25 / 77
025 返言
しおりを挟む
「これは……フェイクだ…!」
苦悶の表情で唸り声を上げていたアレクサンダーが急に静かになり、ポツリと呟く。
「アレク?」
「これはフェイク、全てはトリックだ。クルトが、クルトごときが【勇者】だと…? そんなはずはない。そんなことは起こるはずがない。そんなことはあってはならない。そうだ、全てはクルトのトリック、ブラフ、まやかしにすぎないのだ…!」
心配そうに声をかけるアンナも無視して、アレクサンダーがブツブツとなにか言っている。どうやらアレクサンダーは、現実を受け止められず、全ては僕の嘘であるということにしたいらしい。
「残念だったなクルト! 貴様のハッタリもここまでだ!」
「………くっ! なぜバレた…!?」
僕は面白そうだったのでアレクサンダーの妄想に乗ってみることにした。
「やはりそうか! 危うく誑かされるところだったわ! だが、このアレクサンダー・フォン・ヴァイマルを甘く見るなよ! 貴様の策など全てお見通しだ!」
「何を言ってるの…? アレク、正気に戻って…!」
アンナがアレクサンダーの肩を掴んで前後に揺すっている。そうだね。今のアレクサンダーは完全に正気じゃないね。目の焦点が定まっておらず、ぐるぐる回っている。完全に目がイっちゃってる人の目だ。
「お願いアレク、正気に戻って…! キャッ!?」
「うるさいわ!」
あーあ。アレクサンダーの奴も酷いことするなぁ。アレクサンダーが心配するアンナを叩き倒して、興奮で瞳孔が開ききった危ない目を僕に向ける。
「これも貴様の策略だな、クルト! アンナまで意のままに操るか…!」
アレクサンダーの体はフラフラと揺れていた。まるで酒を飲み過ぎた人みたいだ。まぁ酔ってるという意味では同じかもしれない。今のアレクサンダーは、酔いたいのだ。自分の妄想の世界に、逃げ込みたいのだ。まぁそんなことは許さないんだけどね。
「私がやらなくては! 私がクルトの虚偽を暴いてみせるぞ! クルトの策略に乗せられたアンナもルドルフもフィリップも、私が目を覚まさせてやる」
「うんうん、そうだね」
どうやらアレクサンダーの妄想の中では、アンナもルドルフもフィリップも僕の嘘に踊らされた憐れな存在らしい。それをアレクサンダーが救ってくれるらしいよ。
「クルト、貴様の敗因は、私の能力を過小評価したことだな! クルトごときが身の程を知れ!」
アレクサンダーが杖を片手に完全戦闘モードだ。
「私の正しさで、貴様の虚飾など塗り潰してくれるわ! 私が、私こそが正しいのだ! 集いて熱せよ火の子らよ……」
「なわけあるかーい!」
僕は、魔法の詠唱を始めるアレクサンダーとの距離を一瞬で詰めると、アレクサンダーの胸に手の甲を叩きこんでツッコミを入れた。ペキペキと軽い音を響かせてアレクサンダーの肋骨が砕ける感触が手に伝わる。
「おふっ!?」
アレクサンダーの口から空気が漏れ、魔法の詠唱が止まった。僕のツッコミを受けたアレクサンダーが2歩3歩と後ろによろめく。
「ゴバッ!?」
体をくの字に曲げて血の塊を吐き出すアレクサンダー。たぶん、砕けた肋骨が肺を傷付けたのだろう。もしかしたら、心臓も傷付いているかもしれない。アレクサンダーが、まるで突然糸の切れた操り人形のように床に座り込む。
「ガハッ! ……はぁ…はぁ…あり、ありえない……この私が、クルト…ごときに…! そうだ! これは、夢だ! そうに決まっている…!」
頑なにこれが現実だと認めないアレクサンダー。ここまでくると憐れだな。
「これが現実だよ、アレクサンダー。ヒール」
アレクサンダーの体を淡い緑色の光が包み、その傷を癒していく。そして、その事実がアレクサンダーを打ちのめす。
「バカな…! クルトごときが【勇者】だと…? なぜだ…なぜ……」
壊れてうわ言のように「なぜ」を繰り返すアレクサンダー。アレクサンダーもその身で“ヒール”という神の奇跡を体験して分からされたのだろう。僕が本物の【勇者】だということに。
さて、アレクサンダーも壊れちゃったし、そろそろ帰ろうかな?
「待って!」
部屋を後にしようとすると、アンナが待ったをかけた。べつに待ってあげる理由なんて無いんだけど、一応話だけでも聞いてあげようかな?
僕が振り返ると、アンナは深く深く頭を下げる。
「ごめんなさい、クルト。わた、私が悪かったわ。本当にごめんなさい」
今更謝罪をして何のつもりだろう?
