9 / 30
9 来訪者
しおりを挟む
竜妃様を虹淳様と呼ぶようになってから数日後、食材を運ぶ人とは別の宦官が応竜宮にやって来た。眼鏡をかけた気難しそうな顔を見た瞬間「わたし何かやらかしたかな」と反射的に身構えてしまう。
「あなたが応竜宮に勤める阿繰ですか?」
「はい」
背の高い宦官だから見下ろされるのはしょうがない。それでも、まるで何かを探るようにジロジロ見られるのは気分がよくなかった。思わずつっけんどんに「何かご用でしょうか」と尋ねると「竜妃様の衣服について尋ねたいことがあります」と返された。
「新しいものを数着作りたいとのことですが」
「はい」
「それなのに採寸はしないそうですね」
「必要ならわたしが代わりに行きます。わたしと竜妃様は背丈がほとんど一緒ですから」
「しかし、それでは好みの生地や形はわからないでしょう?」
「そんなの気にしな……ええと、前もって確認しておきます」
虹淳様は服に頓着しない。というより、自分のことにも周りのことにも興味や関心がなかった。わたしのことはそれなりに認識しているようだけれど、たぶん桃をくれる人くらいの感覚だ。
(まぁ、少しは意思疎通ができるようになった気はするけどね)
名前を呼べば反応してくれるようになった。何か尋ねれば、意味がわからないときもあるけれど答えてはくれる。食事も勧めるだけ食べてくれるし、嫌なことは顔を背けるようにもなった。
それでも虹淳様が自分の好みや考えを口にすることはなかった。つまり、虹淳様のことはわたしが決めるしかないのだ。
「竜妃様は妃のなかでもとくに大事な方です。それなのに侍女のあなたがあれこれ決めるのはいかがなものかと思いますが」
済ました宦官の顔と話の内容にカチンときた。侍女どころか下女もいない状況でどの口が言っているのだ。
「大事とおっしゃる割には下女すらいませんけど」
わたしの言葉に宦官の目がすっと細くなる。
(……しまった。余計なこと言ってしまった気がする)
いくら応竜宮の侍女になったとはいえ、もとはただの下っ端下女だ。そんなわたしが宦官相手にこんな口を利いていいはずがない。「後先考えないのは直らないままだな」と自分に呆れながら、そっと宦官の様子を伺う。すると小さく「はぁ」とため息をついてからわたしを見た。
「それは竜妃様が本当にはいらっしゃらないからですよ」
眼鏡をクイッと上げながらそう言い切った宦官に、思わず「は?」と聞き返してしまった。
「そんなわけないじゃないですか。竜妃様は応竜宮にちゃんといますけど」
「そのような記録はありません。いま応竜宮にいらっしゃるのは身代わりの宝珠のはずです」
ほうじゅという言葉に「またか」と眉が寄った。虹淳様も言っていたけれど、それが何だと言うのだろう。
「……どういうことですか?」
「ここ百年ほどは宝珠が竜妃様の代わりを務めていると記録にあります。実際、その間に竜妃様の食事や衣服のことが問題になったことはありませんし、侍女がいたという記録もありません」
「そんなはずありません。わたしは二年と少ししか後宮にいませんけど、応竜宮にいた侍女の話というのをいくつも聞いたことがあります」
「そういう噂話があることは知っていますが、応竜宮に仕える侍女も下女もいないのは事実です。この宮に人が入るのも、年に一度、新年を迎える前の大掃除のときだけです。大方そのときに見たことをおもしろおかしく話したのが噂として流れているのでしょう」
思わず白目を剥きそうになった。それじゃあ、わたしが毎日世話をしているあの少女は幽霊とでもいいたいのだろうか。
(……なるほど、それで“墓場”って呼ばれているってことか)
あれは比喩でも何でもなく幽霊が出る宮という意味だったのだ。だから食材の相談に行ったとき宦官たちが変な顔をしたのだろう。
(それなら虹淳様が下女や侍女のことを知らなくても当然か)
きっと大掃除のときにしか姿を見ないからわからなかったに違いない。掃除をしているということもわかっていない気がする。竜妃様について書かれたあの書物のことも掃除のときに侍女たちのお喋りを聞いただけで、蛇と話しているのを見られたのも大掃除のときだったのかもしれない。
(ってことはわたし、幽霊憑きだと思われてるかもしれないってこと?)
