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045 眠り姫
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イザベルが目を覚ました。
その知らせを受けて、僕はラインハルトに付き添われながらイザベルに会いに行く。イザベルの家は、ラインハルトの家の2つ上の階だった。近所に住んでる幼馴染と聞いていたから近いのだろうと思っていたけど、思ったよりも近かった。
「ここです」
勝手知ったる人の家とばかりに慣れた様子のラインハルトに案内されたのは、イザベルの部屋だった。途中でイザベルのご両親に会ったからご挨拶したけど……。僕たちのことを一応歓迎はしてくれたけど、その顔はとても複雑そうだった。今回娘が死にかけたからね。本当はイザベルに冒険者なんて辞めてほしいのだろう。ご両親にとって、僕たちは娘を危険な冒険へと誘う死神に見えたのかもしれない。
「お邪魔します……」
ノックの後、部屋に入ると、既にベッドの周りに集まっていた『百華繚乱(仮)』のメンバーが、こちらを向く。
「2人とも来たわね……」
「よーっす! クルクルは怪我だいじょぶー?」
「こんに、ちは……」
「これは皆さん、お揃いで」
「こんにちは。怪我はもう大丈夫だよ」
ルイーゼたちが割れるように横にズレると、ベッドの上で上体を起こしたイザベルの姿が見えた。いつものドレス姿ではない黒のゆったりとした服装だ。そういえば、皆いつもとは違う服装だね。いつもよりも柔らかくて女の子な印象がする私服だ。
「いらっしゃい。貴方たちまで来たのね。皆、律儀というか、なんというか……」
「そうは言いますが、貴女は一度死にかけた、いえ、一度死んでしまったんですよ? 心配にもなります」
「そうよ! あなた息してなかったのよ!? ほんとに…終わりだと思ったんだから……」
「そうは言うけどね……」
呆れた様子を見せるイザベルにラインハルトとルイーゼが言葉を返す。ルイーゼなんて後半湿った涙声だ。
「私はあんまり覚えていないの。胸を押された感覚がして、力が抜けて倒れて……その時にはもう体の感覚は無かったかしら。意識がボーっとして、なにも考えられなかった。なにもかもが遠くの出来事のように感じたわ。だんだん視界が暗くなっていったかしら。その後、気が付いたらここでこうしていた感じね。私としては眠っていた感覚に近いわ」
イザベルは、僕と違って痛みは感じなかったらしい。ちょっと羨ましいよ。僕はクロスボウの矢が刺さった痛さも、それを引き抜く痛さも感じていたから……。いや、笑い事じゃなく、本当に人生観が変わるほどの痛さだった。生まれ変わった気さえする。
「臨死、体験…?」
「ひょえー、なんか怖いんですけどー!? いやー! ベルベル死なないで―!」
マルギットがイザベルに抱きつく。なんだかこういう女の子同士で絡んでるの見ていると和むなぁ…と、思ったけど、なんだか様子が変だ。あれは抱きついているというより……。
「ぱふぱふだー」
イザベルの大きな胸に顔を埋めているだけだった。和むというか、とても羨ましい……。
「もう……」
イザベルは「仕方ないわね」と言わんばかりにため息を吐いてマルギットの頭を撫で始めた。そこには熟年の慣れがあった。いつもあんなことしてるのだろうか?
