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023 【気配遮断】と【剛腕】

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 先程からアレクサンダーが僕の気を引こうと喋ってるけど、そろそろ飽きてきたな。

「こう考えればいい。私を利用して貴族になると考えればいいんだ。面倒なことは全て私がやろう。お前は、ただ貴族になるのを待っていればいい。それだけだ。簡単だろう?」

 貴族ねぇ……。正直ちょっと憧れるものはあるけど、そんな淡い期待なんかよりも、もっとドス黒い欲望の方がはるかに大きい。故に僕は告げる。

「お断りだ! 夢なら勝手に見てろ!」

 そう。僕は、自分のちっぽけな憧れなんかよりも、アレクサンダーたちの夢を握り潰したいという暗い気持ちの方がはるかに大きいのだ。賢い人はアレクサンダーを利用して、使い捨てる道を選ぶのかもしれない。でも、僕にそんな器用なマネができるとは思えないからね。だから、ここでその夢ごと一気に叩き潰してしまおう。アレクサンダーたちは、いったいどんな絶望の表情を見せてくれるだろうね?

「正気か…?」

 アレクサンダーに真顔で正気を疑われてしまった。僕が見たいのは、そういう顔じゃないんだけどなぁ……。

「正気だよ、失礼だな。それより聞かせてよ。今、どんな気持ち?」

 煽ってみてもアレクサンダーは真顔を崩さない。

「考え直す気は無いか?」
「無いよ。今後なにがあっても僕が君たちに力を貸すことは無い」

 僕の質問には答えず、真顔で訊いてくるアレクサンダーに決定的にNOを叩きつける。それと同時に、僕の喉にヒヤリと鋭い冷たさが押し当てられた。

「動くなよ。動くと斬っちまうからよぉ!」

 耳元でフィリップが怒鳴る声が聞こえてきた。気が付くと、フィリップに背後を取られ、首にナイフを押し当てられていた。いったい、いつの間に……これがフィリップの【気配遮断】!?

「いいぞ、フィリップ」
「やるじゃない!」
「よくやった、フィリップ。見事だ」
「へっ、まぁな」

 『極致の魔剣』の面々に褒められて、フィリップが得意げに鼻を鳴らす。たしかに、見事だ。フィリップには十分注意していたはずなのに、いつの間にか背後を取られ、首にナイフを当てられている。僕の注意がアレクサンダーに向いた一瞬の隙を突かれた。

「さっきから聞いてりゃあクルトのくせに吠えるじゃねぇか。“今後なにがあっても僕が君たちに力を貸すことは無い”だぁ? 言うことをきかせる方法なんてなぁ、いくらでもあんだよ!」
「クルト、これからフィリップがお前の首を切る。アンナを【勇者】に戻さないと回復手段が無く死ぬことになるぞ?」
「いいな、そりゃ!」
「さあ、早くしなさいよ」
「これで詰みだ」

 先程までの沈んだ空気はなんだったのか、一転して勝ち誇ったような顔を見せる『極致の魔剣』の面々。その光景を見て思い知ったね。あぁ、コイツらは反省なんてしていないんだなと。僕は予定通り、たった1枚しか持っていない切り札を切ることを決めた。

「はぁー…“我欲の英雄”に“友の絆”を捧げる……」

 呆れからか、自然と出たため息と共に、僕はひょいと首に押し立てられたナイフを左手で摘まんだ。

「あん? ……な、んだ!? うご、かねぇ…!?」

 フィリップが驚きの声を上げるのも構わず、僕は右手でフィリップの腕を掴むとゴキュッと握り潰した。プチプチと肉が潰れる感覚と、ボキボキッと骨の折れる音が鈍く響く。

「あぎあっ!?」

 よく分からない悲鳴を上げるフィリップの手から零れたナイフを左手で取り上げ、くるりと体を時計回りに回す。

「あが!?」

 驚き、苦痛、恐怖、様々な感情に醜く歪んだフィリップの顔を間近から眺め、僕は左手に持ったフィリップのナイフを彼の右胸に返してあげた。

「うぐぁっ!?」

 ドスッとナイフを胸に突き立てる。よく手入れされているのか、切れ味が良い。一気に柄本まで沈み込んだ。大振りのナイフだから、刃先は背中へと貫通しているだろう。

「たしか、回すといいんだっけ?」
「ッ!? や、やめ……ぐあああああああああああああ!」

 胸から生えたナイフをゴキュリと回すと、フィリップが口から血を吐きながら絶叫する。うわぁ、痛そう。

「うおおおおおおおおおおおお!」

 フィリップの絶叫に混じって雄叫びが響く。ルドルフの声だ。振り返ると、ルドルフが拳を振り上げて迫ってきていた。大柄なルドルフが迫ってくると、圧迫感を覚えるな。それにしても、なんで雄叫びなんて上げたんだろう? 静かに奇襲すればよかったのに。

 ルドルフが僕に向けて右の拳を振り下ろす。逃げることもできるけど、僕は敢えて逃げないことにした。僕も右の拳を握り、振りかぶる。僕とルドルフでは明らかな体格差がある。先手は腕のリーチが長いルドルフだ。ルドルフの拳が僕の顔に迫る。

「おおおおおおおおおお!」

 僕は体を右下へと屈むように傾ける。ゴウッと風音と共に、ルドルフの拳が僕の頭上を掠めていくのが、チリチリと髪の毛越しに伝わってくる。ルドルフの拳はハズレ。今度は僕の番だ。

 僕は屈めた体を元に戻すように、体の回転を意識しながら一歩踏み込んでアッパー気味に振り上げる。狙いはルドルフの顎だ。

 ポキポキッと小枝を折るような感覚と、まるで水面を殴ったかのような感触と共に、僕の拳はルドルフの顎へと振り抜かれた。
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