上 下
11 / 62

011 先生に相談だ!

しおりを挟む
「いくわよ」

 そう言って、アリアが目の前の扉を三回、手の甲で叩く。

 コンコンコン!

 何の儀式だ? 人間は時々不思議なことをする。

「開いている。入りたまえ」

 扉の向こうから返事があった。どうやら入って良いらしい。

「失礼します」

 アリアが扉を開け中に入る。我も一緒だ。

「ハーシェ君か。どうしたんだい?」
「先生に相談があります。私の使い魔が、魔法を使えないみたいで……」
「ふむ、魔法が……。まぁ掛けてくれ」

 先生に椅子に勧められてアリアが椅子に座る。我はどうするか? 椅子の横にでも座っておくか。

「魔力も感じられないみたいで……それで私、どうしたらいいのか分からなくなってしまって……」

 アリアが深刻な表情で先生に相談している。魔法が使えないというのは、そんなにおかしなことなのだろうか? 今まで使えなくてもなんとか生きてこられたし、身近に魔法が使える者など居なかった。無くてもなんとかなるのではないか?

「魔法が使えない使い魔というのは、稀だがあることだ。そんなに深刻にならなくてもいいよ。まぁ、君は他の生徒よりも遅れて使い魔を召喚したからね。焦る気持ちがあるのは分かるが、落ち着くことだ」
「はい……」
「原因はいくつか考えられるが…その前に、使い魔君には席を外してもらおう」
「「えっ!?」」

 我に関して話をするのだろう? なぜ我が外されるのだ?

「使い魔君には言えないこともあるということだよ」

 なんともイラつく言い回しだ。殴るぞコラ。

「分かりました。クロム、そういうことだから」

 我はアリアの手により部屋の外に出されてしまった。だが我は慌てない。閉ざされてしまった扉に近づき、ピトリと扉に耳をくっつけた。猫の耳を舐めてもらっては困る。我の耳の前では、こんな扉など無いも同然だ。

「さて、使い魔が魔法を使えない原因だったね」

 先生とやらが語り出す。

「原因は大きく分けて二つある。本当は魔法が使える場合と、本当に魔法が使えない場合だ」

「本当は魔法が使える場合。これも二通りある。使い魔に魔法が使える自覚があるかどうかだ。魔法が使えるのに自覚が無い場合、これは魔法という自覚なく魔法を使っている。使い魔をよく観察して魔法を使っているところを見つけ、それを指摘する必要がある。正直、難しい作業だ」

「本当は魔法が使えて自覚がある場合。これは使い魔が自分の魔法を隠している場合だ。野生動物にとって魔法とは切り札になりえるものだ。自分の切り札を、おいそれとは他人に教えたりしないものだ。特に慎重な動物の場合は特にね。実は使い魔が魔法を隠すことは、よくあることなんだ。使える魔法の内二つ教えて一つは隠すなんてのもある。使い魔に魔法を教えてもらうためには、信頼関係が必要だ。ハーシェ君は昨日召喚したばかりだろう? これからだ。これから信頼関係を築いていくことだ」

「最後に本当に魔法が使えない場合。これはいくつも原因が考えられる。魔力を感じられないと言っていたが、魔力の感知は習得までに時間がかかる。君達だって、初めて魔力を感知するまでに時間がかかったろ? それと同じだ。ハーシェ君の使い魔も魔力を感知できるようになるまでそうだな……一週間は見てあげてもいいんじゃないかな」

「今、ハーシェ君にできることは、使い魔をよく観察して信頼関係を構築し、魔力を感知するように促すことかな。まぁ、それがダメでも最終手段があるから肩の力を抜くことだ。でも、信頼関係だけはしっかりと結ぶんだよ」

 教室でも思ったが、この先生という奴は、ずいぶんと口が回るようだな。わけのわからん話を聞かされ続けられる身にもなってほしい。我は先生の話を聞くのに飽きて、そっと扉から耳を離した。


 ◇


 それから少しして、アリアは先生の部屋から出てきた。

「ありがとうございました。失礼します」
「あぁ。なにかあったらまた来るといい」

 アリアが一礼してから扉を閉める。

「クロム、お待たせ。ごめんね」
「別に構わん」

 盗み聞きしたからな。アリアと並んで女子寮への道を帰る。なんだか背中に視線を感じる気がする。見上げるとアリアと目が合った。これはあれか? 先生が言っていた「よく観察しろ」というやつか? そんなに見られても魔法なぞ使えんぞ。それよりちゃんと前見て歩け。危ないだろ。

