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047 責務
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「毒という表現は過激ですが、敢えて使いましょう。私たちが気を付けねばならない毒はまだあります」
少し和んだ雰囲気を引き締めるようにラインハルトが真剣な面持ちで言う。
「まだあるの?」
「なーにー?」
先程の発言が尾を引いているのか、ちょっと不審者を見るような目でラインハルトを見るルイーゼとマルギット。そんな2人の様子にラインハルトは一瞬、苦笑を浮かべた。
「クルトさんのもたらす勇者の力はとても強力ですが、同時にとても強力な毒も孕んでいます。私たちの人格まで歪めてしまうほどの」
「どういう、ことよ?」
「人格、が…?」
「なにそれこっわ」
人格まで歪める……僕は嫌でもアンナを思い出してしまった。
「少し怖がらせ過ぎてしまったでしょうか。要は勇者の力を扱う私たちの意識の問題です。勇者の力を当然のものと扱えば、必ず傲慢になります。勇者アンナにもそんなエピソードがいくつかありましたね」
たしかに、アンナには傲慢なところがあった。例を挙げるならば、封印を破って現れた邪龍を討伐した時の話が有名かな。王様に「褒美にお前を貴族にしてやろう」と言われた時、アンナは「仲間も一緒じゃないと嫌だ」と突っぱねた。ただの平民が王様に逆らうなんて尋常なことじゃない。アンナの礼儀知らずな態度は、貴族たちの顰蹙を買ったことは間違いないだろう。
しかし、同時にアンナを褒め称えた者たちが居る。冒険者たちだ。一国の王にもへりくだらなかったアンナの態度に、仲間を思うその心に冒険者たちは喝采した。曰く、それでこそ冒険者だ、と。なんというか、冒険者の価値基準って酷く野蛮なんだ。個人の強さを至上とする弱肉強食を街の中でもやってる連中である。自分より弱い奴を見つけると、それはもう喜んで叩き出す。もっと文明的になってほしいと切に願うよ。
まぁ、アンナの一件は王様が余裕の笑みを浮かべて「検討しておこう」と穏便に済ませてくれた。さすが、冒険者の聖地なんて云われる国で王様やってるだけあるね。懐が広い広い。ちなみに、この時アンナの言った仲間には僕は含まれていなかったというオチがある。僕だけフォンの称号が許されていない理由だね。
「あったわ! あたし、そのせいで勇者アンナってあんまり好きになれないのよね」
クルトには悪いけど……と、少し気まずそうに言うルイーゼ。
「大丈夫。僕もアンナのことは嫌いだから」
「そうなの?」
驚いたような、ちょっと顔を綻ばせるルイーゼは、なんとなく機嫌が良さそうに見えた。
「人は時にどこまでも愚かになれます。おそらくですが、神はそれを危惧して勇者の力を2つに分けたのではないでしょうか。クルトさんの【勇者の友人】という選定者のギフトと、勇者の力を実際に扱う人間と。私たちは、クルトさんに選ばれる人間であり続けるよう努力せねばなりません。そして、クルトさんは……」
「僕は…?」
まただ。またラインハルトが悲しそうな哀れな者を見るような瞳で僕を見つめる。
「……人を見る目を養った方が良いでしょう」
「人を見る目?」
「はい。勇者の力はとても強大です。決して悪しき人に渡してはいけません」
「分かったよ」
さすがの僕でも勇者の力が悪行に使われたらとんでもないことになるのは分かる。自分が一度体験したからこそ、すぐ傍で勇者の力を見続けてきたからこそ分かる。勇者って本当にズルいほど強い。そんな勇者がもし悪人だったら……その影響力は……考えるだけで恐ろしい。王都どころか、国、世界が無法地帯になる可能性だってある。
まぁでも、悪人を勇者に指名することなんて無いだろう。僕が勇者に指名するのは『百華繚乱(仮)』のメンバーだけだろうし、皆いい人だし、そんな心配することはないと思う。
「いいえ、クルトさんは分かっていません」
「え?」
「クルトさんはこう考えたはずです。私たちパーティメンバーならそんな心配はいらないだろうと」
「えぇー…」
エスパーかな? ラインハルトがなんか怖い。
「クルトさんは……クルトさんだけは……私たちを心の底まで信頼してはいけません。人は、変わるものです。私たちも、仮に今は良くてもどうしても変化していきます。クルトさんは、常に相手が勇者の力を与えるに相応しいかどうか考えなくてはいけません。それがクルトさんの、【勇者の友人】のギフトを持つ者の責務です。勇者の暴走を止められるのは、貴方だけなのですから。いざとなれば、私たちからも勇者の力を回収する覚悟を決めておいてください」
「え? あ、うん……」
ラインハルトは自分に厳しすぎるんじゃないかな? もうちょっと皆のことを信頼してもいいと思う。
あぁ、まただ。またラインハルトが悲しそうな瞳で僕を見る。
「これから貴方にはたくさんの誘惑や困難が持ち受けるでしょう。時には絶望するかもしれません。それでも、貴方はその責務から逃れることはできません。決して」
