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美しき魔術士の日常

1 弟への贈り物1

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 見慣れた金色がいいか、それとも赤みの強い金のほうがいいか、素材を見ながら思案する。ほかに白金や純銀も用意した。視線を少し上げ、あの子の姿を思い浮かべながら想像してみる。

「やっぱり白金に紅珊瑚の小さな花がいいかな」

 想像の中のあの子が可憐すぎて、思わず感嘆のため息が漏れそうになった。
 材料が決まったら、まずは魔具を使って素材に加工する。白金の玉を魔具に入れて細い鎖状にしながら、宝石類をしまってある箱から真珠と紅珊瑚を取り出した。紅珊瑚は加工したいから少し大きめのものを選ぶ。
 白金の鎖が完成したら、つぎは紅珊瑚を魔具に入れて表面を削る。それを見守りながら白金の鎖に丁寧に術を施していく。

「できるだけ薄く、あの子の魔力が過剰に反応しないように……」

 当代随一の魔術士と言われるわたしでも、あの子のために用意する魔具には細心の注意が必要だった。
 あの子に近いわたしの魔力でも、濃くなってしまえばあの子の魔力は必ず反応する。それをきっかけに暴走しないとも限らない。そうならないように、限界まで加減しながら調整していく。

「最低限、役割を果たすようにはしないと」

 軍帝が日々あの子の魔力を喰らっているから、そこまで大仰なものは必要ない。それでも念のためにと術を施した宝飾品を用意するようになったのは少し前からだ。

「わたしの魔力でも鎖代わりにはなるだろうからね」

 無意識の奥底で膨れ上がる魔力が暴れ出さないようにするために。軍帝に喰われるまでおとなしくさせる首輪になるように。なにより、これ以上あの可憐で美しい手が汚れてしまわないように。

「本当ならもっと早くにこうしたものを用意できればよかったんだけれど」

 しかし、あの国では何もできなかった。わたしが動けばあの子に何かされる危険もあった。帝国に来てからようやく自由に魔具を開発できるようになったけれど、間に合わなくてあんな事件が起きてしまった。

「やっぱり魔具人形だけでは心許なかったか」

 帝国の後宮だからと安心していたわたしの落ち度だ。それに軍帝がいれば大丈夫だろうという油断もあった。まさかわたしたちが不在のときを狙うとは思ってもみなかった。それだけ軍帝を取り巻く環境が難しかったということなのだろう。
 けれど、あの一件でいろいろ一掃できたと聞いている。旦那様――ボクト様の仕事がグッと減ったのがその証拠だ。それでもあの子につらい思いをさせてしまったことに変わりはない。もう二度と同じような目には遭わせない。そう思ってこの魔術を編み出した。

「軍帝も喜んでいるし、着飾ってやりたいと思っていたわたしの願いも叶うし、よいこと尽くめだ」

 あとは、これまで宝飾品の類いを身につけたことがないあの子が慣れるのを待てばいい。もちろん、わたしのほうもできる限りのことはしよう。

「うん、いい感じだ」

 鎖に術を施し終われば、あとは手作業で真珠や紅珊瑚を繋ぎ合わせていく。これまで自分用に試作品をいくつも作ってきたからか、随分と手際よくなってきた。これなら依頼主である軍帝も、身につけるあの子も満足してくれるだろう。
 極々細い白金の鎖の途中には小さな真珠を、鎖骨に触れるであろう部分には紅珊瑚をあしらうことにした。紅珊瑚は魔具で薔薇の形になるように加工したから、まるで肌に小さな薔薇の花が咲いたように見えるだろう。それが三つあれば華やかさも増す。背中側の鎖は少し長めにして、先端に赤い宝石をつけることにした。

「うん、カナによく似合うだろうな」

 どこか尖った部分がないか自分の肌に当てて確認する。少しでも擦れるところがあれば手で少しずつやすりを掛けて整える。我ながらよくやるなと思わなくもない。

「まぁ、こんなに手間も時間もかけるのは、あの子と旦那様のためにしかあり得ないことだけれど」

 それ以外でここまで心を砕くことはない。魔具の開発や魔石の製造に注力はしているけれど、それもあの子を守りたいという気持ちが根底にあるからだ。

「何を熱心に作っているのかと思えば、陛下からの注文か?」

 急に聞こえて来た声に少しだけ驚いた。振り向くと、軍服姿の旦那様がすぐ後ろに立っている。

(相変わらずだな)

