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※小説家になろうでの采火様主催の「異世界転移葛藤企画」参加作品です。【あらすじ】で転移から異世界での境遇を描き、【本文】は葛藤を描くクライマックスという構成です。

【あらすじ】

 俺、榎田勇斗には恋人がいた。幼馴染の篠崎桜に高校の卒業式の日に告白されたのだ。

「中学で勉強頑張ってたのも全部、同じ高校に行くためだったの。大好きなの。大学は違うし、たまにしか会えなくなっちゃうけど……付き合ってください!」
「俺もずっと好きだった。これからもたくさん会おうよ、近所だしさ。俺だって会いたい」

 小学生の頃からいつも笑顔で話しかけてくれる桜のことがずっと好きだった。彼女が俺を好きになったのは、子供会でのキックベース大会の練習がきっかけらしい。自分だけが上手く蹴れなくて泣いてしまったのを、一生懸命励ましてくれたからだとか。

 親同士も俺たちも仲がいいから、祭だったりバーベキューだったりと家族ぐるみであちこち行った。

 やっと恋人になれたのに、俺は――、気づいたら異世界にいたんだ。こんなところに路地があったっけと中に入ってすぐだ。一瞬だった。神隠しのようなもので、たまにあるらしい。

「お主が迷い込んだ異世界人か。大変だったな。この王宮の部屋を貸してやろう。メイドもつける。不便があればすぐに対処しよう。今は平和な世だ、好きに生きるといい」

 異世界人が優遇されるのは、特殊な魔法を扱えるようになり国に貢献するケースが多いからだとか。この世界には女神がいて、人間に魔力を生まれながらにして宿してくれるという信仰がある。ここに迷い込んだ時点で俺も新たに生まれたようなもので、勝手に魔力も付加される……らしい。女神を直接見た者がいないから本当かどうかは分からないけど、実際に魔力は宿った。

 落ち込む俺を専属になったメイドのセイラが励まし、魔法の扱い方を教え、そして俺だけが使える特殊魔法まで一緒に見つけ出してくれた。

「炎や水なら分かりますけど、何もないところから砂が現れるのは不思議ですね」
「俺なんて魔法がない世界から来たんだぜ? 不思議なんてもんじゃねーよ」

 調べてみたら砂ではなかった。水に簡単に溶ける。白い粉末は水分にとろみを与えるだけ、金の粉は長時間の覚醒作用があり、銀の粉は飲むとわずかな時間だけ相手の嘘を見破れる……など、それぞれ調べるのは勇気や手間が必要だった。

 俺たちはそれらを利用したり売ったりする中で信頼できる魔導士と繋がりを持ち、元の世界へ戻ることが可能になった。

 やっと帰れる。

 でも――、本当に戻ってもいいのか?



【本文】

 魔導士ベルナスと向き合う。
 アイスブルーの瞳と髪で冷たい印象だが、実は情に脆い。

「私はこれから、ほぼ息継ぎ無しで呪文を詠唱しなくてはなりません」
「ああ」

 俺の生み出した紫の粉末の効果で、それが可能になった。息継ぎをすると一つの単語として認識されない。一分以上息継ぎなしで唱えなければならない語句が複数あるらしい。

「部屋の隅でずっと唱えているので、あなたは魔法陣の中央に立ち続けてください」
「分かった」

 今まで相当世話になった。俺も、少しはベルナスの研究に貢献できたんだといいなと思う。

「あなたにいただいた粉末のお陰で、今後はこちらに迷い込んだ方にも戻るという選択肢が与えられることでしょう。あなたが来てくれてよかった。友人になれて……っ、と。すみません。こんなことでは失敗してしまう」
「ははっ、ありがとな。ほんとに、あんたには救われたよ。世話になった。一生忘れない」

 泣きそうになり充血した瞳で、視線を交わす。

「私は失敗するわけにはいきません。耳栓をして唱え続けます。あなたは、セイラ殿と最後のお別れをしてください」
「……ああ」

 別れの言葉が耳に入るだけで、情に脆いこいつは泣いてしまいそうだからな。
 
「一つだけ伝えておきます。私はあなたによる失敗を望んでいます。魔法陣から途中で降りてもらって構いません。この世界に留まってほしい。友がいなくなるのは寂しい。今からでも心変わりをしてほしい。それが、私の願いです」
「…………ああ、ありがとう」