「ちょっといい? みんな揃ったなら、伝えたいことがあるの……」
そう言うルイーゼはなんだか暗く、ひどく思い詰めた表情を浮かべていた。
「ルイーゼ?」
「どしたのきゅーにー?」
深刻そうな様子のルイーゼにイザベルとマルギットも戯れるのを止めてルイーゼを見た。
「あたし、リーダー辞める!」
「え!?」
「えー!?」
僕とマルギットは驚いたようだけど、他のメンバーにあまり驚いた様子は無かった。
「なぜ今になって?」
「今だからよ!」
ラインハルトの言葉に、ルイーゼが吠えるように叫ぶ。
「クルトとイザベルが死にかけたのは、あたしが悪いの。あたしが勝手に勇者アンナを意識して、無理に突っ走っちゃって……今回はたまたま運が良かっただけ。あたしがリーダーやってたら、またみんなを危ない目に遭わせちゃう。だから、あたしはリーダーを辞めるべきなの……」
ルイーゼは姿勢を正して深く頭を下げる。
「クルト、イザベル、みんな、ほんとにごめんなさい。2人とも無事でほんとに良かった」
ルイーゼは、今回の件について、深く責任を感じているらしい。たしかに、今回は少し強引に物事を進め過ぎたかもしれない。そこは反省するべきだろう。でも、それでリーダーを辞めるというのは……。
それに、今回の件は僕の責任も大きい。そもそも僕が余計な情報を与えなければ賊の討伐をしようなんてならなかったし、僕がもっと強く反対すればよかったのだ。皆が賊討伐に賛同していく中、僕だけ反対して皆の反感を買うのが怖かった。僕以外は皆幼馴染で僕は新参者だ。またパーティの中での居場所を失うのが怖かった。全ては僕の弱い心が招いたことなのだ。
「その! 僕もごめん! 僕が皆をちゃんと引き止められていたらよかったんだ。年上なのに! 経験者なのに! 僕がもっとしっかりするべきだったんだ! ごめんなさい……」
「ルイーゼ、クルトさん、頭を上げてください。それでは話もできません」
「………」
ラインハルトの言葉も無視して、僕とルイーゼは頭を下げ続けた。許すと言ってもらえるまで下げ続ける覚悟だ。
「2人とも、それでは謝罪ではなく、謝罪という名の脅迫ですよ?」
「そんなつもりじゃ!?」
「ちがっ、あたしもそんなつもりじゃ…!」
ラインハルトの意地悪な言葉に、やっと顔を上げた僕とルイーゼ。ルイーゼの目はちょっと赤くなり、潤んでいた。
「やっと顔を上げましたね。まったく、2人とも先走り過ぎです。特にクルトさん、今回の件は貴方の言葉に重きを置かず、突き進んでしまった私たちの落ち度です」
「いやでも、僕は……自分から口を噤んだんだ。ちゃんと言うべきだったのに…!」
保身のために、身勝手な理由でパーティを危険に曝した僕の罪は重い。
「それでも、ですよ。貴方が言うべきことを言えなかった環境を作ってしまった私たちの落ち度です。すみませんでした」
「そんな、頭を上げてよ!」
ラインハルトたちはなにも悪くない。やっぱり悪いのは僕なのだ。
「クルトさん、次からは遠慮する必要はありません。経験の浅い私たちにとって、貴方の言葉はとても貴重なものです。ぜひ、話を聞かせてください」
「分かったよ」
普通なら、パーティから追い出されても文句の言えない失態だと思う。それを許されるばかりか、逆に謝られてしまった。僕は……自分を恥じた。僕なんかでもパーティに貢献できるなら、これからはなんでも口にしよう。もう保身は考えない。嫌われてもいい。だからせめて、パーティの行く先を少しでも照らせるようになりたい。
「次にルイーゼですが、貴女はなんでも1人で抱えて先走り過ぎです。リーダーの件もですよ。いきなり辞めると言われても、はいそうですかとはなりません」
