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17.部屋に戻って
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そうして、罠の部屋に戻ってきた。
あの建物でハムや野菜が挟まれたスティックパンやパニーニを食べてから風力車で学園まで戻ると、門からはバロン王子がオレをお姫様抱っこしながら杖に乗って人にぶつからないようにゆっくりと部屋まで浮いてきた。
「恥ずかしかった……バロン様、あれだけ一人で歩けますって言ったのに……」
「いいじゃないか、疲れたんだろう。僕のせいだ。責任をとらせてくれよ」
「ものすごく恥ずかしかったんですけど。そもそも自分でも浮遊魔法くらい使えるんですが」
「僕が君のためにしたかったんだ。恋人なんだから気にしなくていいよ」
恋人……。
アラン王子への「実際にはまだ恋人ではないんだ」という言葉を思い出して、少し胸が苦しくなる。
……恋人になりたいと思ってるんだよな、オレ。でも、完全にそうなったら後戻りができない。少なくともオレから別れ話を切り出すことはない気がする。王家の反対ならあってもおかしくないと思うが……アラン王子まで知っていたということは、既に両陛下にも話が耳に入っているんだろう。
バロン王子は、どうしてオレなんだろうな。オレと一緒にいると楽しいとは言ってたけど、そんな女、いくらでもいそうな気がする。
もしかしたら、女のふりをしているオレが好きなのかな。食堂でのオレを純な女の子とか表現していたし……。
「本当にパンでよかったのか。今からでも何か――」
「もうお腹いっぱいです」
あの建物内で、食事をどうするか尋ねられた。いつもどうしているのか聞いたら、お気に入りのパン屋さんでいくつか買ってきてもらうこともあると聞いて、バロン王子の好きなパンを届けてもらった。建物内で王子が「ロダン」と呼んだ瞬間にまた天井裏からシュッとロダンが現れて、慣れた様子で頼んでいた。やっぱりどこにでも護衛がいるようで……この場所以外では言葉遣いに油断はできなさそうだ。
夕食は早めだったから、まだ寮の門限には時間がある。
「そういえば、ソファでごろんとしたいと言ってたな。横になるといいよ」
「あー……」
横並びだとスペースがないし、王子の前でそこまでくつろいでもな。
「ほら、膝を貸してやる。来い」
「え」
……普通、逆なんじゃね?
まぁ、いいか。誰かにしてもらったこともねーし、してもらい気持ちもある。
「それなら、お言葉に甘えて」
「ああ」
これは……!
バロン王子、鍛えているせいで太股が固いな。なるほど、逆シチュエーションがあまりないのは、男がやるとこうだからか。寝心地が悪すぎる。
コロンと横になって太腿を触る。
うん……固いな。固すぎる。そういえば水着の時の腹筋もすごかった。上着の下に手を入れて薄い生地越しに触ってみる。
「筋肉が……やっぱりすごい……」
「あのね、シルヴィア。元オトコだというわりには危機感がなさすぎると思うけどな」
「へ」
王子の顔が色っぽい……!?
「あっ、すっ、すみません。え、えっと、反応しても大丈夫ですよ! わ、分かってます、簡単に反応ってしますよね、大丈夫です、わ、分かってます」
「全然分かってない! 襲っていいのかな。そのまま婚約になって、結婚の段取りまで始まるけど、いいってことだよね」
「……すみませんでした……」
王族や貴族も自由恋愛は許されているとはいえ、結婚まで純潔を保つものというのが常識だ。ただし、既に婚約状態なら、実際にはいたしてるカップルも多いよねというのもまた常識ではある。
まぁ……元が乙女ゲーだからな。結婚前のそんなイベントを各キャラと発生させるための常識なのかもしれない。
まだ婚約すらしていない。この前のガバッといくと言っていた時も、冷静になれば少なくとも手前ではやめたのだろう。
でも、もうオレはほとんど覚悟を決めている。あと一押しが欲しい。オレでいいんだってあと一押しが……。
のそっと起き上がって、なぜかすごく申し訳なさそうな顔をしている王子を真っ直ぐに見る。
「バロン様……確認、させてほしいことがあるんです」
「あ、ああ。なにかな」
「バロン様はすごく優しくて……だから、オレと別れるなんて言いたくても言えないと思うんです」
「え、いや。それは絶対にない。悪かった、また傷つけたか」
「今ならまだ引き返せると思うので……オレの言葉を聞いて、正直なことを教えてほしいんです。気遣いとかそーゆーのなしで、本当のことを……」
王子がすごく悲しい顔をしている。オレを傷つけたと思わせてしまった。そんなにオレのこと、心配しないでくれよ。こんなオトコ女のこと……。
