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025 返言

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「これは……フェイクだ…!」

 苦悶の表情で唸り声を上げていたアレクサンダーが急に静かになり、ポツリと呟く。

「アレク?」
「これはフェイク、全てはトリックだ。クルトが、クルトごときが【勇者】だと…? そんなはずはない。そんなことは起こるはずがない。そんなことはあってはならない。そうだ、全てはクルトのトリック、ブラフ、まやかしにすぎないのだ…!」

 心配そうに声をかけるアンナも無視して、アレクサンダーがブツブツとなにか言っている。どうやらアレクサンダーは、現実を受け止められず、全ては僕の嘘であるということにしたいらしい。

「残念だったなクルト! 貴様のハッタリもここまでだ!」
「………くっ! なぜバレた…!?」

 僕は面白そうだったのでアレクサンダーの妄想に乗ってみることにした。

「やはりそうか! 危うく誑かされるところだったわ! だが、このアレクサンダー・フォン・ヴァイマルを甘く見るなよ! 貴様の策など全てお見通しだ!」
「何を言ってるの…? アレク、正気に戻って…!」

 アンナがアレクサンダーの肩を掴んで前後に揺すっている。そうだね。今のアレクサンダーは完全に正気じゃないね。目の焦点が定まっておらず、ぐるぐる回っている。完全に目がイっちゃってる人の目だ。

「お願いアレク、正気に戻って…! キャッ!?」
「うるさいわ!」

 あーあ。アレクサンダーの奴も酷いことするなぁ。アレクサンダーが心配するアンナを叩き倒して、興奮で瞳孔が開ききった危ない目を僕に向ける。

「これも貴様の策略だな、クルト! アンナまで意のままに操るか…!」

 アレクサンダーの体はフラフラと揺れていた。まるで酒を飲み過ぎた人みたいだ。まぁ酔ってるという意味では同じかもしれない。今のアレクサンダーは、酔いたいのだ。自分の妄想の世界に、逃げ込みたいのだ。まぁそんなことは許さないんだけどね。

「私がやらなくては! 私がクルトの虚偽を暴いてみせるぞ! クルトの策略に乗せられたアンナもルドルフもフィリップも、私が目を覚まさせてやる」
「うんうん、そうだね」

 どうやらアレクサンダーの妄想の中では、アンナもルドルフもフィリップも僕の嘘に踊らされた憐れな存在らしい。それをアレクサンダーが救ってくれるらしいよ。

「クルト、貴様の敗因は、私の能力を過小評価したことだな! クルトごときが身の程を知れ!」

 アレクサンダーが杖を片手に完全戦闘モードだ。

「私の正しさで、貴様の虚飾など塗り潰してくれるわ! 私が、私こそが正しいのだ! 集いて熱せよ火の子らよ……」
「なわけあるかーい!」

 僕は、魔法の詠唱を始めるアレクサンダーとの距離を一瞬で詰めると、アレクサンダーの胸に手の甲を叩きこんでツッコミを入れた。ペキペキと軽い音を響かせてアレクサンダーの肋骨が砕ける感触が手に伝わる。

「おふっ!?」

 アレクサンダーの口から空気が漏れ、魔法の詠唱が止まった。僕のツッコミを受けたアレクサンダーが2歩3歩と後ろによろめく。

「ゴバッ!?」

 体をくの字に曲げて血の塊を吐き出すアレクサンダー。たぶん、砕けた肋骨が肺を傷付けたのだろう。もしかしたら、心臓も傷付いているかもしれない。アレクサンダーが、まるで突然糸の切れた操り人形のように床に座り込む。

「ガハッ! ……はぁ…はぁ…あり、ありえない……この私が、クルト…ごときに…! そうだ! これは、夢だ! そうに決まっている…!」

 頑なにこれが現実だと認めないアレクサンダー。ここまでくると憐れだな。

「これが現実だよ、アレクサンダー。ヒール」

 アレクサンダーの体を淡い緑色の光が包み、その傷を癒していく。そして、その事実がアレクサンダーを打ちのめす。

「バカな…! クルトごときが【勇者】だと…? なぜだ…なぜ……」

 壊れてうわ言のように「なぜ」を繰り返すアレクサンダー。アレクサンダーもその身で“ヒール”という神の奇跡を体験して分からされたのだろう。僕が本物の【勇者】だということに。

 さて、アレクサンダーも壊れちゃったし、そろそろ帰ろうかな?

「待って!」

 部屋を後にしようとすると、アンナが待ったをかけた。べつに待ってあげる理由なんて無いんだけど、一応話だけでも聞いてあげようかな?

 僕が振り返ると、アンナは深く深く頭を下げる。

「ごめんなさい、クルト。わた、私が悪かったわ。本当にごめんなさい」

 今更謝罪をして何のつもりだろう?

「私、アレクと別れるわ!」
「は…?」
「私たち、もう一度やり直しましょう。私もクルトのことが好きだったの。それを無理矢理アレクが……だから……」

 僕は何を聞かされているのだろうね。

「愛してる。愛してるわ、クルト。大好きよ。だから……」

 僕への愛を語るアンナの目には拭い難い欲望があった。

「だから、もう一度私を【勇者】に…!」
「はぁー…」

 僕への愛は全て自分が【勇者】になりたいがための撒き餌。真実なんてこれっぽっちも含まれていないだろう。僕はアンナへの興味を失った。愛想が尽きるとはこのことだ。

「アンナ、もういいだろう?」
「クルト…?」
「大したギフトを持っていない君が、英雄みたいな冒険できて、もう一生分の夢を見ただろ? もう十分なんじゃない?」
「ッ!?」

 驚愕に目を見開き言葉を失くしたアンナに背を向けて、僕は部屋を後にした。
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