。
「元気の良いことだ。では行こうか」
わたくしはそのまま荷物のように運ばれて公爵様に連れていかれるのだった。
◇
着いた先は寝室だった。つまり、そういうことなのだろう。最悪の事態だ。逃げ出そうと足掻いていると、フッと腰を抱く腕の力が抜けた。チャンスだ。わたくしは侯爵様の腕を振り切り、出口へと駆けだそうとする。しかし、もう少しという所で、今度は手首を掴まれてしまった。そのままわたくしの両腕の手首を公爵様の片手で掴まれ、腕を上へと上げられると、壁に叩きつけられる。痛い。わたくしの体は、壁と侯爵様に挟まれて、半分宙吊りのような格好になった。
「せめてもう一度お母様に話をさせてくださいませんか?」
「無意味だ。それに、もう遅い。ハハッ、やっと君を捕まえることができた。この日をどれだけ待ちわびた事か……」
侯爵様の目が上下に揺れ、まるでわたくしを品定めするかのように全身を見られる。気持ち悪い。
「うむ、実に素晴らしい。まさに今、咲き誇らんとする蕾。瑞々しい肌に、気の強そうな瞳も実に美しい。あぁ、手折ってしまいたい。私の手で、槍で、この美しさを汚してしまいたくて堪らない!」
気持ち悪い。まるで熱に浮かされたようにドロリとした目は、見られるだけで全身を汚されているような嫌悪感が走る。
「どれどれ、まずは味見だ」
顔が、唇が近づいてくる。わたくしは必死に顔を背けて唇を死守する。
「気に食わないかね? では、こちらのお口はどうかな?」
顔を背けたことで差し出してしまった耳に、囁かれる。吐息が耳にかかる度にゾワゾワとした嫌悪感に襲われる。本当に気持ちが悪い。全身に鳥肌に立ちっぱなしだ。
侯爵の手がわたくしのお腹へと当てられ、ゆっくりと撫でられる。やがて、手は次第に下がって行き……。
「にゃーおっ!」
侯爵の手がピタリと止まる。
「なんだ?」
「シャーッ!」
「っ!?」
突然わたくしを拘束していた力が消え、わたくしは座り込むように尻もちをついた。驚いて前を見ると、侯爵の姿は無く、いつの間にか黒猫が座っていた。
豪華な調度品や絵画が飾られている美しい食堂。長いテーブルを挟んだ向かいに座るがっしりとした男性、パルデモン侯爵様が苦笑いを浮かべる。まるで、聞き分けの無い娘に困っているような有様だ。厳めしい印象の顔が崩れ、まるで好々爺のような優し気な印象だけれど、騙されてはいけない。相手はわたくしを誘拐しているのだから……。
「食べないのかね?」
「結構です」
パルデモン公爵様の言葉を即座に断る。わたくしの目の前には、美しい装いのお菓子がいくつも並べられていた。誰が誘拐犯の用意した物など食べるものですか。何が入っているか分かったものではないわ。
それに、このお菓子たちは、わたくしのご機嫌伺いの為だけではないでしょう。お菓子はどれも美しく、最新の流行のものだ。悔しいけれど、ユリアンダルス家ではとても用意できないでしょう。お菓子を通して、パルデモン侯爵家とユリアンダルス男爵家の力の格差を示しているのだ。
そして、お菓子をわたくしに差し出すことで、遠回しにユリアンダルス家への援助を申し出ている。その対価はわたくしの体。とてもお菓子に手付ける気にはなれない。でも……。
「信じたくない気持ちは分かるがね、君はご両親に売られたのだよ」
嘘だと思いたい。信じたくない。でも……。
「そうでなければ、御者がこの屋敷まで案内するわけがないだろう?」
「ですが、両親はわたくしには何も……」
「君の気性を考えての事ではないかな? 君は絶対に反対するから、こういった方法を取ったのだと思うよ。その証拠ではないが、私には事前に連絡が来ていたしね。君も見ただろう? 我が家の歓迎を。そのお菓子もそうだ。事前に連絡が無ければ用意できないものだよ?」
「それは……」
わたくしは言葉に詰まってしまう。たしかにその通りだと思ってしまった。事前に侯爵様に連絡が行っていたのでしょう。では、本当に両親はわたくしを売ったのでしょうか? わたくしは、お父様はこのお話に前向きだったことを思い出します。でも、お母様は反対だったはずです。ユリアンダルス家の次期当主が妾だなんてとんでもないと。
「お母様はなんと?」
「最初は断られたがね。最終的には頷いてくれたよ」
「そんな……」
お母様が……。まさか、そんな……。
「さて、もういいか」
侯爵様が立ち上がる。大きい。侯爵様はとても50歳を過ぎてるとは思えない屈強な身体の持ち主だ。近づいてくると、なおさら大きく見える。わたくしは侯爵様に圧され、思わず席から立ち上がると、後ずさりする。しかし、すぐに行く手を壁に阻まれてしまった。わたくしは壁と侯爵様に挟まれる形となる。怖い。でも負けてたまるかと侯爵様を睨み付ける。
「フフッ、気の強いことだ。私には逆効果だがね」
侯爵様がわたくしの腰に手を回す。太い腕に捕まれ、わたくしの体は半分宙に浮いているような状態だ。
「離してください。離してッ!」
抜け出そうと、どんなに力を込めても、叩いても、侯爵様の腕はビクとも動かなかった。
「元気の良いことだ。では行こうか」
わたくしはそのまま荷物のように運ばれて公爵様に連れていかれるのだった。
◇
着いた先は寝室だった。つまり、そういうことなのだろう。最悪の事態だ。逃げ出そうと足掻いていると、フッと腰を抱く腕の力が抜けた。チャンスだ。わたくしは侯爵様の腕を振り切り、出口へと駆けだそうとする。しかし、もう少しという所で、今度は手首を掴まれてしまった。そのままわたくしの両腕の手首を公爵様の片手で掴まれ、腕を上へと上げられると、壁に叩きつけられる。痛い。わたくしの体は、壁と侯爵様に挟まれて、半分宙吊りのような格好になった。
「せめてもう一度お母様に話をさせてくださいませんか?」
「無意味だ。それに、もう遅い。ハハッ、やっと君を捕まえることができた。この日をどれだけ待ちわびた事か……」
侯爵様の目が上下に揺れ、まるでわたくしを品定めするかのように全身を見られる。気持ち悪い。
「うむ、実に素晴らしい。まさに今、咲き誇らんとする蕾。瑞々しい肌に、気の強そうな瞳も実に美しい。あぁ、手折ってしまいたい。私の手で、槍で、この美しさを汚してしまいたくて堪らない!」
気持ち悪い。まるで熱に浮かされたようにドロリとした目は、見られるだけで全身を汚されているような嫌悪感が走る。
「どれどれ、まずは味見だ」
顔が、唇が近づいてくる。わたくしは必死に顔を背けて唇を死守する。
「気に食わないかね? では、こちらのお口はどうかな?」
顔を背けたことで差し出してしまった耳に、囁かれる。吐息が耳にかかる度にゾワゾワとした嫌悪感に襲われる。本当に気持ちが悪い。全身に鳥肌に立ちっぱなしだ。
侯爵の手がわたくしのお腹へと当てられ、ゆっくりと撫でられる。やがて、手は次第に下がって行き……。
「にゃーおっ!」
侯爵の手がピタリと止まる。
「なんだ?」
「シャーッ!」
「っ!?」
突然わたくしを拘束していた力が消え、わたくしは座り込むように尻もちをついた。驚いて前を見ると、侯爵の姿は無く、いつの間にか黒猫が座っていた。
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