上 下
11 / 28
後宮に繋がれしは魔石を孕む御子

11 軍帝という人

しおりを挟む
 僕が倒れた日以降、何度か兄上様が黄玉宮に来るようになった。兄上様が言うには、伴侶であるボクト様に話をして軍帝から黄玉宮に入る許可をもらったのだそうだ。兄上様は男性だから本当は後宮に入ることはできないはずだけれど、妃は男の僕しかいないから許可が出たのだろう。
 そう、軍帝の後宮には正妃もほかの妃もおらず、僕しか住んでいなかった。「だから、軍帝はカナだけをほしがっていたと言っただろう?」と兄上様は笑っていたけれど、本当にそれでいいのだろうか。
 軍帝は帝国の頂点に立つ人で、後継ぎが必要なはず。それなのに後宮には僕しかいない。側近たちは誰も何も言わないそうだけれど、そうだとしたら僕が進言したほうがいいのかもしれない。

(兄上様も、僕がしたいようにすればいいって言っていたし)

 軍帝も「いつまで遠慮してんだかな」と呆れたような表情をしていた。それならと決意した僕は、十日ぶりに寝室へやって来た軍帝に妃のことを尋ねることにした。

「ようやくおまえから話しかけてきたと思ったら、そんなくだらねぇことか」
「くだらなくは、ないと思いますけれど」
「くだらねぇな。どうしておまえ以外の妃を迎える必要がある? せっかく後宮を綺麗さっぱり掃除したっていうのに」

 軍帝の機嫌が段々悪くなっていく。やっぱり僕が口出ししてよい内容じゃなかったのだ。軍帝の右腕であるボクト様も妃については何も言わないのだと兄上様が話していた。もしかして禁句というものだったのかもしれない。
 腰を掛けている寝台の端をきゅっと握り締め、目の前に立つ軍帝をそっと見上げる。すると大きなため息をつきながら前髪をかき上げた軍帝が、呆れたような雰囲気で口を開いた。

「そもそも女の妃は無駄に金がかかる。子どもができればできたで後継ぎがどうこうと必ず問題を起こす。前の皇帝の妃たちがいい例だ」

 帝国軍が廃した前皇帝には大勢の妃がいた。当然子どももたくさんいたけれど、そのために後継ぎ問題が悪化して身内での争いが激しくなったのだと聞いた。それが段々と広がっていき、国を危うくするまでになったのだという。
 そんな国を憂えた帝国軍が皇帝を退け……たわけではないそうだ。

「この国を帝国軍が手に入れれば実質俺の国も同然だ。そうなれば、カナを安心して手元に置ける。それがオオルリからの条件の一つでもあったしな」

(僕のため……)

 そうなると、祖国が滅んだのはやっぱり僕のせいということにならないだろうか。民の姿を一度も見ることはなく王子という感覚もないままだったけれど、それでも国が滅んだ原因が自分なのだと思うと胸が痛む。

「俺はほしいものは必ず手に入れる。どんな手を使ってでもだ。そのために邪魔なものを排除することにためらったりはしない」

 そういえば、兄上様からもらった新聞に軍帝は苛烈な人だと書いてあった。ほかにも驚くようなことや眉をひそめたくなるようなことが書かれていた。同じくらい、軍帝がいかに優れた軍人かという賞賛の声もたくさんあった。
 たしかに圧倒的な気配を漂わせる軍帝は恐ろしいと思う。それに軍人なのだからひどいこともたくさんしてきたのだろう。それでも新聞には褒め称える言葉のほうが多かったように思う。全部が真実かはわからないけれど、すべてが嘘ではないように思えた。

(軍帝は、本当はどんな人なんだろう)

 ふと、そんなことを思った。そういえば誰かのことが気になったのはこれが初めてだ。

「おまえを手に入れるのに半年近くもかかった。あの国はクソ面倒な魔具が多くて手を焼いたが、ま、こうして無事に手に入れることができたんだからチャラってことだな」

 寝台に座る僕の頬を軍帝がスリスリと撫でる。どうやら機嫌は直ったようだけれど、首の近くを撫でられるのはくすぐったい。思わず首をすくめると、小さく笑った軍帝が今度は耳たぶを摘んで揉み始めた。
 ますますくすぐったく感じながら、「そういえば、いつから僕を知っていたのだろう」と思った。兄上様の話では半年や一年といった感じではなかったけれど、三歳のときから塔にいた僕をどこで知ったのか気になる。

「陛下は、いつから僕を知っていたのですか?」
「さぁて、いつだったかな。最初に見たときはまだ小せぇガキだったか。それからは塔の魔具で覗き見していたんだが……」

 え? 小さい頃って、それに覗き見というのは……?