「私、アレクと別れるわ!」
「は…?」
「私たち、もう一度やり直しましょう。私もクルトのことが好きだったの。それを無理矢理アレクが……だから……」
僕は何を聞かされているのだろうね。
「愛してる。愛してるわ、クルト。大好きよ。だから……」
僕への愛を語るアンナの目には拭い難い欲望があった。
「だから、もう一度私を【勇者】に…!」
「はぁー…」
僕への愛は全て自分が【勇者】になりたいがための撒き餌。真実なんてこれっぽっちも含まれていないだろう。僕はアンナへの興味を失った。愛想が尽きるとはこのことだ。
「アンナ、もういいだろう?」
「クルト…?」
「大したギフトを持っていない君が、英雄みたいな冒険できて、もう一生分の夢を見ただろ? もう十分なんじゃない?」
「ッ!?」
驚愕に目を見開き言葉を失くしたアンナに背を向けて、僕は部屋を後にした。
苦悶の表情で唸り声を上げていたアレクサンダーが急に静かになり、ポツリと呟く。
「アレク?」
「これはフェイク、全てはトリックだ。クルトが、クルトごときが【勇者】だと…? そんなはずはない。そんなことは起こるはずがない。そんなことはあってはならない。そうだ、全てはクルトのトリック、ブラフ、まやかしにすぎないのだ…!」
心配そうに声をかけるアンナも無視して、アレクサンダーがブツブツとなにか言っている。どうやらアレクサンダーは、現実を受け止められず、全ては僕の嘘であるということにしたいらしい。
「残念だったなクルト! 貴様のハッタリもここまでだ!」
「………くっ! なぜバレた…!?」
僕は面白そうだったのでアレクサンダーの妄想に乗ってみることにした。
「やはりそうか! 危うく誑かされるところだったわ! だが、このアレクサンダー・フォン・ヴァイマルを甘く見るなよ! 貴様の策など全てお見通しだ!」
「何を言ってるの…? アレク、正気に戻って…!」
アンナがアレクサンダーの肩を掴んで前後に揺すっている。そうだね。今のアレクサンダーは完全に正気じゃないね。目の焦点が定まっておらず、ぐるぐる回っている。完全に目がイっちゃってる人の目だ。
「お願いアレク、正気に戻って…! キャッ!?」
「うるさいわ!」
あーあ。アレクサンダーの奴も酷いことするなぁ。アレクサンダーが心配するアンナを叩き倒して、興奮で瞳孔が開ききった危ない目を僕に向ける。
「これも貴様の策略だな、クルト! アンナまで意のままに操るか…!」
アレクサンダーの体はフラフラと揺れていた。まるで酒を飲み過ぎた人みたいだ。まぁ酔ってるという意味では同じかもしれない。今のアレクサンダーは、酔いたいのだ。自分の妄想の世界に、逃げ込みたいのだ。まぁそんなことは許さないんだけどね。
「私がやらなくては! 私がクルトの虚偽を暴いてみせるぞ! クルトの策略に乗せられたアンナもルドルフもフィリップも、私が目を覚まさせてやる」
「うんうん、そうだね」
どうやらアレクサンダーの妄想の中では、アンナもルドルフもフィリップも僕の嘘に踊らされた憐れな存在らしい。それをアレクサンダーが救ってくれるらしいよ。
「クルト、貴様の敗因は、私の能力を過小評価したことだな! クルトごときが身の程を知れ!」
アレクサンダーが杖を片手に完全戦闘モードだ。
「私の正しさで、貴様の虚飾など塗り潰してくれるわ! 私が、私こそが正しいのだ! 集いて熱せよ火の子らよ……」
「なわけあるかーい!」
僕は、魔法の詠唱を始めるアレクサンダーとの距離を一瞬で詰めると、アレクサンダーの胸に手の甲を叩きこんでツッコミを入れた。ペキペキと軽い音を響かせてアレクサンダーの肋骨が砕ける感触が手に伝わる。
「おふっ!?」
アレクサンダーの口から空気が漏れ、魔法の詠唱が止まった。僕のツッコミを受けたアレクサンダーが2歩3歩と後ろによろめく。
「ゴバッ!?」
体をくの字に曲げて血の塊を吐き出すアレクサンダー。たぶん、砕けた肋骨が肺を傷付けたのだろう。もしかしたら、心臓も傷付いているかもしれない。アレクサンダーが、まるで突然糸の切れた操り人形のように床に座り込む。
「ガハッ! ……はぁ…はぁ…あり、ありえない……この私が、クルト…ごときに…! そうだ! これは、夢だ! そうに決まっている…!」
頑なにこれが現実だと認めないアレクサンダー。ここまでくると憐れだな。
「これが現実だよ、アレクサンダー。ヒール」
アレクサンダーの体を淡い緑色の光が包み、その傷を癒していく。そして、その事実がアレクサンダーを打ちのめす。
「バカな…! クルトごときが【勇者】だと…? なぜだ…なぜ……」
壊れてうわ言のように「なぜ」を繰り返すアレクサンダー。アレクサンダーもその身で“ヒール”という神の奇跡を体験して分からされたのだろう。僕が本物の【勇者】だということに。
さて、アレクサンダーも壊れちゃったし、そろそろ帰ろうかな?
「待って!」
部屋を後にしようとすると、アンナが待ったをかけた。べつに待ってあげる理由なんて無いんだけど、一応話だけでも聞いてあげようかな?
僕が振り返ると、アンナは深く深く頭を下げる。
「ごめんなさい、クルト。わた、私が悪かったわ。本当にごめんなさい」
今更謝罪をして何のつもりだろう?
「私、アレクと別れるわ!」
「は…?」
「私たち、もう一度やり直しましょう。私もクルトのことが好きだったの。それを無理矢理アレクが……だから……」
僕は何を聞かされているのだろうね。
「愛してる。愛してるわ、クルト。大好きよ。だから……」
僕への愛を語るアンナの目には拭い難い欲望があった。
「だから、もう一度私を【勇者】に…!」
「はぁー…」
僕への愛は全て自分が【勇者】になりたいがための撒き餌。真実なんてこれっぽっちも含まれていないだろう。僕はアンナへの興味を失った。愛想が尽きるとはこのことだ。
「アンナ、もういいだろう?」
「クルト…?」
「大したギフトを持っていない君が、英雄みたいな冒険できて、もう一生分の夢を見ただろ? もう十分なんじゃない?」
「ッ!?」
驚愕に目を見開き言葉を失くしたアンナに背を向けて、僕は部屋を後にした。
0
お気に入りに追加
574
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?
青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。
そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。
そんなユヅキの逆ハーレムのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる