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狼と猫6

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(なんでこんなにイライラするんだろうな)

 アスミが何か隠し事をしているからといって腹を立てたり苛つく必要はない。それなのにどうしてもイライラしてしまう。理由がわからないから解消することもできなかった。
 あのままアスミを見ていたら何かひどいことを言っていたに違いない。オリヴィはそう思った。それだけは避けなくてはと思い、頭を冷やそうと外に出た。

(俺も何だか変だけど、あいつも変なんだよな)

 最近のアスミはオリヴィが一人で外を出歩くことを極端に嫌がる。家と店の往復のときでさえ一緒に行動したがった。それがまるで侮られているように感じるせいか、オリヴィのイライラも少しずつ溜まっていく。

(最近のアスミ、まるで年頃の娘を持つ父親みたいじゃねぇか)

 そう思うとやっぱりイライラした。

(それなのに言いたいことは別にあるような妙な感じもするし)

 だからといって尋ねても答えは返ってこない。そのくせたまにジーッと見つめてくる。何か言いたげな様子を見せるくせに何も言わないことに、珍しくオリヴィは苛立っていた。そのせいで心配されるたびに先ほどのような言い合いになってしまう。

(別にケンカしたいわけじゃないんだけどな)

 アスミと過ごす時間は思った以上に心地がいい。一緒に食事をするのもたわいのない話をするのも楽しいし、仕事の話だって楽しかった。誰かと一緒に過ごす時間は久しぶりで、自分が浮かれ気味なのには気づいている。他人の気配を感じながら寝たり、「ただいま」や「おかえり」と言い合えるのも嬉しかった。
 だからアスミとはケンカなんてしたくない。アスミにも居心地がいいと感じてほしい。それなのに最近は言い合うことが増えたせいか、どうしても気まずくなってしまう。

「誰かと一緒に暮らすって難しいもんなんだなぁ」

 立ち止まって暗くなった空を見ながらそうつぶやく。すると「なんだおまえ、やっぱりあの狼族と一緒に暮らしてんじゃねぇか」という声が聞こえてきた。

「……ズィーナ」

 振り返ると、暗い小道の角からズィーナが出てきた。相変わらずニタニタといやらしい笑みを浮かべているのが気に入らない。

「やっぱりあの狼族とデキてんじゃねぇか。あの狼族、よっぽどイイモン持ってんだろうなぁ? それともあれか。おまえのほうがイイ体してるってことか。でなきゃ兎族でもねぇおまえが狼族を満足させられるはずねぇもんなぁ?」
「……なに言ってんだ、おまえ」

 ただでさえイライラしていたところに、ズィーナの言葉がますます神経を逆撫でした。思わずギロッと睨んだが、ズィーナは相変わらずいやらしい笑みでオリヴィを見ている。

「おっと、そんな目で見ていいのかよ? オレ、おまえの秘密知ってんだぜぇ?」
「はぁ? 何言ってんだよ」

 呆れるオリヴィにズィーナがニィッと嫌な笑みを浮かべる。

「おまえ、本当は雌だろ?」

 ねっとりした声色にオリヴィが目を見開いた。体もきしむようにこわばる。

「おおっと、顔色が変わったな。見た目が雄だからオレもすっかり騙されたぜ。何でも匂いが違うんだってなぁ?」
「……何言ってやがる」
「隠さなくていいんだぜ? 最近、オレにも狼族のお友達ができてなぁ。奴らが言うには、おまえから雌の匂いがプンプンするんだってさ」

 背中をツゥッと嫌な汗が流れ落ちた。頬が引きつり口の中が渇いていく。

「狼族ってのは鼻が効くよなぁ。やっぱりあれか、狼族には雌がいないから雌の匂いには敏感ってことか!」

 ウヒャヒャといやらしく笑う声が鼓膜を突き刺した。

「しっかし、体つきは雄そのものなのになぁ? 小せぇ頃から何度も裸見てるけど、股間には雄の証だってついてたよなぁ?」

 ニタニタとした視線がオリヴィの股間をじぃっと見る。

「あぁ、もしかしてあれか? おまえも兎族の雄みたいなもんだってことか? あいつら、雄のくせに体の中に雌の部分があるって奇妙な種族だもんなぁ? おまえも大方そういうやつなんだろ。やっぱり混合種ミックスってのはおかしな体してんだなぁ?」