「あの、覗き見というのは、」
「さっさと掻っ攫うつもりだったんだが、俺が直接手を出すと面倒だからやめろと周りがうるさくてな。そのうちオオルリが俺に接触してきた。そこでいろいろ条件を出されたわけなんだが、取りあえず覗き見くらいさせろって俺からも条件を出したってわけだ」
「もしかして、兄上様の魔具で覗き見を……?」
「ちょっとばかりいじってな。あぁ、寝室は覗かないようにしてたから安心しろ」

 まさか塔の中を覗き見られていたとは思わなかった。

「しっかし、おまえはよく襲われる王子だったな。衛兵やら従僕やら、男どもを引き寄せる魔術か何か使ってんのかと疑ったぞ? そういや父親が選んだ魔術士、あいつが最初だったか。宙に浮いてまで覗き見するなんざ、あれには笑ったし呆れたな」

 軍帝の言葉に驚いた。最初の導き手だった魔術士が選ばれたのは、僕が十歳になった頃だ。魔術士が塔に入ったのは僕が十二歳になった日だったけれど、初めて顔を見たのは導き手に決まったときだ。あのとき魔術士は塔の外から窓越しに僕を覗き見て、ニタァと笑っていた。
 そのことを軍帝は知っている。つまり、その頃にはもう僕を知っていたということだ。

「そんな前から……」
「見つけたのは偶然だ。だが、ひと目見てこれは俺のものだと直感した。覗き見なんざ焦れったいだけだったが、おかげでいろいろ知ることもできた。おまえは間違いなく俺のものだ。“赤眼の獅子”と呼ばれる俺のそばにいるのにふさわしいのは、おまえだけだ」
「……僕が高純度の魔石を生み出すことも、そのとき知ったんですか……?」

 片眉を上げた軍帝が隣に腰掛けた。

「兄とはいえ、俺以外の男に気持ちよくされやがってなぁ。胸糞悪かったから、一度見ただけで寝室は覗かねぇようにした。まぁ、ああしねぇとおまえが壊れるって聞いていたし、理解もしていたんだがな」

 そう言って、今度はにやりと笑みを浮かべる。

「いまじゃあ、俺にされるほうがずっと気持ちいいだろ? だから、あれもチャラだ」

 そう言って唇を撫でられ、頬を撫でられる。

「前にも言ったが、魔石なんざどうでもいい。むしろこの世からなくなればいいと思っている。魔石があるせいで軍人は魔具にこき使われ、よけいな争いに巻き込まれ、散々な目に遭ってきた。おまけに帝国は高火力の魔具を阿呆ほど買い漁ってきた。それを使うためにバカ高い金を払って魔石を買い求めていたのが前の皇帝だ」

 軍帝の赤い眼がギラッと光った。

「皇帝は買い漁るだけじゃ物足りなくなったのか、さらに火力の強い武器にしようとあちこちいじり始めた。挙げ句、それを戦場に持ち込みやがった。魔術士じゃねぇ素人がいじって試し撃ちすらしてないものをな」

 やっぱり……。元々は祖国が作ったものかもしれないけれど、それを改造して大きな武器にしたのだろう。しかも魔術士ではない人たちが手を加えるなんて無謀すぎる。

「そんな武器がまともに動くはずがねぇ。敵と戦って死ぬならまだしも、味方の魔具の暴走で命を落とすなんざ馬鹿げている。そうなることがわかっていて、皇帝あいつはいじった魔具を戦場に送り込みやがった。軍人はいい実験道具ってわけだ」

 そんな魔具を動かすため、僕が生み出した魔石がいくつも使われたに違いない。僕が生み出した錆は、祖国だけでなく帝国をも危険にさらしていたということだ。
 そう思うと、ますます自分のことが嫌になった。敷布をグッと掴み、そっと俯く。

「おまえが気にすることはねぇよ。たしかにあのバカでかい魔具は純度の高い魔石じゃねぇと動かせないが、問題は魔石じゃない」

 軍帝の手が伸び、僕の肩を掴んだと思ったらグンと引き寄せられた。そのままぽすんと大きな胸に抱きしめられる。

「どんな魔具も使い方次第だ。いや、使う奴次第だ。その点でも皇帝は最悪だった。胸糞悪いし腹も立った。だから首をはねた」

 最後の言葉に体が震えた。言葉の内容よりも圧倒的な雰囲気に恐れを感じた。
 これが帝国の頂点に立つ男、最強となった帝国軍を従える男なのだ。そういえば、新聞には“命を狩る赤眼の軍帝”と書かれていた。その意味がようやくわかったような気がした。

