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42.オルザベル家

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『突然の訪問、申し訳ありません。ご厚意に感謝いたします』
『こちらこそ、真っ先にここを訪れていただけたこと、光栄に思います』

 そんな堅苦しい挨拶はほとんどヴィンスに任せた。ここはクリスの実家、オルザベル辺境伯家だ。魔女に島で朝食も出してもらい、無事であることも王家に伝えてもらいつつ、私たちは海の上を優雅に飛んでここまで来た。

 魔女をアリスたち同様、便利屋扱いしているわよね……。

 といっても、都市に入るところでは門兵さんのチェックがある。当然、この屋敷に入る門の手前でもだ。バングルで身分を証明しつつ、内密にと言いながらここまで来てご当主やその奥さんとクリスのお兄さんにも挨拶をした。髪は虹色のままなので、ほぼ飛んでいたとはいえ街の人にも見られてはいるし瞬く間に噂は広がっているでしょうけど……帰りも魔女に頼むつもりなので気にしない。

 そして、なんだかんだでヴィンスとそれなりに仲がいいらしいクリスのお兄さん、ルーカス様と今は三人きりだ。

「あらためまして、この度は魔王の浄化に尽力していただき大変ありがとうございました。世界に平和が戻ったこと、感謝いたします」

 どことなくチャラい雰囲気。それなのに頭が切れそう。赤い瞳だしレイモンド様にどことなく似ているわね。さすが子孫。栗色の髪はクリスと同じだ。年月が経ちすぎているからアリスたちの血というよりご両親からの遺伝でしょうけど……偶然というだけではないように感じてしまうわね。
 
「ありがとう。でも……もういいわ。浄化は私が勝手にしたことよ。聖女扱いは実はうんざりしているの。ヴィンスと仲がよいのでしょう。楽に話してくださる?」

 聖女の役目も終えたのに、さっきまでご当主様も交えて聖女っぽく挨拶も軽くした。もう疲れた。ヴィンスに気安くて口が悪い男だと聞いていたので、そう促してみる。

 こちらからそうしなければ、相手からは崩してもらえないものね……。それは学園生活の中でも身に沁みて感じた。授業にはあまり出られていないけど。

「それは……」

 彼がヴィンスの方を見る。

「いつものように話せ。学生同士のようにな」
「学生って……そんなもん、俺らはとっくに終わってんじゃねーか。って、本当にいいのか?」

 思った以上に軽いわね。
 
「ええ、いいわ。実は私、魔女の力で一度過去に戻ったのよ。あなたたちの先祖、聖アリスちゃんとその夫、レイモンド様に会いにね。アリスは元の世界での私の親友だし、私にとってあなたは友人の子供のようなものよ」
「え……過去……こ、子供……」

 言ってよかったのかしら?
 まぁ、魔女ってなんでもアリの存在らしいし、別にいいでしょう。

「そーゆーことだ」
「そ、そうかよ……。すぐに事情は飲み込めねーが……。あー……では、セイカ様、クリスはあの、元気ですか?」

 丁寧語は消えないわね。それくらいは仕方ないのかしら。不必要などうでもいい褒め言葉だけでも消えたなら、それでよしとしましょう。

「元気よ。浄化のアドバイスをもらったりと、とても親切にしていただいたわ」
「それは安心しました……」

 この人、シスコンらしいものね。たぶん私に会った時からずっと聞きたかったのだろう。

「お忍びに一緒に行ったり、ディアナの野外ライブに連れていってもらったりもしたわ」
「うわ、あいつそんなことを……。跳ねっ返り者ですみません。ここにいた頃からファンなんですよ」
「そのようね。私は好きよ。どうしても仲のいい友達はつくりにくいから、ありがたかったわ」
「あー……」

 この人も大変だったんでしょうね。目の下にクマも見える。魔獣対応にずっと追われていたのだろう。

「お疲れのところ来てしまって申し訳なかったわ。本当は休みたかったでしょう?」
「そんな……聖女様に比べたらまったく……」

 聖女ね……あーあ。
 これからどうしようかしら。

「本当に、聖女様扱いはうんざりなんですね」

 表情に出てしまっていたわね。苦笑されたわ。

「そうね」
「ヴィンス、これからどうするつもりなんだ? てっきり行方不明扱いにしておくのかと思っていたが……」

 虹色の髪もそのままで変装もしていないものね。

「あ、ああ……それなんだが……」

 ヴィンスがやや逡巡する。

「確認……したかったのもある」
「確認?」

 このオルザベル家に来たのはヴィンスの提案だった。アリスの生家に寄ってみるか聞かれたから、なんとなく……。エクステを外すかどうかも聞かれたものの断った。何か確認したかったのかしら。

「ああ。セイカを養子にはできるかと……。いや、一つの選択肢として入れられるか聞きたかっただけだが……」
「養子!?」

 養子!?
 って、ルーカス様も驚いているじゃない。

「あー……そうか。普段はクリスの姉として生活するわけか。お前、王子だしな。誰もが元聖女だと察しはするだろうが言及するなってことにするんだろ? いいんじゃねーか? 聖女としてずっとこの国にいるのは、他国のことを考えりゃあんまりいいことだとは思わねーしな。両親もすぐ了承すると思うぜ。聞かなくたって分かるが、決めたら話は通してやるよ」
「すまないな。そーゆーわけだ、セイカ。聖女としてずっと生きるか、普段はクリス嬢の姉妹として生活するか、一般人として市井にくだるか好きにしろ。今決めなくてもいい」
「一般人って、お前……」
「別にそれでもいいだろう。私も王子なんてやめて一介の作曲家になりたかった」
「なれんだろ、完全には」
「はぁ……完全にはな……」
「ま、仲睦まじいことでよかったよ。元王子のと元聖女が、普通を求めてパンピーとして同棲か。頑張ったんだし、それもいいんじゃね?」
「っ……!」

