上 下
58 / 77
第二章

信②

しおりを挟む
「でも、じゃないわよ! あなたが信じてるあたしが信じてるのよ? 少しは自分を信じなさいよ!」

 ついにはイスから立ち上がったルイーゼの叫びに呼応するように、今度はラインハルトが立ち上がる。

「そうです! 自信を持ってください、クルト。私も貴方を信じています」
「そーそー。自信が大事ーって、それ百万回言われてるから!」
「私も信じてるわよ。ね? 未来の旦那様?」
「むー。私、も…!」
「それに、いつクルトのギフトの情報が洩れるか分かりません。できるだけ早い段階で昇級を狙うべきです」

 『融けない六華』皆の視線が僕へと集まる。皆の視線から温かいものを感じた。こんな情けない臆病な僕を、皆が信頼してくれている。こんな僕のために、敢えて危険な道を選ぼうとしている。

「皆……」

 不安は大いにある。僕に皆の信頼に応えることができるだろうか? 緊張と不安に押し潰されてしまいそうだ。僕は今まで、助言をすることはあっても決定を下したことはない。ずっと流されるままに生きてきた。そんな僕がパーティメンバーの命を背負って決定を下す立場になる……僕に耐えられるだろうか……?

 今更ながら、ルイーゼやラインハルトがパーティメンバーに下してきた“決定すること”の重さを知る。逃げ出してしまいたくなるような重圧だ。だって僕がミスをしたら、文字通りの全滅もありえるんだよ?

 勇者という極大の戦力が3人も居るのに怯え過ぎなのは分かってる。でも、この前のレベル3ダンジョンでは、勇者が3人も居て死者が出たんだ。今回挑戦するのはレベル7ダンジョン。油断なんてできるわけがない。出現するモンスターは、この前のレッドパーティなんてお話にならないくらい強いのだ。

 いくら考えても不安は消えない。むしろ、不安ばかりが増える。でも……。

「やるよ」

 僕はルイーゼの青い瞳を見据えて言う。不安がなくなったわけじゃない。でも、僕は皆の期待に応えたい! こんないろいろ足りない僕だけど、託してくれた皆の想いに応えたい!

「やらせてください」

 自然と頭が下がった。皆の気持ちに応えたいのに、今の僕にはこれくらいしかできることがない。そのことがとても悔しく思えた。この悔しさを胸に、絶対にパーティをダンジョン攻略成功に導いてやる!


 ◇


「あの…すみません」
「………」

 僕は勇気を出して厳つい顔をした中年の男に声をかけるけど……無視されているのか、反応が無い。僕は先程よりも大きな声を出すために大きく息を吸った。

「あの!」
「あーもう、うるせえな! てめぇと話すことなんざねぇよ! とっとと失せろ!」
「そこをなんとか……」

 邪険に扱われるのは分かっていたけど、実際に怒鳴られると怖いし辛い。思わずビクリと震えてしまう体を叱咤して、僕は言うべきことを言う。

「僕たち『融けない六華』は、6日後『万魔の巨城』の攻略に出発します。なにか『万魔の巨城』について情報があったら教えてください!」

 僕は殴られて追い払われるのも覚悟して目を瞑って頭を下げる。僕の頭なんて安いものだ。殴られたって構わない。それだけで情報が貰えるなんて思わないけど、もし貰えたらラッキーだし、最低限の用事は果たせる。

「あぁ!? てめぇらこの間やっとレベル4ダンジョンを攻略したところだろうが! 『万魔の巨城』はレベル7だぞ、くそがっ! 最近の若い奴らはダンジョンを舐めてやがる!」

 僕の目の前で荒ぶる厳つい男は、レベル6パーティ『穿つ明星』のメンバーだ。『穿つ明星』は、もう長いことレベル6で足踏みしている。そろそろレベル7ダンジョンに挑戦するのではないかと、もっぱらの噂だ。きっと『万魔の巨城』の情報も集めているだろう。

 高レベルパーティ『穿つ明星』が長年かけて集めた情報だ。その情報は、たしかに喉から手が出るほど欲しいけど、情報の対価になにを要求されるか……恐ろしく高くつきそうだ。『穿つ明星』の持つ情報はたしかに気になるけど、今回の本命はこっちじゃない。6日後、僕たち『融けない六華』が『万魔の巨城』を攻略に向かうという情報を相手に伝えることだ。

 僕が最も心配している要素が“人”である。レベル7のダンジョンは魔境だ。この間のレベル3ダンジョンのようにダンジョン内に潜み、別のパーティを襲う冒険者は、さすがに居ないと思うけど、攻略中に別のパーティに出会う可能性は十分にありえる。僕が今しているのは、事前に僕たちが『万魔の巨城』へ向かうことを周知して、他のパーティとバッティングすることを避けるためである。

 僕は一度『万魔の巨城』の攻略に付いていったことがあるし、地図も持ってる。『万魔の巨城』攻略に必要な情報は最低限揃っていると判断しても良いだろう。相手がダンジョンのモンスターでもトラップでも、たとえボスであろうと問題は無いと言っていい。僕が警戒しているのは、ダンジョン以外の要素。“人”だ。

 僕はこの“人”という不安要素を排除したくて、6日後『融けない六華』が『万魔の巨城』を攻略すると冒険者たちに周知しているわけだ。ようするに、オレたちが行くからお前らは来るなよと喧伝しているのだ。だいぶはた迷惑な話だけど、これが高レベル冒険者の常識らしい。

 冒険者たちは、とりわけレベル6以上の高レベルの冒険者たちは、ダンジョンを独占したがる傾向がある。己の力だけでダンジョンを攻略したと証明したいのだ。だから、他のパーティが来ないように、己の向かうダンジョンを事前に表明する。自分たちならこのダンジョンを攻略できると、自分たちの実力を知らしめたいのだ。

 今回は、この冒険者の習性を利用する。僕たちが『万魔の巨城』を独占する。

「いいか若造よく聞けよ! ダンジョンの認定レベルも! 冒険者の認定レベルも! 伊達じゃねぇんだ! てめぇらの認定レベルはまだ3とかだろ? それがレベル7のダンジョンに挑むなんて正気の沙汰じゃなぇぞ!」
「はい……」
「10年だ! オレたちがレベル6に認定されてから10年! オレたちはレベル7の壁を越えられねぇ……。それだけ高いんだ! レベル7の壁はよぉ! てめぇら甘く見てるんじゃねぇか?」

 怒鳴られて殴られるかと思えば、よく聞けば僕たちを心配してくれているようだ。『穿つ明星』の『兄貴』の二つ名を持つ冒険者。見た目すごく怖いけど、意外と良い人なのかもしれない。

「んだ!? その目はよぉ! これだけ言っても止めるつもりは無いってか!?」
「はい!」
「くそっ! 生き急ぎ過ぎだ…バカ野郎が…!」

 『兄貴』は一瞬目を伏せ、吐き捨てるように言うと行ってしまった。僕たちを心配してくれる『兄貴』には悪いけど、僕たちの覚悟はもう決まっているのだ。

 僕は去り行く『兄貴』の背中に、もう一度頭を下げるのだった。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

処理中です...