後宮に繋がれしは魔石を孕む御子

後宮に繋がれしは魔石を孕む御子

7 初夜1

　軍帝が部屋に来てから三日が経った。
　少しだけ夕食を食べたあと、お付きの人たちの手で全身を丹念に清められた。塔のときと違うのは、お付きの人たち全員が帝国人ということと、やけに静かだということだろうか。

（そういえば、いつの間にか全員帝国人に入れ替わっている）

　気がついたときには、国からついてきたお付きの人たちは一人もいなくなっていた。塔のときもよく入れ替わっていたから、帝国でも従僕というのはそういうものなのかもしれない。
　帝国のお付きの人たちは全員が真っ白で裾の長い服を着ていた。頭にはお揃いの筒のような白い帽子を被り、背丈や雰囲気が似ているからか年齢も性別もわからない。全員が表情に乏しく、初めて彼らを見たときは少し怖いと思ったくらいだ。

（それに、とても無口だ）

　帝国の従僕は話さない人が多いのだろうか。そう思うくらい口数が少ない。湯浴みのときもほとんど声を出すことがなく、それでも手際よく僕の体を洗い清めていく。僕の動きを先読みできるのか、洗われているときに戸惑ったり困ることもない。それは後ろに冷たい管を入れられるときも同様で、塔のときと同じように僕はただじっと我慢するだけだった。
　薄い夜着を着せられた僕は、促されるまま一人で寝室に向かった。ふと、寝台の横にある小さなテーブルに目が留まった。置かれている小瓶には、おそらく後ろを柔らかくするための香油が入っているのだろう。
　魔燈の灯りは小さく絞られているけれど、夜着の刺繍模様も瓶の意匠も見える程度には明るい。せめてもう少し暗くしてもらえるといいんだけれどと思いながら寝台に腰掛けた。
　そういえば、魔石を生み出してから一月ひとつきくらいが経った。前回も残骸しか吐き出せなかったけれど、なんとか澱みは解消できた。

「時間的には、そろそろまた溜まる頃なんだけど」

　それなのに体の火照りを感じないのは澱みが消えたからじゃない。今夜、軍帝に抱かれるからだ。

「魔石を生み出すわけじゃないのに、行為だけするなんて……」

　考えるだけで怖くなる。
　後宮に閉じ込められた意味がそういうことだったなんて思いもしなかった。気づかなかった僕が愚かなのかもしれないけれど、男でも妃にされることがあるなんて知らなかった。

「これが、兄上様が願っていたことなんだろうか」

　いまでも耳の奥に「幸せになりなさい」という兄上様の声が残っている。僕がどんなふうになることを願っていたのかわからないけれど、軍帝の妃になることが僕の幸せだとはどうしても思えなかった。
　兄上様は僕が行為そのものを怖がっていることを知っている。そんな兄上様が僕の怖がることを願うとは思えない。
　答えの出ないことをぐるぐる考えていると、カチャリと寝室の扉が開いた。

「さて、今夜の妃はご機嫌麗しいといいんだがな」

　軍帝の姿を見た途端に一気に緊張が走った。
　今夜の軍帝は、僕が着ている真っ白な夜着と違って淡い青灰色の夜着を身につけている。撫でつけられていない前髪が額を隠し、長めの前髪の隙間から赤い眼が僕を見ていた。

（やっぱり、怖い）

　この三日間、何度も覚悟を決めたはずなのに駄目だった。軍帝の姿が目に入るだけで体がブルッと震えてしまう。
　そんな僕に構うことなく軍帝の手が伸びてきた。その手に肩を軽く押されただけで、僕の体は簡単に寝台に転がってしまう。それがおかしいのか、小さく笑った軍帝が寝台の縁へりに腰を掛けて僕を見下ろした。赤い眼に灯りが映り込んでいるからか、眼自体が魔燈のように見える。

「そんなに緊張するんじゃねぇよ」

　違う、緊張じゃない。これは恐怖だ。手足どころか体中が冷たくなっているからうまく動かないだけだ。

（兄上様なら、怖くないのに）

　兄上様には下心がないとわかっていたから怖いと思ったことはない。それに僕が怖がらないように優しい言葉をずっとかけ続けてくれた。
　けれど、軍帝は違う。魔石の採取ではなく、僕を妃として抱くのだと宣言している。それは欲望を持って触れるということで、僕はそれがたまらなく恐ろしかった。そのとき僕がどうなってしまうのか想像するだけで怖くてたまらなかった。

「綺麗な色だ」

　恐怖で動けなくなっている僕をよそに、軍帝の手が前開きの夜着をはだけた。下着を身につけることは許されなかったから、夜着を剥がせば裸体がすぐに見えてしまう。

「……っ」

　胸に触れられて肩が震えた。声を出してはいけないと思い、グッと唇を噛み締める。
　軍帝の手は胸からお腹に移り、腰骨を撫でながら太ももに下りていった。それから膝をくるりと撫で、今度は太ももの内側寄りを指先で撫でるように這い上がってくる。せり上がる恐怖と嫌だという気持ちを噛み殺しながら必死に耐えていると、足の付け根を撫でた指が体の中心へと向かうのがわかった。

「っ」

　萎えたままの部分に触れた指が、つぎの瞬間にはしっかりと絡みついてきた。そうして擦るようにゆっくりと動き出す。
　兄上様とは違う感触と温度に、一気に体が火照った。思わず身をよじったけれど、軍帝の手がすぐに僕を抑えつけたため逃れることはできない。

　クチュ、クチュリ、クチュン。

　いやらしい音が聞こえる。嫌悪感も恐怖心もあるのに、僕の体は勝手に高まっていく。せめて動かないようにと敷布を掴んだけれど、そんなことで“魔血”の僕の体が言うことを聞いてくれるはずがない。軍帝の手が少し擦るだけで腰が動いてしまい、そのたびに卑しい自分の体に絶望しそうになった。
　快楽に従順なのは、僕が優秀な“魔血”だからだ。純度の高い魔石を生み出し続けるために、長い年月をかけて快楽を得やすいように改変されてきた“魔血”の体。たとえ魔石を生み出さなくても、そういうことを受け入れやすい体であることからは逃れられない。
　そんな“魔血”の血を色濃く受け継いだこの体を、僕はずっと卑しいと思ってきた。魔石を生み出すためならまだしも、そうでなくてもこんなに簡単に熱くなってしまう現実に嫌気がさす。
　僕は必死に声を殺しながら、逃れられない快楽にただただ体を震わせ続けた。