 ヴィンスが固まった。
 
「セ、セイカ……全てお前の意思に任せるからな。当然、他の選択肢を考えてもいい」
「お前、キャラ変わりすぎだろ。愛しの聖女ちゃんしか見えてねーな。あ、すいません」
「楽に話してと言ってるじゃない。気にしていないわよ。そうね……それも魅力的ね」

 一般人として作曲家の恋人になって妻になって……いいわね、それも。いや、待って。

「よく考えると駄目ね。私がお荷物になりすぎるわ。ヴィンスは作曲家としてのお仕事があっても、私は何もできないわよ。料理も得意ではなかったし仕事ができるような技術もないし学園での勉強もついていくどころか放課後に遊びに行くばかりだったし……本当に何も……」

 世界を救っていい気になっていたけど、それが終わったら何もできない女が一人できあがっちゃっただけじゃ……。

 あ、まずい。やや涙が。

「ま、待て。大丈夫だ。お前が側にいるだけで私は幸せだし、やれることもたくさんある。ほら、お前はものすごい魔法を使えるだろう」
「そうですよ、聖女様! 魔力を大型の魔道具にひたすら込めまくる仕事だってありますし、なんだってできますよ!」
「私は王子だしお前も聖女だ。市井にくだったとしても潤沢な支度金が出る。ハウスキーパーも雇えるし、何かを習いたければ習えばいい。全てお前の希望通りだ」

 え……なんか色々言われて全部頭に入ってこなかったわ。でも、魔法がそこそこ使えれば単純仕事も結構あるってこと? よかった。完全なお荷物にはならなさそうだ。

「ああ、ほら。ファッションデザイナーとかどうだ。先生もつけるし、専門家と組んでお前がイメージを伝えるだけでも――、いや、すまない。ただ、何もプレッシャーに感じなくていい。私はお前さえいれば何もいらないし、やりたいことがあれば全て叶える」

 二人を焦らせちゃったせいで、涙ぐむのを止められないわね……。

 専門家と組んで私がイメージを伝えるだけ――ね。つまり、聖女が考えたというのを前面に出すわけだ。それだけで売れる。まぁ……それもありかもしれない。使えるものは使う。その肩書きも含めて私だ。

 涙を拭う。

「私もあなたさえいればいいわ、ヴィンス」

 自分が口走った内容を思い出してか、ヴィンスの目が泳いでやや顔が赤くなった。可愛いわね……やっぱり私はこの人がものすごく好きだわ。

「ふふっ。異世界に召喚されたと思ったら、勝手に魔法の才能なんてもらっちゃって。ひねくれているから友達ができない私でも、聖女なんて肩書きのお陰で人が自動的にたくさん寄ってくる。役目を終えたら私の好きなように生きられるのね。大した努力もしていないのに魔法のお陰で職にも困らない。素敵な結婚相手まで来る前から用意されている。特別扱いが過ぎるわね」
「……お前が努力を積み重ねてきたのは、私が一番知っている。辛いことからも悲しいことからも目を背けず向き合ってきたお前の強さを知っている」
「努力が報われると知っているのは大きいわ。本当に強い人は、報われないかもしれないのに頑張る人でしょう」
「お前が背負ってきたものの重さがどれほどのものか――、私は知っているんだ。助けられなかった命を思って苦しんできたことも全て」

 泣いてしまうから、やめてほしいわね。

 私の浄化が一日早ければ助かった命もある。すぐにこの日を迎えられなかったことに罪の意識はどうしても感じる。でも……。

「そうね。特別扱いだとは分かっているけれど、私なりには頑張ったわよ。だから、好きに生きさせてもらうわ」

 もう一度、涙を拭う。

「そうね、全てを叶えたいわね。年に一回くらいは聖女としてどこかに現れたい気はするわ。無事に生きていると報告したいもの。でも、クリスの姉妹にもなってみたいわ。ダンスも習って、貴族のようにあなたと踊ってみたいわね。服のデザインももっと考えてみたいわ。元聖女の肩書きを利用するのもアリね。いずれ王子の妻としての仕事もできるように、そっち方向でもこれから鍛えてちょうだい」

 夢見るように一つ一つ指折り数え――。

「ねぇ、ルーカス様? 世界を救った何もできない私が幸せになるために、あなたの家を利用してもいいかしら。私を妹にしてちょうだい?」

 ルーカス様の赤い瞳が炎のように揺れる。そうして私の前に来ると跪いて私の手をとった。

 アリスの日記を思い出した。レイモンド様の狂気を感じるような瞳もたまらなく好きだと書かれていた。きっと、これに近かったのね。

「いいですね、聖女様。俺、あなたが好きですよ。利用されたくなる。なるほど、ヴィンスが尽くしたくなるわけだ。大事な妹が二人もできるなんて最高ですよ。正式にあなたを妹にできたら、セイカって呼んでもいいです?」
「ご自由に。お兄様?」

 ヴィンスが焦ったように私を後ろから抱きしめるようにして数歩下がらせた。ルーカス様の手が外れる。

「おい! 近づくな! セイカは私のだからな。絶対に二人になるな。絶対にさせないからな。兄となるのはただの書類上の話だ。私の許可なく口説くな。許可など何があろうと出さないがな」
「「………………」」

 ヴィンスを二人でじっと見る。

「そうね。あなたのよね」

 やってしまったという顔でガクンと私の肩に彼が項垂れる。

「早めに結婚する?」
「…………そう、しようか…………」

 そんな苦々しい顔をしないでよね。
 ルーカス様と視線を合わせ、お互いに破顔した。

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