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第二章

074 リビングアーマー③

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 イザベルの精霊魔法フォイアボルトと、僕の撃ったへヴィークロスボウのボルトが、左のリビングアーマーのコアである胸の赤い宝石へと高速で直進していく。

 その隣では、ラインハルトとリリーが、右のリビングアーマーの討伐に成功したのが見えた。これは勝っただろう。僕は戦闘の勝利を確信していた。

 フォイアボルトとへヴィークロスボウのボルトがリビングアーマーのコアに命中するその刹那、リビングアーマーの胴体部分が、不快な金属音を立ててぐるりと回転した。

「は?」
「うそ!?」

 ズギャンッ!

 イザベルの精霊魔法と僕の撃ったボルトは、リビングアーマーの脇腹を穿つに終わった。フォイアボルトの効果でリビングアーマーの上体が燃え上がるけど、リビングアーマーに痛痒を感じている様子は無い。

 後に残るのは、胴体部分だけ90度右を向いた、まるで松明のように燃え上がったリビングアーマーの姿だ。その挙動は、鎧の中に中身が入っていたら決してできない動きだろう。まさにリビングアーマーならではの挙動だ。

 そして、リビングアーマーの胴体部分がギリリと金属音を響かせて元に戻る。その姿は、後ろに仰け反った隙だらけの姿ではなく、大上段に漆黒の大剣を構えた姿だった。マズイ!

「……ッ! ルイーゼ! 避けて!」

 ついに振り下ろされたリビングアーマーの大剣に対して、ルイーゼは冷静だった。軽く右にステップして、迫りくる大剣を最小限の動きで躱そうとする。その瞬間……!

「ッ!?」

 振り下ろされているリビングアーマーの大剣が、くるりと90度回った。燃え上がるリビングアーマーの持つ大きく幅広の大剣が、まるでハエ叩きのようにルイーゼに振り下ろされる。平打ちだ。リビングアーマーの攻撃範囲が広がった分、ルイーゼが最小限の動きで大剣を躱そうとした高等テクニックが逆に仇となった。このままではルイーゼが危ない!

「ルッ!!」

 思わず口から意味を持たない叫びが漏れる。

「フッ!!」

 サイドステップ中のルイーゼの右足が伸び、カツッと高い音を響かせて強く石畳を蹴る。ルイーゼの体が右後方へと加速した。

 ガギィイン!!

 その直後、つい先程までルイーゼの居た空間を、リビングアーマーの持つ大質量の大剣が抉るように通り過ぎ、石畳と激突して轟音を立てる。間一髪ルイーゼは漆黒の大剣を回避した。

 しかし、ルイーゼはリビングアーマーの持つ大剣の回避には成功したけど、無理な跳躍に、その体勢を大きく崩していた。その隙を逃すリビングアーマーではない。リビングアーマーは右足を大きく前に踏み出し、石畳に激突し跳ね上がった大剣でそのままルイーゼへと突きを放つ。その瞬間……!

 キュィィィィィイイイイイイイイン!!

 リビングアーマーの右肘から先が高速で回転し、リビングアーマーの持つ大剣がまるでドリルのように空間を穿ちながらルイーゼへと迫る。

 あんな無茶苦茶な動きをするリビングアーマーなんて初めて見た。いずれも中に誰も入っていない動く鎧であるリビングアーマーならではの挙動だろう。おそらく、これがリビングアーマー本来の戦い方なのだ。厄介なんてものじゃない。

 ルイーゼは、リビングアーマーの平打ちを避けるために、右後方へのバックステップして大きく体勢が崩れている。石畳の上に身を投げ出すような形だ。ルイーゼは、石畳の上でくるりと横に一回転してバネが飛び跳ねるように起き上がった。

 しかし、リビングアーマーの高速回転する大剣はルイーゼのすぐそこまで迫っていた。

「はぁあ!!」

 回避では間に合わないと判断したのか、小型の盾バックラーを持つルイーゼの左腕が跳ね上がった。ルイーゼはリビングアーマーの突きを受け止めるつもりだ……!

 ルイーゼの顔へと迫るリビングアーマーの高速回転された大剣。幅広の大剣なので、その攻撃範囲はとても広い。ルイーゼの上半身を丸ごと抉り取るような攻撃だ。

 ギャァァアアアアアン!! バギンッ!!

 その恐るべき回転大剣とルイーゼのバックラーがついにぶつかった。その瞬間、辺りに響く轟音と共に、リビングアーマーの回転大剣が左上へと弾かれる。ぶつかり合いを制したのはルイーゼだ。しかし……。

「ぐっ……!?」

 ルイーゼの苦悶の呟きがここまで聞こえる。

 カツンッカツンッカツンッ!

 石畳をねじれ曲がった金属片が叩く軽い音が辺りに響いた。

「ッ!? ルイーゼ……腕が……!!」

 気が付けば、ルイーゼの左腕はねじれたようにおかしな方向を向いていた。ぶつかり合いを制したものの、ルイーゼは左腕を負傷していた。いつの間に失ったのか、その左手にはバックラーが無い。先程降り注いだ金属片は、もしかしたらルイーゼのバックラーの残骸……?

 まさか、勇者化したルイーゼをここまで追い詰めるなんて……! いまだに炎を纏い続けるその姿は、リビングアーマーとは思えない風格を醸し出していた。

「ルイーゼ、援護は必要ですか?」

 ラインハルトの言葉にハッとする。そうだ。ルイーゼを援護をしないと。でも……。

 パーティの盾であるルイーゼが、たった1体のモンスターを相手にその役目を果たせないとしたら、僕たちの冒険はここまでだ。ルイーゼはパーティの試金石。ルイーゼがパーティの盾としてモンスターの攻撃を耐えることができるならば、僕たちに勝ち目はある。逆に言えば、ルイーゼがその攻撃に屈した場合、僕たちは勝つことができない。

 でも、本当にいいのか?

 ここまで皆のお世話になっておいて、本当に僕がその判断をしてしまってもいいのか? それは皆への裏切りなのではないか? 

 しかし、僕がその判断を下すべきという思いもある。今回の無謀にも思える挑戦の原因は僕だ。その僕こそが、撤退の判断をするべきではないのか?

「冗談!! 手出したら怒るからね!!」

 逡巡する僕の耳にルイーゼの叫びが響く。ルイーゼは諦めていない……ッ!

 僕は迷いながらもルイーゼの言葉を信じることにした。祈るような気持ちで、その小さな背中を見つめる。
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