 ズィーナがニタニタと笑いながらゆっくりと近づいてきた。逃げなければとわかっているのにオリヴィの足はなぜか一歩も動かない。焦るオリヴィの背後から「例の混合種ミックスってのは、コイツのこと?」と別の声が聞こえてきた。
 驚いて振り返ると見知らぬ雄が二人、道をふさぐように立っていた。尖った灰色の耳と揺れる尻尾、それにオレンジ色の目からすぐに狼族だとわかった。猫族に近い自分では適わない相手の登場に、ますます嫌な汗が流れ落ちる。

「そうそう、コイツのこと。混合種ミックスのくせに昔っからクソ生意気な奴でさ。獅子族みてぇな耳しやがって、えっらそうに説教たれやがんだよ。ハンパもんのくせにうぜぇったらありゃしねぇ」

 ズィーナの話を聞いているのか聞いていないのか、狼族はオリヴィを見ながら「へぇ」と顔を寄せてきた。

「ふぅん、思ったより雌の匂いがするね」
「兎族の雄より雌の匂いが強いな」
「これってさ、もしかしていいもの見つけたってことじゃない?」
「こんな北のほうまで来た甲斐があったな」
「ねぇ、この混合種ミックス、本当に好きにしちゃっていいの?」

 狼族の一人がズィーナを見た。その隙に逃げ出せばいいのに、どうしても足が動かず声を出すこともできない。

「おう、好きにしていいぜ。体ん中に雌の部分があるのも本当っぽいし、それならあんたらも勃つだろ? 思う存分ヤってくれていいからさ」

 ズィーナの言葉にオリヴィはギョッとした。慌ててズィーナを見ると先ほどより嫌な笑みを浮かべている。そうして嘲るように「ざまぁねぇな」と口を歪めた。

「匂いもだが、けっこう綺麗な顔してるな。これなら突っ込み甲斐がありそうだ」
「……っ」

 卑猥な言葉と顎を掴み上げられたことにオリヴィの喉がヒュッと鳴った。

「うんうん、たしかに」
「それにこの前見かけたときより匂いが強くなってる」
「でもお手つきされた感じはないね」
「ってことは処女か。じゃあ、一発目はおまえがやれ」
「えぇ? いいの?」
「俺は初モノは嫌いなんだ。締め付けがきついだけで楽しめない」
「うわっ、もったいないなぁ、それがいいのに。じゃあ、遠慮なく俺が貫通役ってことで」

 動けないオリヴィをよそに狼族たちが勝手に話を進めていく。

(誰か……)

 助けを求めるように横目で周囲を見た。しかし大通りから奥まった道だからか通行人は誰もいない。ちょうど民家が途切れている場所のせいで、誰かが家から出てくる気配もなかった。

「じゃあ、あとはよろしくな~」
「あぁ、たっぷり楽しませてもらうよ」

 ニタニタ笑いながらズィーナが去って行った。残されたのは大きな体をした狼族二人とオリヴィだけだ。

(狼族二人を相手に逃げられるわけがない)

 猫族特有のすばしっこさを持ってしても、体格腕力ともに狼族より劣るオリヴィに逃げ道はなかった。気がつけば物置らしき建物の壁際に追い詰められ、「震えちゃって可愛い~」と首筋を指先で撫でられる。

(……俺はこのまま、狼族に犯されるんだ)