「ごめんなさい。でも、あたしなりにいろいろ考えたのよ? 新しいリーダーにはハルトかイザベルが良いと思うの。2人とも冷静だし! しっかりしてるし!」
「ですから、先走り過ぎです。なんですか、その話は? 初めて聞きましたよ? そういう話は根回しが大切です。少なくとも、私かイザベルの了解を得てからするべきですよ?」
「そうね。起きていきなりリーダーに推挙されても困るだけよ?」
「うぐぅ……ごめんなさーいー……」
2人の言葉にしゅんとするルイーゼ。ルイーゼがそこまで思い詰めていたなんて……これも僕の間抜けが招いた事態なんだ。反省すべきはルイーゼではなく僕の方なのだ。
その知らせを受けて、僕はラインハルトに付き添われながらイザベルに会いに行く。イザベルの家は、ラインハルトの家の2つ上の階だった。近所に住んでる幼馴染と聞いていたから近いのだろうと思っていたけど、思ったよりも近かった。
「ここです」
勝手知ったる人の家とばかりに慣れた様子のラインハルトに案内されたのは、イザベルの部屋だった。途中でイザベルのご両親に会ったからご挨拶したけど……。僕たちのことを一応歓迎はしてくれたけど、その顔はとても複雑そうだった。今回娘が死にかけたからね。本当はイザベルに冒険者なんて辞めてほしいのだろう。ご両親にとって、僕たちは娘を危険な冒険へと誘う死神に見えたのかもしれない。
「お邪魔します……」
ノックの後、部屋に入ると、既にベッドの周りに集まっていた『百華繚乱(仮)』のメンバーが、こちらを向く。
「2人とも来たわね……」
「よーっす! クルクルは怪我だいじょぶー?」
「こんに、ちは……」
「これは皆さん、お揃いで」
「こんにちは。怪我はもう大丈夫だよ」
ルイーゼたちが割れるように横にズレると、ベッドの上で上体を起こしたイザベルの姿が見えた。いつものドレス姿ではない黒のゆったりとした服装だ。そういえば、皆いつもとは違う服装だね。いつもよりも柔らかくて女の子な印象がする私服だ。
「いらっしゃい。貴方たちまで来たのね。皆、律儀というか、なんというか……」
「そうは言いますが、貴女は一度死にかけた、いえ、一度死んでしまったんですよ? 心配にもなります」
「そうよ! あなた息してなかったのよ!? ほんとに…終わりだと思ったんだから……」
「そうは言うけどね……」
呆れた様子を見せるイザベルにラインハルトとルイーゼが言葉を返す。ルイーゼなんて後半湿った涙声だ。
「私はあんまり覚えていないの。胸を押された感覚がして、力が抜けて倒れて……その時にはもう体の感覚は無かったかしら。意識がボーっとして、なにも考えられなかった。なにもかもが遠くの出来事のように感じたわ。だんだん視界が暗くなっていったかしら。その後、気が付いたらここでこうしていた感じね。私としては眠っていた感覚に近いわ」
イザベルは、僕と違って痛みは感じなかったらしい。ちょっと羨ましいよ。僕はクロスボウの矢が刺さった痛さも、それを引き抜く痛さも感じていたから……。いや、笑い事じゃなく、本当に人生観が変わるほどの痛さだった。生まれ変わった気さえする。
「臨死、体験…?」
「ひょえー、なんか怖いんですけどー!? いやー! ベルベル死なないで―!」
マルギットがイザベルに抱きつく。なんだかこういう女の子同士で絡んでるの見ていると和むなぁ…と、思ったけど、なんだか様子が変だ。あれは抱きついているというより……。
「ぱふぱふだー」
イザベルの大きな胸に顔を埋めているだけだった。和むというか、とても羨ましい……。
「もう……」
イザベルは「仕方ないわね」と言わんばかりにため息を吐いてマルギットの頭を撫で始めた。そこには熟年の慣れがあった。いつもあんなことしてるのだろうか?