―――後にして思えば、僕はこのラインハルトの金言とも云うべき忠告をもっと重く受け止めるべきだった。愚か者は経験からしか学べないと云うが、それはまさに僕のことだろう。
少し和んだ雰囲気を引き締めるようにラインハルトが真剣な面持ちで言う。
「まだあるの?」
「なーにー?」
先程の発言が尾を引いているのか、ちょっと不審者を見るような目でラインハルトを見るルイーゼとマルギット。そんな2人の様子にラインハルトは一瞬、苦笑を浮かべた。
「クルトさんのもたらす勇者の力はとても強力ですが、同時にとても強力な毒も孕んでいます。私たちの人格まで歪めてしまうほどの」
「どういう、ことよ?」
「人格、が…?」
「なにそれこっわ」
人格まで歪める……僕は嫌でもアンナを思い出してしまった。
「少し怖がらせ過ぎてしまったでしょうか。要は勇者の力を扱う私たちの意識の問題です。勇者の力を当然のものと扱えば、必ず傲慢になります。勇者アンナにもそんなエピソードがいくつかありましたね」
たしかに、アンナには傲慢なところがあった。例を挙げるならば、封印を破って現れた邪龍を討伐した時の話が有名かな。王様に「褒美にお前を貴族にしてやろう」と言われた時、アンナは「仲間も一緒じゃないと嫌だ」と突っぱねた。ただの平民が王様に逆らうなんて尋常なことじゃない。アンナの礼儀知らずな態度は、貴族たちの顰蹙を買ったことは間違いないだろう。
しかし、同時にアンナを褒め称えた者たちが居る。冒険者たちだ。一国の王にもへりくだらなかったアンナの態度に、仲間を思うその心に冒険者たちは喝采した。曰く、それでこそ冒険者だ、と。なんというか、冒険者の価値基準って酷く野蛮なんだ。個人の強さを至上とする弱肉強食を街の中でもやってる連中である。自分より弱い奴を見つけると、それはもう喜んで叩き出す。もっと文明的になってほしいと切に願うよ。
まぁ、アンナの一件は王様が余裕の笑みを浮かべて「検討しておこう」と穏便に済ませてくれた。さすが、冒険者の聖地なんて云われる国で王様やってるだけあるね。懐が広い広い。ちなみに、この時アンナの言った仲間には僕は含まれていなかったというオチがある。僕だけフォンの称号が許されていない理由だね。
「あったわ! あたし、そのせいで勇者アンナってあんまり好きになれないのよね」
クルトには悪いけど……と、少し気まずそうに言うルイーゼ。
「大丈夫。僕もアンナのことは嫌いだから」
「そうなの?」
驚いたような、ちょっと顔を綻ばせるルイーゼは、なんとなく機嫌が良さそうに見えた。
「人は時にどこまでも愚かになれます。おそらくですが、神はそれを危惧して勇者の力を2つに分けたのではないでしょうか。クルトさんの【勇者の友人】という選定者のギフトと、勇者の力を実際に扱う人間と。私たちは、クルトさんに選ばれる人間であり続けるよう努力せねばなりません。そして、クルトさんは……」
「僕は…?」
まただ。またラインハルトが悲しそうな哀れな者を見るような瞳で僕を見つめる。
「……人を見る目を養った方が良いでしょう」
「人を見る目?」
「はい。勇者の力はとても強大です。決して悪しき人に渡してはいけません」
「分かったよ」
さすがの僕でも勇者の力が悪行に使われたらとんでもないことになるのは分かる。自分が一度体験したからこそ、すぐ傍で勇者の力を見続けてきたからこそ分かる。勇者って本当にズルいほど強い。そんな勇者がもし悪人だったら……その影響力は……考えるだけで恐ろしい。王都どころか、国、世界が無法地帯になる可能性だってある。
まぁでも、悪人を勇者に指名することなんて無いだろう。僕が勇者に指名するのは『百華繚乱(仮)』のメンバーだけだろうし、皆いい人だし、そんな心配することはないと思う。
「いいえ、クルトさんは分かっていません」
「え?」
「クルトさんはこう考えたはずです。私たちパーティメンバーならそんな心配はいらないだろうと」
「えぇー…」
エスパーかな? ラインハルトがなんか怖い。
「クルトさんは……クルトさんだけは……私たちを心の底まで信頼してはいけません。人は、変わるものです。私たちも、仮に今は良くてもどうしても変化していきます。クルトさんは、常に相手が勇者の力を与えるに相応しいかどうか考えなくてはいけません。それがクルトさんの、【勇者の友人】のギフトを持つ者の責務です。勇者の暴走を止められるのは、貴方だけなのですから。いざとなれば、私たちからも勇者の力を回収する覚悟を決めておいてください」
「え? あ、うん……」
ラインハルトは自分に厳しすぎるんじゃないかな? もうちょっと皆のことを信頼してもいいと思う。
あぁ、まただ。またラインハルトが悲しそうな瞳で僕を見る。
「これから貴方にはたくさんの誘惑や困難が持ち受けるでしょう。時には絶望するかもしれません。それでも、貴方はその責務から逃れることはできません。決して」
―――後にして思えば、僕はこのラインハルトの金言とも云うべき忠告をもっと重く受け止めるべきだった。愚か者は経験からしか学べないと云うが、それはまさに僕のことだろう。
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