 そう思った瞬間、オリヴィの全身をゾワリとした悪寒が走った。いままで感じたことのない種類の恐怖に全身が凍ったように固まる。目も見開いたままで、唇も動かず罵声どころか拒絶の言葉すら出すことができなかった。
 こんなことは生まれて初めてだった。自力ではどうにもできない現実にオリヴィの心にじわじわと絶望が広がっていく。

「あれれ? もしかして泣きそう? ははっ、泣きそうな顔ってのも気分が乗るねぇ」
「いいからさっさと始めろ。誰か来たら面倒だ」
「それもそっか。あぁ、大丈夫。痛いのは最初だけだし、すぐに気持ちよくなるからさ。俺たち雄相手でも上手だからね」
「脱がせるのは下だけでいいか」
「ちょっと、がっつきすぎ」
「うるさい。オレだって雌は久しぶりだから早く突っ込みたいんだよ。さっさと突っ込んで中を濡らせ」
「はいはい。じゃあ、まずは下を脱ぎましょうねぇ」

 物騒な言葉に慌てて身をよじった。しかしすぐさま両手を掴まれ、頭上で後ろの壁に縫いつけられる。その間にもう一人がシャツのボタンを外し、顕わになった胸をひと撫でした。そのまま腰に手を伸ばしズボンの紐を引きちぎる勢いで解く。
 その感触にオリヴィはグッと奥歯を噛み締めた。情けないほど何もできない自分に心の中で罵声を浴びせ、そうしてアスミの言葉を思い出す。

(アスミが言ってたこと、もっと真剣に聞いておくべきだった)

 狼族のアスミにはオリヴィが感じていたものとは違う何かをズィーナから感じ取っていたのだろう。もしかしたら雌の匂いにも気づいていたのかもしれない。

(そういや初対面のときに匂いのこと、言ってたよな)

 しかし、その後アスミが匂いのことを口にしたことは一度もなかった。もしかしたらオリヴィが気にしているとわかって言わないようにしていたのかもしれない。

(……あいつならそうするか)

 アスミは体格に似合わず細かな気配りをする狼族だった。それは店での様子を見ていればわかることだ。
 それなのにオリヴィはアスミの気遣いに気づけなかった。心配してくれているのに隠し事をしているんじゃないかと思って一方的に腹を立てた。

(それでこんな目に遭うなんて自業自得だ)

 そのうえ狼族に汚されようとしている。

(もう、アスミには会えない)

 汚い体だからじゃない。相手が狼族だからだ。
 アスミはきっと相手が狼族だということを気にするだろう。まるで自分がやったことのように感じるに違いない。そんなアスミのそばに居続けることはオリヴィにはできなかった。

(もう、アスミのそばにはいられなくなる)

 こんなことなら、もっとうまい料理を食べさせておけばよかった。もっと一緒に出かければよかった。もっと酒を酌み交わしておけば、もっと話しておけば、そんなどうしようもないことばかりが脳裏を横切る。

「うわお、こっちも綺麗じゃん」

 ズボンを下着ごと一気に引き下ろされた。空気にさらされた下半身を狼族のオレンジ色の目がいやらしく見つめる。

「けっこうな上玉だね」
「一回で捨てるのは惜しいな」

 そう言って一人が剥き出しになった下半身に手を伸ばそうとしたとき「一回目もないから安心しろ」という低い声が響いた。その直後、「ぎゃっ」と短い悲鳴とともに手を伸ばしていた狼族の姿が目の前から消える。気がつけば両手を掴んでいた感触も消えていた。

「汚い手で触るな」

 冷たく響く声にオリヴィの耳がピクピクッと震えた。すっかり力をなくしていた尻尾の先がわずかにふるっと動く。

「……アスミ」
「遅くなってすまない」

 暗闇に立っていたのはアスミだった。足元にはオリヴィを襲おうとしていた二人が倒れている。何が起きたのか理解できず呆けていると、冷たいオレンジ色の目が地面に転がっている二人を見下ろした。

「さて、おまえたちをどうしてくれようか」

 アスミの声はどこまでも低く、これまでで一番恐ろしく聞こえた。
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