「ついでに魔具をいじり回していた奴らも全員首をはねてやった。ま、元々魔具に関わる奴らはすべて殺してしまおうと思っていたしな。その中に魔具や魔石をバラ撒いたおまえの国も入っていた。そうして潜入したときに見つけたのが“魔純の御子”と呼ばれていたおまえだ。最初は首をはねてしまおうと思ったんだが、思い直して正解だった」

 両肩を掴まれて体を離された。ギラギラとした赤い眼が僕をじっと見下ろしている。

「俺は自分の直感を一番に信じている。あのとき、おまえは俺のものだと直感した。だから手に入れることにした。あと数年経てば食べ頃だろうとも思ったが、それも当たったな」
「食べごろ……?」
「こうして後宮に囲って俺の妃にするのにちょうどいいってことだよ」

 肩を掴んでいた右手が後頭部に回り、グイッと引き寄せられた。唇を強く押しつけられ、そのまま寝台に押し倒される。

「俺はほしいものは必ず手に入れる。相手がガキだろうが関係ねぇ。さすがに乳臭いガキは憚られるが……いや、いまも大して変わらねぇか。いつまでも小せぇなりして、これじゃあ幼妻だな。……なるほど、それはそれでアリか。それに幼妻ってのは男の夢でもあるしな」

 幼いだとか小さいだとかは軍帝がよく口にする言葉だ。そんなに言いたくなるほど僕は小さく幼く見えるのだろうか。……なぜだろう、少しだけ気分が悪くなる。

「僕は幼いと言われるような年齢じゃないです」
「言葉のあやだ。つーか、俺はおまえより十二も年上だ。感覚的には幼妻で間違ってねぇだろ」
「父上様の妃の中には、三十歳離れている人もいました。十二歳というのは普通だと思います」

 貴族や王族の婚姻に年齢は関係ない。生まれてすぐに婚姻が決まる場合もあるし、自分の親より年上の相手と婚姻を結ぶこともある。父上様は母上様より二十歳近く年上で、姪だった母上様は十一歳で初潮を迎えてすぐに父上様の妃になったと聞いている。
 そう考えると、十八歳の僕が十二歳年上の軍帝に娶られるのはおかしな話じゃない。男というのを除けば王族としてはごく普通の婚姻だ。
 ところが軍帝にとっては違ったのか、赤い眼が少しだけ見開かれた。そうしてすぐに「ははっ」と声を出して笑い始める。

「まったく、つくづくおまえは俺にふさわしい奴だよ」

 大きな手が僕の髪をくしゃっと掻き混ぜた。

「おまが普通だっていうんなら問題ねぇな。ま、いまさらガキが趣味なのかとなじられても手放す気はまったくねぇが……。それより十日もお預けだったんだ。今夜はたっぷり頂戴するからな?」

 赤い眼が魔燈の灯りを反射してギラギラと光った。燃えるような色と光りに体がブルッと震える。

 ――何を感じてもいいし、自由に感じていいんだよ?

 兄上様の言葉が脳裏に蘇る。僕はあの国を出て自由になった。自由にしていいのだと言われた。ここでは魔石を生み出す必要はないし、そのための行為を強要されることもない。軍帝とする行為は、魔石のためのものじゃない。

(じゃあ、何のための行為……?)

 わからない。わからないけれど、でも嫌だとは思わなかった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

みにくい凶王は帝王の鳥籠【ハレム】で溺愛される

志麻友紀
BL
帝国の美しい銀獅子と呼ばれる若き帝王×呪いにより醜く生まれた不死の凶王。 帝国の属国であったウラキュアの凶王ラドゥが叛逆の罪によって、帝国に囚われた。帝都を引き回され、その包帯で顔をおおわれた醜い姿に人々は血濡れの不死の凶王と顔をしかめるのだった。 だが、宮殿の奥の地下牢に幽閉されるはずだった身は、帝国に伝わる呪われたドマの鏡によって、なぜか美姫と見まごうばかりの美しい姿にされ、そのうえハレムにて若き帝王アジーズの唯一の寵愛を受けることになる。 なぜアジーズがこんなことをするのかわからず混乱するラドゥだったが、ときおり見る過去の夢に忘れているなにかがあることに気づく。 そして陰謀うずくまくハレムでは前母后サフィエの魔の手がラドゥへと迫り……。 かな~り殺伐としてますが、主人公達は幸せになりますのでご安心ください。絶対ハッピーエンドです。

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

処理中です...