「ちょっといい? みんな揃ったなら、伝えたいことがあるの……」
そう言うルイーゼはなんだか暗く、ひどく思い詰めた表情を浮かべていた。
「ルイーゼ?」
「どしたのきゅーにー?」
深刻そうな様子のルイーゼにイザベルとマルギットも戯れるのを止めてルイーゼを見た。
「あたし、リーダー辞める!」
「え!?」
「えー!?」
僕とマルギットは驚いたようだけど、他のメンバーにあまり驚いた様子は無かった。
「なぜ今になって?」
「今だからよ!」
ラインハルトの言葉に、ルイーゼが吠えるように叫ぶ。
「クルトとイザベルが死にかけたのは、あたしが悪いの。あたしが勝手に勇者アンナを意識して、無理に突っ走っちゃって……今回はたまたま運が良かっただけ。あたしがリーダーやってたら、またみんなを危ない目に遭わせちゃう。だから、あたしはリーダーを辞めるべきなの……」
ルイーゼは姿勢を正して深く頭を下げる。
「クルト、イザベル、みんな、ほんとにごめんなさい。2人とも無事でほんとに良かった」
ルイーゼは、今回の件について、深く責任を感じているらしい。たしかに、今回は少し強引に物事を進め過ぎたかもしれない。そこは反省するべきだろう。でも、それでリーダーを辞めるというのは……。
それに、今回の件は僕の責任も大きい。そもそも僕が余計な情報を与えなければ賊の討伐をしようなんてならなかったし、僕がもっと強く反対すればよかったのだ。皆が賊討伐に賛同していく中、僕だけ反対して皆の反感を買うのが怖かった。僕以外は皆幼馴染で僕は新参者だ。またパーティの中での居場所を失うのが怖かった。全ては僕の弱い心が招いたことなのだ。
「その! 僕もごめん! 僕が皆をちゃんと引き止められていたらよかったんだ。年上なのに! 経験者なのに! 僕がもっとしっかりするべきだったんだ! ごめんなさい……」
「ルイーゼ、クルトさん、頭を上げてください。それでは話もできません」
「………」
ラインハルトの言葉も無視して、僕とルイーゼは頭を下げ続けた。許すと言ってもらえるまで下げ続ける覚悟だ。
「2人とも、それでは謝罪ではなく、謝罪という名の脅迫ですよ?」
「そんなつもりじゃ!?」
「ちがっ、あたしもそんなつもりじゃ…!」
ラインハルトの意地悪な言葉に、やっと顔を上げた僕とルイーゼ。ルイーゼの目はちょっと赤くなり、潤んでいた。
「やっと顔を上げましたね。まったく、2人とも先走り過ぎです。特にクルトさん、今回の件は貴方の言葉に重きを置かず、突き進んでしまった私たちの落ち度です」
「いやでも、僕は……自分から口を噤んだんだ。ちゃんと言うべきだったのに…!」
保身のために、身勝手な理由でパーティを危険に曝した僕の罪は重い。
「それでも、ですよ。貴方が言うべきことを言えなかった環境を作ってしまった私たちの落ち度です。すみませんでした」
「そんな、頭を上げてよ!」
ラインハルトたちはなにも悪くない。やっぱり悪いのは僕なのだ。
「クルトさん、次からは遠慮する必要はありません。経験の浅い私たちにとって、貴方の言葉はとても貴重なものです。ぜひ、話を聞かせてください」
「分かったよ」
普通なら、パーティから追い出されても文句の言えない失態だと思う。それを許されるばかりか、逆に謝られてしまった。僕は……自分を恥じた。僕なんかでもパーティに貢献できるなら、これからはなんでも口にしよう。もう保身は考えない。嫌われてもいい。だからせめて、パーティの行く先を少しでも照らせるようになりたい。
「次にルイーゼですが、貴女はなんでも1人で抱えて先走り過ぎです。リーダーの件もですよ。いきなり辞めると言われても、はいそうですかとはなりません」
「ごめんなさい。でも、あたしなりにいろいろ考えたのよ? 新しいリーダーにはハルトかイザベルが良いと思うの。2人とも冷静だし! しっかりしてるし!」
「ですから、先走り過ぎです。なんですか、その話は? 初めて聞きましたよ? そういう話は根回しが大切です。少なくとも、私かイザベルの了解を得てからするべきですよ?」
「そうね。起きていきなりリーダーに推挙されても困るだけよ?」
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