 いっそのこと、魔法が使えるわけでも隠してるわけでもないと伝えるか? しかし、盗み聞きしていたことを知られるのは面白くないな。さて、どうしたものか……。

 そんなことを考えていたら女子寮に着いていた。そのまま女子寮の中に入り、アリアの部屋に辿り着く。アリアは無言だ。我も黙ってしまう。最初に沈黙を破ったのはアリアだった。

「クロム……さ。なにか私に隠してることとか、ある?」

 コイツ……探るの下手か!? もうちょっと言い方というのがあると思うのだが……。

「無いな」

 実際、隠さなくてはならないことなど無いからな。

「ふーん……」

 会話が終わってしまったな。我は床の上に身を横たえた。

「クロム、ちょっと魔力を感知してみない?」

 誘うのも下手かよ!?

「……いいだろう」

 まぁ乗ってやるがな。我は立ち上がって、自分の中に意識を向ける。確か腹の辺りと言っていたか? 腹周りを重点的に、アリアの言う熱い物を探す。だが見つからない。腹に意識を向けたせいか、空腹を自覚する。腹減ってきたな……。

「飯はまだか?」
「はぁ、まだよ。今日はお昼と同じでルサルカとレイラと食べるからね」
「あぁ」

 まだだったか……。仕方ない。魔力感知とやらを続けるか。だが見つからない。どこだよ魔力。先生も一週間どうのって言ってたから時間かかるのか?

「ダメだ。見つからない」
「そう……」

 そんな露骨に悲しそうな顔をするな。我がいじめてるみたいだろうが。もう一度よく探してみる。だが、見つからない。もう今日はいいだろう。

 そう思って閉じていた目を開けると、アリアと目が合った。何かを期待するような眼差しだ。見つからないとは言い出せず、もう一度目をつむって自分の内側を探してみる。だが見つからないものは見つからない。なんか疲れてきたな。腹も減ったし……。

 その後も目を開けるたびアリアと目が合った。これも先生の言っていた、よく観察しろってやつか? まったく、余計なことを言いおって。だが我もそろそろ限界だ。特に腹が。

 コンコンコン。

 部屋の扉を叩く音が響いた。

「アリアー! ご飯食べよー!」

 ルサルカの元気な声が扉越しに聞こえてきた。

 やったぞ! これでこの苦行から解放される!

 我は目を見開き、アリアと見つめあう。アリア、仲間が呼んでいるぞ。早く飯にしようではないか。

「はぁ。そうね、ご飯にしましょう」

 アリアも諦めたようだ。立ち上がり扉へと向かう。もちろん我もアリアに続く。飯だ飯。ごっはんーごっはんー♪

 赤毛のルサルカ、白毛のレイラと合流し、食堂へと向かう。3人が食堂の奥へ飯を取りに行き、すぐに戻ってきた。我の前にはいつものように二つの器が置かれる。片方は水だ。そしてもう片方は……!

「はい。約束の品よ。そんなにおいしいの?」
「あぁ、うまいぞ」

 どうやらアリアはちゃんと約束を守ってくれたらしい。器の中には昼間の物より大きな肉の塊が入っていた。これだ。これを待っていた。さっそく齧りつく。

 程よい弾力で噛み取られた肉は、噛むたびに脂の乗った肉汁を吐き出す。血の味など、雑味を感じない。肉本来の旨味が、口の中いっぱいに広がる。うまい。

 夢中で食べる。だが楽しい時間というのは、いつだって早く過ぎ去っていく。もう終わってしまったか……。見ると器は空になってしまった。

 肉が無くなってしまった寂しさと、確かな満足感を感じつつ、我は顔を洗う。肉に夢中になり過ぎたな。警戒が疎かになっていた。我もまだまだか。周囲に視線を巡らし、耳を動かし音も拾っていく。三人娘は警戒のケの字も無いからな、我がしっかりせねば。

「イノリスはいいの?」
「イノリスには先にあげてきたよ。それより、先生に何の用事だったの?」
「私も気になります。猫ちゃんのことですか?」
「そうなんだけど。うーん、ここではちょっと。二人ともこの後、私の部屋に来ない?」

 アリアのその発言に我は驚いた。自分の寝床に誘うとは、よほど二人を信頼しているらしい。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました

ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。 そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。 家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。 *短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...