 ずっと迷っていた。
 今も迷っている。

 でも、セイラが戻れと言うから……それを否定することができないから、ここにいる。

「では、私は移動します。詠唱が始まったら、私には話しかけないようお願いします」
「分かった。ベルナスは俺の最高の親友だ。これからもそれは変わらない」
「はい。一緒に無茶をしてくれました。実験にも付き合ってもらった。あなたとの日々、楽しかったですよ。私にとっても……ユウト、あなたは親友です」

 互いに楽しかったなと笑い、ベルナスは部屋の隅――、蝋燭の炎があちこち灯る暗い部屋の隅へ白杖を持って移動した。

 ――そうして俺は、セイラへと向き合う。

「やっと戻れますね」
「ああ」
「サクラさんと、お幸せに!」
「…………っ」

 俺が魔法で生み出せる銀の粉は飲むとわずかな時間だけ相手の嘘を見破れる。それは、セイラとの会話の中で分かった。

『自分が最初に試すなんて、本当にユウトさんは勇気がありますね』
『他の奴に試してもらって、なんかあったら嫌だろ』
『そーゆーところ、好きだなぁ』

 俺がこの世界に馴染めるように、わざと馴れ馴れしくしてくれていると信じていた。「早く戻ってサクラさんと結婚できるといいですね」なんて茶化すことも多かった。だから、俺のことなんて、いずれいなくなるかもしれない異世界人としか見ていないと。

 ――そう思い込もうとしていた。

『何か変化はありますか?』
『ないな』
『また、色々試さないといけませんか』
『だな』
『元の世界に戻ることに繋がる何かだといいですね!』
『…………え?』

 モヤが見えた気がした。
 彼女の背後に黒いモヤが。

『きっとサクラさんも待ってますよ!』
『あ、ああ』

 気のせいだったと思った。
 それはすぐに消えたから。

『ユウトさんが戻ったらどうしましょうね、私』
『俺を恋しがって泣くんじゃないか?』
『あー、大好きなユウトさんがいなくて寂しいーって大泣きしそうですね!』
『だろ?』
『冗談ですよ。すぐにいい人を私も探します! ずっとつきっきりでしたからね』

 また黒いモヤが見えて――。

『ユウトさんのせいでいい出会いがありません……って、ユウトさん? 大丈夫ですか?』

 そうして――、会話を続ける中で、嘘をつくと黒いモヤが見えることが分かった。彼女の想いも同時に知ってしまった。

 たくさんの思い出がある。

 どうしても効果が気になって、二人で徹夜で探ったこともあった。夜中用の保存食を頼んだら、罰ゲームみたいなトンデモ商品をたくさん買い込んで、一緒に試しましょうなんて言われて食べるたびに二人で変な顔をし合ったことも――。

「俺はこの世界からいなくなる」
「はい」
「こんなに世話になったのに、何も返さなまま――」
「嬉しいこと、楽しいことがたくさんありました。思い出をたくさんもらいました」
「セイラ……」
「早く行ってくださいっ」

 ぐいっと体を押されて、魔法陣の中に入ってしまう。ほのかに青白く発光していたその文字や記号の羅列が強く光を帯びた。俺は中央へと歩き、もう一度、魔法陣の外側にいるセイラと向き合う。

 ――ベルナスの詠唱が始まった。

「セイラ、俺は……!」
「私の大好きな人は、ここで元の世界へ戻る人です。迷ったとしても選択を間違えない人です」

 セイラの口角は上がり笑顔をつくっているのに……ぶるぶると震えている。涙が溢れ出す。

「俺だって君が――」
「妹のように大事にしてくれました。言いましたよね、早くサクラに会いたいって。結婚したいんだって。初キスもまだだったのにって。エッチなこともしたかったなんて言ってましたよね」
「……そんなことまで、覚えているなよ」
「好きな人の言葉ですよ? 全部覚えています。ね、私にそんなこと、したくないでしょう?」
「男を甘く見るな。しようと思えばできるんだよ、男は。最後まで隙だらけだな。発言には気をつけろと何度も――」
「ふふっ、保護者だもんなぁ。じゃ、誰と家庭を築きたいです?」
「……そんなことを考えられるほど、大人じゃなかったよ」