……最悪だ。でも、この際わたしのことは後回しでいい。それよりも、どうして竜妃様はいないなんてことになっているのかが気になった。
(それに、どうしてこの宦官はわざわざここまで来たんだろう)
服は作らないと言うだけなら、食材を届けるついでにそう言えばいいはず。
「服のことを言うためだけに、わざわざここまで来たんですか?」
「食材の件で何度かあなたがやって来たという話を聞きました。しかも今度は衣服を作りたいと言ってきた。居もしない竜妃様を語ってあれこれくすねようとしているのでは、という疑いがありましてね」
「はぁ?」
思わず「盗っ人だと思われてたんかい!」と突っ込みそうになった。いくらわたしが貧乏人の下っ端下女でもそんな大胆なことはしない。やるならもっと姑息に上手にやる。そのくらいの知恵はわたしにだってある。
眉を寄せながら「そんなことしませんけど」と言うと、宦官は「あぁ、わたしの見解は違います」と口にした。
「もしや本当に竜妃様がいるのではと思ったのです。だから自分の目で確かめようとここまで来ました」
「……どういうことですか?」
「本気でくすねるつもりなら食材のような生ものは選びません。売りさばくのに向いていませんからね。今回の衣服だって装飾品も一緒にというのなら換金目当てだと考えられますが、数着の衣服では大した金にはならない」
そう言って眼鏡をクイッと持ち上げた。
「ということで、本当に竜妃様がいらっしゃるのではないかと思ったのです。それならきちんと確認し、応竜宮の環境を改善しなくてはいけません。わたしは宦官になる前から竜妃様の研究をしていたので、今回の件の担当に抜擢されたというわけです」
本当だろうか。これまで散々放置してきたのに、わたし一人の行動で急に考えを改めたりするものだろうか。「胡散臭いなぁ」と上目遣いで見ていると「ゴホン」と咳払いされてしまった。
「ほかの宦官はわかりませんが、少なくともわたしは竜妃様に興味が、あぁいえ、状況を確かめるべきだと思っています」
思わず「いま興味があると言いかけましたよね?」と心の中で突っ込んだ。
(っていうか、興味があるってどういうことよ)
そのためだけにわざわざ応竜宮に来るというのも怪しい。そう思って宦官をじっと見つめてみたものの冗談を言っているようには見えなかった。
(まぁ、無視されるよりはいいか)
少なくとも話が通じる宦官がいたほうが都合がいいに決まっている。そう考えたわたしは「竜妃様にお会いになりますか?」と尋ねた。途端にすまし顔だった宦官が眼鏡がずれるほど慌て出す。
「えっ!? お姿を見てもいいんですか!? あっ、いえ、もし拝謁できるのならぜひ確かめ、いや、お目通りしたいと思ってはいましたが」
確かめたいと言ったのはそっちだというのに、何をそんなに慌てているのだろう。それに目元も若干赤くなっている気がするし、眼鏡をクイクイと何度も上げているのも胡散臭すぎる。まさか虹淳様に何か不埒な気持ちでも抱いているんじゃないだろうなと疑いたくなった。
(……さすがにそれはないか)
これまでいないとされてきた存在に邪な気持ちを抱くはずがない。そもそもこの人は宦官だから懇ろになることもできない。一応とはいえ皇帝が大事にしている妃に手を出せば首が飛ぶことも知っているはず。
(それなのに何をそんなに慌ててるんだか)
落ち着かない様子は気になったものの、会わせなければ衣服の調達を断られるかもしれない。さすがにそれでは虹淳様が不憫だ。
「ちょうど朝餉が終わったところなので、いま頃はたぶん絵を描いていると思います。で、お会いになりますか?」
「ぜひ」
やけに力の籠もった返事に「本当に大丈夫かなぁ」とほんの少し不安になった。それでも会ってもらうしかない。
(ええと、こういうときってどうするのが正解なんだっけ?)
