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2.学園で一人ぼっちの彼女に

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「……ごめんなさいね、チェルシーさん。身を守るためだったとはいえ、悪いことをしたと思っているわ」

 休み明けの王立学園。
 完全にチェルシーは孤立していた。

 授業の前後も誰からも話しかけられず、話しかけもしていなかった。食堂でも一人で食事をとっていて、終わったら中庭のこのベンチでぼんやりとしていたので話しかけた。

 ゲーム通りに婚約破棄が成立しても今ほどではないけれど、近い状態ではあった。意地悪をしていたと断罪された私の印象は当然悪くなるものの、王子様に婚約破棄をさせた彼女の印象も地に落ちる。王子に対して親のコネもなしに爵位の低い貴族の娘が……という嫉妬も当然ある。ただし将来の第一王子の妻になりそうなので、裏で陰口を叩かれながらも今後のために人はそれなりに寄ってはくる。
 当然、それも苦痛ではあって……だからこそ余計にアーロンとの愛が燃え上がり、二人だけの世界でイチャイチャラブラブでエロエロな学園生活が始まる……はずだったんだけどね。

「いえ……レイナ様のおっしゃる通りでした。私はこの世界を長い走馬灯のようなものだと思っていました。焼けるような熱い火に取り囲まれ、たくさんの煙を吸い……最後の瞬間に見ている幻覚に過ぎないと。だから私は安易に、レイナ様を陥れる道を選んでしまった」

 え、やっぱりここって死後の世界なの……。死んだ記憶、私にはないのに。この子は火事たったのね。そういえば最後に頭が割れるように痛かったような……。なんで今まで忘れていたんだろう。痛すぎて記憶から飛んでっちゃったのかな。

「誰かを不幸にして掴み取る幸せに、意味はないですよね……」

 死んだような目をしている。
 
 どうしよう……この子に今後誰も話しかけなかったら私のせいよね。あれから夢が覚める気配はなかったし、一つの世界としてこのまま継続しそうだ。
 
 ……とりあえず隣に座ろうかな。私が許していますアピールをすれば、周囲の視線も少しは和らぐかもしれない。

 国王陛下があの場を夢だと言った以上、全てなかったことになってしまった。彼女やアーロンへのお咎めもなしだ。冷静に考えれば国王陛下にも婚約破棄をする話はしていただろう。乙女ゲームの強制力によって許可もきっと出されていて……それもあって全てなかったことにするのが平和だという結論に至ったのかな。

 彼女の横に座ると、驚いた顔をされた。

「仲よくなりましょうか、チェルシーさん。そうすれば、いずれ変わっていくわよ。周りの目も」
「……ありがとうございます。私の幻覚でないのなら……この世界はなんなのかなってずっと考えていたんです」
「そうね。それは気になるわ」
「現実でないことは明らかです。誰かがつくったゲームの人たちがいる世界なんて……クラスに山田太郎が三十人集まるよりあり得ないですよね」

 ……すごい例えだけど、確かにそうだ。今の例えに女の子がいないのが気になるわね。男子校を想定して言ったのかな。

「だから幻覚なのは当然で、それなのに他にこのゲームを知る人が現れた。そうですよね」
「……そうね。あなたの幻覚ってだけではないわ。私にも明確な意志があるし、前の世界の記憶もあるの」
「とすると、この世界はあの世でしかないですよね」
「まぁ……そうね」

 やっぱり私は死んだのかな。大学生活にはもう戻れないのか……残念だ……。
 
「私には心残りがありました。彼氏が一度もできなかったことです。私、喪女なんです」

 ええー……、いきなり何。

「誰かに告白とか考えられませんよね。何をどうしたらそんな流れになるんですか。そもそも告白できるくらいに仲のいい男性ってどーやったらできるんですか。どっかに気の合う男が落ちてくるガチャガチャとかあるんですか。無理ですよ。休日に一緒に遊びに行く男友達なんて都市伝説としか思えません。だからといって、よく知りもしない人に告白しようとも思えないし、絶対フラれるじゃないですか」

 う……分かりみがすぎる……。

「――という喪女が転生する場所が、ここかもしれないって思うんです。18禁の乙女ゲーですし」

 なに……その喪女のためのネバーランド。いきなりここが痛々しい場所に思えてきたわ。

 残念ながら反論ができない。私も年齢イコール彼氏いない歴だ。大学デビューにも失敗し、男友達は皆無だ。私の表情から彼女もそれを察したようで、力なく微笑んだ。

「自分の言葉で話して好きになってもらえる自信がない。だから全てをあのゲームの通りになぞりました。アーロン様の台詞を直で聞きたかったから。そうでなければ、この幸せな幻覚が消えてしまうかとも思いました」

 確かにロマンチック成分は彼が一番あるかもしれない。いかにもな王子様顔で、直で聞きたくなるような熱烈な台詞も多い。熱くなって暴走はしやすいけれど、ひねくれていなくて真っ直ぐで変な趣味もない。

「でも……あの通りに辿ったのに幸せにはなれなかった。次からは勇気をもって私の言葉で男性と話してみます! アーロン様は諦めます。ゲームの通りに進んでしまうという呪いに彼もかかっていたのかもしれませんね。あのあと、私への想いは残っていないように見えました。残念ですが、お幸せに!」
「え……いえ、私もいらな――」
「レヴィアス様が相手でも応援しますね。次に生まれ変わったらもう少し積極的になれるよう、今から駄目で元々で頑張ってきます!」

 彼女が立ち上がった。
 スカートがふわりと揺れる。

「爆死してきますね!」

 アーロンの隣にいた時よりもずっと可愛い顔で私に微笑むと、少し先にいる男性の元に走っていった。

 ハワード・テストロン。
 三人目の攻略対象者だ。見た目はものすごく地味。深い緑の髪をキュッと後ろで結んでいる。彼を選んだ場合のみ不幸になる人は現れない。その反面、エロスな世界に入ると言葉攻めが半端ない。学園卒業後は王家お抱えの薬師の一人になる。研究マニアだ。

 待って……アーロンとくっついてくれないと、私の婚約がそのままになってしまうんじゃ……。

 ハワードー!
 早まらないでー!
 アーロンー!
 彼女とヨリを戻してー!

「レイナ様ったら、あのようなことがあったのに彼女に話しかけてあげるなんて、お優しいですわね」

 あ……わらわらと知り合いの貴族のお嬢さんたちが寄ってきた。

「話しかけることないですわ、アーロン様を侮辱するなんてもっての外です! アーロン様も酷いですけれど……」
「い、いいのよ、若いのだから調子に乗ることもあるわ。冷静に物事を見れなくなる時だってあるわよ。反省しているのだから忘れてあげましょう」
「レイナ様ったら……なんてお優しい……」

 忘れてもらわないと困る。
 だって実際、彼女はアーロンを馬鹿にする発言をしていない。本当に言っていたのか問題が出てくると、困るのは私だ。私による嫌がらせはなかったという証明があの場では難しかったからそうしたけど……。

「それも含めて夢だったのよ。そう思って、皆も話しかけてあげてほしいわ」
「レイナ様がそうおっしゃるのなら……」

 罪悪感が募るわね。

『誰かを不幸にすることで掴み取る幸せは、長続きしないわ……』

 ――自分の言葉が突き刺さるようだ。

 
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