上 下
55 / 62

055 アリア視点 何が起こっているの!?

しおりを挟む
「ヒルダを助けたいか?」

 クロが落ち着いたいつもの調子で私に問いかけてくる。こんな大事件に驚いたり慌てる様子もない。一見、薄情にも思えるけど、私には、なぜだかクロの態度がとても頼もしく思えた。

 クロの言葉を飲み込んで、理解する。助けたいか? そんなの……ッ!

「助けたい……ッ!」

 私は即座に答える。答えなんて決まってる。

「うずくまっていては、なにもできんぞ?」

 そうかもしれない。でも、仮に立ち上がったとしても、私にできることなんてない……。事情を知っているらしいレイラも無暗に動かないように言っていた。私にできることなんて、もうなにもないのだ……。

 私だって、できることならヒルダ様を助けたい。でも、それは無理なのだ……。

 とてつもない無力感に襲われる。

「手が無いわけではない」
「ほんとっ!?」

 思わず顔を上げてクロを見た。涙で歪んだ視界の向こう、クロの姿が見える。クロは私を真っ直ぐ見ていた。泣き顔を見られるのは恥ずかしい。だけど、そんなことよりも、ヒルダ様を助ける手段があることの方が重要だわ。

「本当にヒルダ様を助けられるの?」

「あぁ、手はある。だが、アリアにその覚悟があるのか?」

 クロは力強く頷くと、私の覚悟を確かめるように見つめてきた。覚悟? 何を覚悟すれば良いのだろう?

「レイラが言っていただろう。相手は貴族だと。ヒルダを助けるということは、相手の貴族と敵対するということだ。その覚悟があるのか?」

 そうだ。レイラが相手は貴族かもって……だから私は自分の無力さに打ちひしがれていたのだ。お貴族様が相手なのだから、平民にできることなんて無い。ただお貴族様の言葉に従うだけ。お貴族様に敵対するなんて考えもしなかった。そうか、ヒルダ様を助けることは、お貴族様に敵対することになるのか……。敵対しないとヒルダ様を助けられない。

 お貴族様と敵対するなんて怖い。怖いけど……。

「私、ヒルダ様を助けたいっ!」

 ヒルダ様は大切な友達だ。ヒルダ様はいつも私に優しくしてくれた。平民の私に、お貴族様のヒルダ様が、だ。私は一度だってヒルダ様になにかを強要されたことは無い。ハンターに誘われた時だってそうだ。命令すればいいのに、ヒルダ様は命令しなかった。ただただ誘ってくれた。私はこんなお貴族様もいるんだと驚いた。私は礼儀知らずだから、きっと無礼なことをたくさんしていると思う。でも、ヒルダ様は笑って許してくれた。こんな私をお友だちと呼んでくれた。

 友だちのピンチを助けないなんて嘘だ!!!

「青い顔してよく言う。だが、貴様の覚悟は伝わった」

 自分でもひどい顔をしているだろうと分かる。さっきから拷問や処刑、奴隷落ちといった想像が頭を過って止まらない。力のない平民がお貴族様に逆らうのだ。絶対に良くないことが起こる。私、どうなっちゃうんだろう。今からでもヒルダ様を助けるのを止めにしたいくらい怖い。

「我に任せておけ。もしダメだったとしても、アリアを連れて逃げるなど朝飯前だ。養うこともな。造作もない」

 敢えてだろう。クロがお道化た調子で言うが、うまく笑えない。でも、もし罪に問われてもクロが助けてくれる。それは恐怖に押し潰されそうになっている私の小さな救いになった。

「お願いクロ、ヒルダ様を助けて!」
「ああ、任せておけ」

 クロが力強く頷く。

「誰ぞある!」

 クロが突然、大声で叫ぶ。まるで物語のお貴族様のような物言いだ。いつの間にこんな言葉覚えたのだろう?

 クロが叫ぶと、すぐに三匹の猫が走り寄ってきた。この猫達を呼んだのかしら? でも、猫が三匹来たところで、ヒルダ様を救えるとは思えない。クロに任せて本当に大丈夫かしら?

「招集だ。直ちに招集をかけろ!」

 三匹の猫はその言葉を聞くと、別々の方向に走り出す。招集? いったい何を呼ぶの?

 答えはすぐに出た。また猫が二匹走って来る。さっきとは違う猫みたいだ。また猫を呼んだの?

 疑問を浮かべる私の前にまた猫が駆けて来た。今度は三匹。猫はどんどん、加速度的に増えていく。今や学院前の広場を埋め尽くさんばかりだ。王都にこんなに猫が居たのかと驚くような数の猫が集まり、今も増え続けている。

 何なの? 何が起こってるの!?

「うわっ!? 何これ!?」

 イノリスを連れて来たルサルカが、まるで広場に巨大な絨毯を敷いたかのように集まる大量の猫たちの姿に驚いている。学院の門を守る守衛さんも、この光景にはポカンとした表情を浮かべていた。

「皆、よくぞ集まった! 我は人を探している。人間の女だ。髪の毛は金色で瞳は青い。馬車で移動している女だ。探せッ!!!」

 猫たちが弾かれた様に一斉に四方八方へ駆け出す。きっとヒルダ様を探すために駆け出したのだろう。でも、なんで猫たちがクロの言葉に従っているのか分からない。クロの魔法? でも、クロの魔法は影の魔法だ。猫を操る魔法なんて使えないはず。どういうことなの!?

 私は震えそうになる唇を開く。

「クロ、あなたいったい……?」

 何をしたの? 

 クロがこちらを振り返る。その顔にはいつもの太々しい笑みがあった。

「我は猫の王様なのだ」

 ……答えになってないんだけど?
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました

ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。 そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。 家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。 *短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

処理中です...