別室で待機させて云々という話を聞いたような気もするけれど、よくわからない。考えてもわからないなら直接虹淳様の部屋に連れて行くしかない。そう思って部屋まで案内することにした。
「虹淳様、入りますよ」
扉の外から声をかけて扉を開けた。それにギョッとしたのは隣にいた宦官で、目を剥きながらわたしを見る。「返事が返ってこないんだからしょうがないでしょ」と心の中で言い訳をしながら部屋に入った。
予想どおり虹淳様は熱心に桃の絵を描いていた。字は書けないものの絵心はあったようで、近頃は毎日のように桃の絵を描いている。真剣な顔に「やっぱり美少女だよなぁ」なんて思いながらテーブルの脇に立った。
「虹淳様、お客様です。こちら……ええと、お名前は」
「弘徳です」
振り返ると、扉の外で両手を組んだ宦官が深々と頭を下げている。
「宦官の弘徳様です」
わたしの声に虹淳様が顔を上げた。黒目でチラッと弘徳様を見たものの、やはり興味がないのかすぐに視線が絵に戻る。
「弘徳様、こちらが竜妃様です」
「竜妃様に拝礼申し上げます。このたびはご尊顔を拝する機会を賜りまして、光栄の極みに……え……?」
何やら難しい言葉が途中で止まった。わずかに上がった顔が驚いたように目を見開いている。きっと想像していた人物像と違っていたのだろう。たしかに「竜の化身がいるに違いない」と思っていたら驚くだろうなというくらい虹淳様は普通の少女だ。
(これで十八歳って言ったらますます驚きそうだけど)
驚き固まっている弘徳様に「大丈夫ですか?」と声をかけた。わたしの声が聞こえないのか眼鏡の奥の黒目は開かれたままだ。
「こちらが竜妃様です」
もう一度そう言うと、組んだままの弘徳様の両腕がブルブルと震え出した。そうして「本物の竜の化身……」とつぶやいたかと思うと「ついに竜の化身に会ったぞ!」と声を上げる。
わたしは「は?」と目を見開き、顔を上げた虹淳様も筆を止め目を瞬かせた。
「あなたが応竜宮に勤める阿繰ですか?」
「はい」
背の高い宦官だから見下ろされるのはしょうがない。それでも、まるで何かを探るようにジロジロ見られるのは気分がよくなかった。思わずつっけんどんに「何かご用でしょうか」と尋ねると「竜妃様の衣服について尋ねたいことがあります」と返された。
「新しいものを数着作りたいとのことですが」
「はい」
「それなのに採寸はしないそうですね」
「必要ならわたしが代わりに行きます。わたしと竜妃様は背丈がほとんど一緒ですから」
「しかし、それでは好みの生地や形はわからないでしょう?」
「そんなの気にしな……ええと、前もって確認しておきます」
虹淳様は服に頓着しない。というより、自分のことにも周りのことにも興味や関心がなかった。わたしのことはそれなりに認識しているようだけれど、たぶん桃をくれる人くらいの感覚だ。
(まぁ、少しは意思疎通ができるようになった気はするけどね)
名前を呼べば反応してくれるようになった。何か尋ねれば、意味がわからないときもあるけれど答えてはくれる。食事も勧めるだけ食べてくれるし、嫌なことは顔を背けるようにもなった。
それでも虹淳様が自分の好みや考えを口にすることはなかった。つまり、虹淳様のことはわたしが決めるしかないのだ。
「竜妃様は妃のなかでもとくに大事な方です。それなのに侍女のあなたがあれこれ決めるのはいかがなものかと思いますが」
済ました宦官の顔と話の内容にカチンときた。侍女どころか下女もいない状況でどの口が言っているのだ。
「大事とおっしゃる割には下女すらいませんけど」
わたしの言葉に宦官の目がすっと細くなる。
(……しまった。余計なこと言ってしまった気がする)
いくら応竜宮の侍女になったとはいえ、もとはただの下っ端下女だ。そんなわたしが宦官相手にこんな口を利いていいはずがない。「後先考えないのは直らないままだな」と自分に呆れながら、そっと宦官の様子を伺う。すると小さく「はぁ」とため息をついてからわたしを見た。
「それは竜妃様が本当にはいらっしゃらないからですよ」
眼鏡をクイッと上げながらそう言い切った宦官に、思わず「は?」と聞き返してしまった。
「そんなわけないじゃないですか。竜妃様は応竜宮にちゃんといますけど」
「そのような記録はありません。いま応竜宮にいらっしゃるのは身代わりの宝珠のはずです」
ほうじゅという言葉に「またか」と眉が寄った。虹淳様も言っていたけれど、それが何だと言うのだろう。
「……どういうことですか?」
「ここ百年ほどは宝珠が竜妃様の代わりを務めていると記録にあります。実際、その間に竜妃様の食事や衣服のことが問題になったことはありませんし、侍女がいたという記録もありません」
「そんなはずありません。わたしは二年と少ししか後宮にいませんけど、応竜宮にいた侍女の話というのをいくつも聞いたことがあります」
「そういう噂話があることは知っていますが、応竜宮に仕える侍女も下女もいないのは事実です。この宮に人が入るのも、年に一度、新年を迎える前の大掃除のときだけです。大方そのときに見たことをおもしろおかしく話したのが噂として流れているのでしょう」
思わず白目を剥きそうになった。それじゃあ、わたしが毎日世話をしているあの少女は幽霊とでもいいたいのだろうか。
(……なるほど、それで“墓場”って呼ばれているってことか)
あれは比喩でも何でもなく幽霊が出る宮という意味だったのだ。だから食材の相談に行ったとき宦官たちが変な顔をしたのだろう。
(それなら虹淳様が下女や侍女のことを知らなくても当然か)
きっと大掃除のときにしか姿を見ないからわからなかったに違いない。掃除をしているということもわかっていない気がする。竜妃様について書かれたあの書物のことも掃除のときに侍女たちのお喋りを聞いただけで、蛇と話しているのを見られたのも大掃除のときだったのかもしれない。
(ってことはわたし、幽霊憑きだと思われてるかもしれないってこと?)