 思わず苦笑してしまった。旦那様は他国に潜入する役目が多かったからか、普段もこうして気配を感じさせないことが多い。大きな体の旦那様が気配もなく近づく技には毎回驚かされるけれど、出会った頃からこの人を怖いと思ったことは一度もなかった。

(そう、怖いなんて一度も思ったことはない)

 それどころか「この人だ」と思い積極的に近づいた。もちろん下心あってのことだったけれど、もしかしたら一目惚れだったのかもしれない。

「カナリヤに首飾りを贈りたいのだそうですよ」

 そう答えると、強面の顔に呆れ笑いのような表情が浮かんだ。

「なるほど、それで手作りか。弟のためなら手間を惜しまないおまえらしい」

 そう言った旦那様が、スッと腰を屈めた。そうして作業用の椅子に座ったまま顔を上げているわたしの顎を取り、口づけを落とす。それだけで体温がフッと上昇するのを感じた。
 そうなると、触れるだけの口づけでは物足りなくなる。肉厚な唇に自分のそれを押しつけるようにし、唇の隙間に舌を差し込んだ。するとわたしの意図に気づいた旦那様が、舌を擦り合わせたり甘噛みをしたりと喜ばせてくれる。体の奥がジンと痺れるような感覚に、思わず腰を少し動かしてしまった。

「お疲れですか?」

 帰宅したばかりの旦那様に何を尋ねているのだろうかと思うけれど、聞かずにはいられなかった。この人を相手に下心を隠す必要なんてない。

「平和な国で疲れるなんてことはないな」
「ふふっ、旦那様は本当に生粋の軍人なんですね」
「軍人としてしか生きたことがないのだから仕方ないだろう?」
「そんな旦那様だから惹かれたのかもしれません。立派な体も底知れぬ体力も……」

 椅子から立ち上がり、逞しい首に両手を絡ませながら身を寄せる。

「それに、力強いここもお慕いしていますよ」

 そう言って旦那様の股間に太ももを擦りつけた。それだけで立派な雄芯がむくりと頭をもたげるのを感じ、口をほころばせてしまいそうになる。
 こんな浅ましい行為をする元王族など、本来蔑まされてもおかしくない。しかし生粋の軍事である旦那様は眉をひそめることもなく、むしろ好ましいとさえ言ってくれる。
 軍人は王族や貴族とは価値観が違う。性に対する考え方も貞淑という概念も優先順位が低いのだろう。こうして身をすり寄せても拒絶することなく、むしろ太い腕で腰を抱きしめ返してくれる。

(それに、こんな穢れた体でも愛しいと言ってくれる)

 それが何よりもうれしかった。いや、この人ならわたしを受け入れてくれると思って近づいたのだ。それでも、心のどこかでは軽蔑されるのではと不安に感じることもあった。気弱なことを考えていたのは、この人を失いたくないと思っていたからだ。この腕に救い出してほしいと心の底から切望していた。

(カナリヤを救いたいと思いながら、本当は自分も救われたかったのだ)

 自分にそんな気持ちがあったことに驚いた。けれど、いまはそう願い続けてよかったと思っている。

「旦那様」

 あぁ、もう駄目だ。我慢なんてできるはずがない。囁きながら太ももをすり寄せると、あっという間に逞しく膨らむ雄芯に頬が緩む。
 ちらりと見上げた旦那様は「困った奴だな」というように小さく笑っていた。一瞬呆れられたのかと思ったけれど、腰を抱く腕がさらにグッとわたしを引き寄せる。

「積極的な伴侶は大歓迎だ」
「旦那様」

 よかった。そう思って微笑むと力強い腕に抱き上げられた。そうして湯殿に連れて行かれ、体の奥まで二度可愛がってもらうことに成功した。
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