 言いたいことは分かる。
 でも、俺にとって――、セイラはかけがえのない家族のような存在になっていた。

「たくさん助けてもらった。いないと困る存在だった。当たり前のように側にいてくれた」
「私もです。ユウトさんといる日常が好きでした」
「途中から迷い出した。ここにずっと住んでもいいんじゃないかって」
「嬉しかったです。私はユウトさんに、一緒にいたいと思ってもらえる人になれた」

 心がぐらつく。
 
 ここでなら、俺にしかできない魔法がある。稼げる手段がある。大事だと思える存在もたくさんできた。生活の基盤がある。

 ……元の世界では、俺の価値は見出されていない。これから学んで、これから探していかなければならない。桜とも――、ずっと好き合っていられる保証なんてない。

 セイラなら……。

 わずかに足が前に動く。

「私は、ここで帰るユウトさんが好きなんです」

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、俺をここから前に行かせない言葉を放つ。

 俺も……きっと同じ顔をしている。

「俺はお前とだって――」
「大好きです。嬉しいです。でも、考えてください。突然あなたがいなくなった世界のことを。ご両親はどうお過ごしでしょう。恋人のサクラさんは? 私は幸せです。心の準備ができていました。しっかりとお別れできます」
「セイラ……っ!」

 呪文の詠唱が続く。
 セイラは涙を拭い、俺に笑顔を向け続ける。

 青白い発光は強く強く――、部屋を呑み込んでいくようだ。

 ベルナスの声が大きくなった。おそらく、もうすぐだと俺たちに知らせてくれている。ベルナスを見れば、口を動かしながらも強張った笑顔を向けてくれた。俺が手をあげれば、あいつもあげる。

 ああ――、最後なんだ。

「大事だった、大事なんだ」
「私もです。どうか幸せに」

 消えていく。
 部屋が消えていくんだ。

「セイラァァァ――――ッ!!!」

 俺の足まで消えていく。この世界から存在が消える。何もかも聞こえなくなっていく。

 世界が白く塗りつぶされて――、
 
 俺は、ここで築いてきた大事なものを全部、置いてきた。
 
 ◆

 当たり前だったかつての日常が戻ってきた。

 俺は、ベルナスの言った通りあの日のあの場所へ元の姿のまま戻ることができ――、そこからメイン通りに出た瞬間に路地は消滅した。

 何もなかったかのように変わらない日常が続き、大学の入学式を迎え、まるであの日々が夢だったようで……。

「勇斗はここに来ると、なぜかそっちを見るね」
「ちょっとな」

 駅に向かうにはこのメイン通りを真っ直ぐに進むのがもっとも近く――、そして俺を誘惑してくる。あの路地が、たまに見えてしまうんだ。

「何かあるの?」
「ある気がしちまうんだ」
「こわ!」
「はは、怖いかもな」

 ベルナスが言っていた。繋ぎ直した弊害で、その場所はしばらくの間、不安定になると。また路地が見えてしまうことがあるかもしれないけれど、違う時代や違う場所へ飛ばされる可能性もあり、絶対に無事だという保証もないと。

 だから、見えても近づくなと。ここに戻ることを選んだのなら、もう迷ってはいけないと。

 でも――、たまにどうしても恋しくなるんだ。あそこもまた、俺の居場所だったから。

「気にしたらもっと怖くなるよ。気にしちゃ駄目! 怖い怖い」
「そうだな」
「で……なんか見えるの?」
「それが分からないから、ついな」
「いやー! もう気にしないで! 私だけを見て!」
「ははっ」

 ここもあそこも同じように空は青い。それが不思議だ。まったく違う場所なのにな。

「行こうか、桜」
「うん!」

 あいつが背中を押してくれたこの世界で、俺は迷いながらも生きていく。

 ――幸せになれよ。

 青い空はあの世界まで繋がっているようで――、俺の祈りを届けてくれる気がした。


〈完〉
 
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