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22 蜜の日々

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 バシレウスと正式な番になったリトスは、その後もクシフォスの屋敷に住み続けていた。そうしてほしいとバシレウスが頼んだからだ。
 バシレウスがいま住んでいるのは隣街にある狼族の長の屋敷で、多くの狼族が出入りしていた。他にも医者のふくろう族や、商い相手の狐族に蛇族といった種族たちも頻繁にやって来る。「そんな危ない場所に花嫁を連れて行けるか」というのがバシレウスの意見だった。

「新しい屋敷が見つかるまでクシフォスのところにいてほしい」

 真剣な顔でそう言ったバシレウスは、毎日のようにこの街で屋敷を探している。長からは自分が住む街で探すように言われたそうだが、頑なに断ったのだという。
 それを聞いたクシフォスは「我が弟もようやくの独り立ちしたな」と笑った。そうして「言ったとおり、リトスにぞっこんだろう?」と口にした。リトスは嬉しさに頬を染めながらも正直戸惑っていた。

(大事に思ってくれてるのはわかったけど……)

 だからといって一日と開けずに部屋にやって来るのはどうなのだろうか。それでは役目に差し障りがあるのではと心配になってくる。
 そんなリトスをよそに、バシレウスは「気にしなくていい」と言ってクシフォスの屋敷に通い続けていた。そうして今日も昼前にやって来て一緒に昼食を取り、食後のお茶を飲もうとしているところだ。

(……いつまでこうしていられるだろう)

 お茶を用意しながら、リトスはふとそんなことを考えた。

(こんなに会いたがってくれるのは、一緒に住んでいないからかもしれない)

 新しい屋敷が見つかり一緒に住み始めれば、綺麗でもなんでもない自分は飽きられてしまうんじゃないだろうか。

(それに、子どもができなかったら新しい花嫁を迎えることになるだろうし)

 いや、その前に飽きて次の花嫁を求めるかもしれない。浮かんだ考えに背中がゾクッとした。
 バシレウスを疑うわけではないが、これまで誰にも求められたことがないリトスは不安で仕方がなかった。こんなにも幸せを感じられる時間を過ごしたことがなく、いつまで続くのか予想もできない。いつ飽きられて捨てられるのだろうかと、つい考えてしまう。

「リトス様、どうかされましたか?」
「え……? あ、いえ、何でもないです」

(しまった、ロンヒ様にまで心配をかけてしまう)

 お茶の用意をしていた手が止まってしまっていた。心配をかけてはいけないと茶葉の入った瓶を掴んだところで「今日はこちらのほうがよいかと」とロンヒが別の茶葉の瓶を差し出す。

「ありがとうございます。これはハーブティーですか?」
「香りをつけた紅茶ですね。今日の焼き菓子は果実のジャムを使っているので、甘くない香りのお茶のほうがよいかと。こちらは酸味をやや強く感じますが口の中がさっぱりとします。酸味が気になる場合は……こちらの茶葉を小さじ一杯入れるとよいあんばいになるかと」
「へぇ、そうなんですね」

 ロンヒの説明にリトスが頷く。
 二つの瓶を見比べながら、頭の中で「酸味、和らげるにはこっちを小さじ一杯」とくり返す。クシフォスのお茶を用意するリトスにとってロンヒの説明はありがたいもので、最近は茶葉の説明を求めることも多くなっていた。

「お湯が沸いたようです。熱いので気をつけて」
「はい」

 入れる量を教わりながら慎重にポットに湯を注ぐ。茶葉が踊り出すのを確認してから蓋をしたリトスは、手慣れた様子で砂時計をくるりとひっくり返した。

「仲がいいんだな」

 ぽつりとつぶやかれた声に「え?」と振り返った。焼き菓子を並べたテーブルの前に座るバシレウスが、金色の目をやや細めながらじっとリトスを見ている。いや、よく見れば視線の先は隣に立つロンヒだ。

「嫉妬ですか?」
「おい」
「え?」

 予想外の言葉にリトスは驚きながらロンヒを見た。いつもと変わらない表情に戸惑いながら次にバシレウスを見る。

(え?)

 ぱちりと視線が合った途端に金色の目を逸らされてしまった。そんな主の様子にロンヒが「はぁ」と小さくため息をついた。

「我が主の嫉妬はまるで子どものようですね。わたしは主に美味しいお茶を飲んでほしいとおっしゃるリトス様のお手伝いをしているだけです。最近では、主の好みに合わせて茶葉を混ぜるお手伝いもしていますが」
「え?」
「ロ、ロンヒ様」

 今度はリトスが慌てる番だった。紺碧の目をうろうろとさまよわせ、それからそっとバシレウスを見て俯く。そんなリトスの様子に、バシレウスのムッとした表情があからさまに笑顔へと変わる。
 初々しすぎる二人の様子に、ロンヒは再び「はぁ」とため息をついた。

「つがったばかりの甘い空気に当てられてしまったようです。わたしは少し席を外しますので、お二人で仲良くお過ごしください」

 ポットに丁寧にカバーをかけたロンヒが部屋を出て行った。残されたリトスは垂れ耳の先端を訳もなく撫で、バシレウスはそんなリトスを優しく見つめる。

「リトス」
「は、はい」

 声が少し裏返ってしまった。時間を縫って会いに来てくれるバシレウスのために何かしたいと思ったのは本当だが、それを本人に知られるのは少し恥ずかしい。もじもじと垂れ耳の先端を撫でていると「おいで」と声をかけられた。

「……はい」

 俯き加減で近づくと腕を取られた。「あっ」と思ったときには優しく抱き寄せられ、ソファに座るバシレウスの膝に乗り上げてしまう。慌てて立ち上がろうとしたが「いいから」と腰を抱かれておとなしくするしかなかった。

「リトスは俺にはもったいないくらいの花嫁だ」
「そんなことは……」
「可愛くて綺麗で、発情していなくてもいい匂いがする」
「あの、」
「早く屋敷を見つけないとな」
「……はい」

 金色の目に見つめられるだけでトクトクと鼓動が早くなる。視線を逸らせずじっと見つめていると頬を撫でられた。そのままうなじを撫でられ優しく引き寄せられる。
 唇に優しい熱が触れた。慈しむようなキスにリトスの体がほわりと温かくなる。

(キスって、こんなに気持ちがよかったんだ)

 あれだけ嫌だったキスなのに、すっかり好きになってしまった。こうして触れるだけのキスも、唇を噛まれるキスも、舌で口の中をまさぐられるキスも気持ちよくて仕方がない。
 それなのに、リトスの胸にモヤモヤとしたものがうっすらと広がっていく。

(同じ屋敷に住み始めても、バシレウス様とこうして過ごせるだろうか)

 どうしても不安を拭えないリトスは、縋るようにバシレウスの肩に指を這わせていた。
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