罪悪感に駆られながら、オレは口を開いた。
あの建物でハムや野菜が挟まれたスティックパンやパニーニを食べてから風力車で学園まで戻ると、門からはバロン王子がオレをお姫様抱っこしながら杖に乗って人にぶつからないようにゆっくりと部屋まで浮いてきた。
「恥ずかしかった……バロン様、あれだけ一人で歩けますって言ったのに……」
「いいじゃないか、疲れたんだろう。僕のせいだ。責任をとらせてくれよ」
「ものすごく恥ずかしかったんですけど。そもそも自分でも浮遊魔法くらい使えるんですが」
「僕が君のためにしたかったんだ。恋人なんだから気にしなくていいよ」
恋人……。
アラン王子への「実際にはまだ恋人ではないんだ」という言葉を思い出して、少し胸が苦しくなる。
……恋人になりたいと思ってるんだよな、オレ。でも、完全にそうなったら後戻りができない。少なくともオレから別れ話を切り出すことはない気がする。王家の反対ならあってもおかしくないと思うが……アラン王子まで知っていたということは、既に両陛下にも話が耳に入っているんだろう。
バロン王子は、どうしてオレなんだろうな。オレと一緒にいると楽しいとは言ってたけど、そんな女、いくらでもいそうな気がする。
もしかしたら、女のふりをしているオレが好きなのかな。食堂でのオレを純な女の子とか表現していたし……。
「本当にパンでよかったのか。今からでも何か――」
「もうお腹いっぱいです」
あの建物内で、食事をどうするか尋ねられた。いつもどうしているのか聞いたら、お気に入りのパン屋さんでいくつか買ってきてもらうこともあると聞いて、バロン王子の好きなパンを届けてもらった。建物内で王子が「ロダン」と呼んだ瞬間にまた天井裏からシュッとロダンが現れて、慣れた様子で頼んでいた。やっぱりどこにでも護衛がいるようで……この場所以外では言葉遣いに油断はできなさそうだ。
夕食は早めだったから、まだ寮の門限には時間がある。
「そういえば、ソファでごろんとしたいと言ってたな。横になるといいよ」
「あー……」
横並びだとスペースがないし、王子の前でそこまでくつろいでもな。
「ほら、膝を貸してやる。来い」
「え」
……普通、逆なんじゃね?
まぁ、いいか。誰かにしてもらったこともねーし、してもらい気持ちもある。
「それなら、お言葉に甘えて」
「ああ」
これは……!
バロン王子、鍛えているせいで太股が固いな。なるほど、逆シチュエーションがあまりないのは、男がやるとこうだからか。寝心地が悪すぎる。
コロンと横になって太腿を触る。
うん……固いな。固すぎる。そういえば水着の時の腹筋もすごかった。上着の下に手を入れて薄い生地越しに触ってみる。
「筋肉が……やっぱりすごい……」
「あのね、シルヴィア。元オトコだというわりには危機感がなさすぎると思うけどな」
「へ」
王子の顔が色っぽい……!?
「あっ、すっ、すみません。え、えっと、反応しても大丈夫ですよ! わ、分かってます、簡単に反応ってしますよね、大丈夫です、わ、分かってます」
「全然分かってない! 襲っていいのかな。そのまま婚約になって、結婚の段取りまで始まるけど、いいってことだよね」
「……すみませんでした……」
王族や貴族も自由恋愛は許されているとはいえ、結婚まで純潔を保つものというのが常識だ。ただし、既に婚約状態なら、実際にはいたしてるカップルも多いよねというのもまた常識ではある。
まぁ……元が乙女ゲーだからな。結婚前のそんなイベントを各キャラと発生させるための常識なのかもしれない。
まだ婚約すらしていない。この前のガバッといくと言っていた時も、冷静になれば少なくとも手前ではやめたのだろう。
でも、もうオレはほとんど覚悟を決めている。あと一押しが欲しい。オレでいいんだってあと一押しが……。
のそっと起き上がって、なぜかすごく申し訳なさそうな顔をしている王子を真っ直ぐに見る。
「バロン様……確認、させてほしいことがあるんです」
「あ、ああ。なにかな」
「バロン様はすごく優しくて……だから、オレと別れるなんて言いたくても言えないと思うんです」
「え、いや。それは絶対にない。悪かった、また傷つけたか」
「今ならまだ引き返せると思うので……オレの言葉を聞いて、正直なことを教えてほしいんです。気遣いとかそーゆーのなしで、本当のことを……」
王子がすごく悲しい顔をしている。オレを傷つけたと思わせてしまった。そんなにオレのこと、心配しないでくれよ。こんなオトコ女のこと……。
罪悪感に駆られながら、オレは口を開いた。
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