……最悪だ。でも、この際わたしのことは後回しでいい。それよりも、どうして竜妃様はいないなんてことになっているのかが気になった。
(それに、どうしてこの宦官はわざわざここまで来たんだろう)
服は作らないと言うだけなら、食材を届けるついでにそう言えばいいはず。
「服のことを言うためだけに、わざわざここまで来たんですか?」
「食材の件で何度かあなたがやって来たという話を聞きました。しかも今度は衣服を作りたいと言ってきた。居もしない竜妃様を語ってあれこれくすねようとしているのでは、という疑いがありましてね」
「はぁ?」
思わず「盗っ人だと思われてたんかい!」と突っ込みそうになった。いくらわたしが貧乏人の下っ端下女でもそんな大胆なことはしない。やるならもっと姑息に上手にやる。そのくらいの知恵はわたしにだってある。
眉を寄せながら「そんなことしませんけど」と言うと、宦官は「あぁ、わたしの見解は違います」と口にした。
「もしや本当に竜妃様がいるのではと思ったのです。だから自分の目で確かめようとここまで来ました」
「……どういうことですか?」
「本気でくすねるつもりなら食材のような生ものは選びません。売りさばくのに向いていませんからね。今回の衣服だって装飾品も一緒にというのなら換金目当てだと考えられますが、数着の衣服では大した金にはならない」
そう言って眼鏡をクイッと持ち上げた。
「ということで、本当に竜妃様がいらっしゃるのではないかと思ったのです。それならきちんと確認し、応竜宮の環境を改善しなくてはいけません。わたしは宦官になる前から竜妃様の研究をしていたので、今回の件の担当に抜擢されたというわけです」
本当だろうか。これまで散々放置してきたのに、わたし一人の行動で急に考えを改めたりするものだろうか。「胡散臭いなぁ」と上目遣いで見ていると「ゴホン」と咳払いされてしまった。
「ほかの宦官はわかりませんが、少なくともわたしは竜妃様に興味が、あぁいえ、状況を確かめるべきだと思っています」
思わず「いま興味があると言いかけましたよね?」と心の中で突っ込んだ。
(っていうか、興味があるってどういうことよ)
そのためだけにわざわざ応竜宮に来るというのも怪しい。そう思って宦官をじっと見つめてみたものの冗談を言っているようには見えなかった。
(まぁ、無視されるよりはいいか)
少なくとも話が通じる宦官がいたほうが都合がいいに決まっている。そう考えたわたしは「竜妃様にお会いになりますか?」と尋ねた。途端にすまし顔だった宦官が眼鏡がずれるほど慌て出す。
「えっ!? お姿を見てもいいんですか!? あっ、いえ、もし拝謁できるのならぜひ確かめ、いや、お目通りしたいと思ってはいましたが」
確かめたいと言ったのはそっちだというのに、何をそんなに慌てているのだろう。それに目元も若干赤くなっている気がするし、眼鏡をクイクイと何度も上げているのも胡散臭すぎる。まさか虹淳様に何か不埒な気持ちでも抱いているんじゃないだろうなと疑いたくなった。
(……さすがにそれはないか)
これまでいないとされてきた存在に邪な気持ちを抱くはずがない。そもそもこの人は宦官だから懇ろになることもできない。一応とはいえ皇帝が大事にしている妃に手を出せば首が飛ぶことも知っているはず。
(それなのに何をそんなに慌ててるんだか)
落ち着かない様子は気になったものの、会わせなければ衣服の調達を断られるかもしれない。さすがにそれでは虹淳様が不憫だ。
「ちょうど朝餉が終わったところなので、いま頃はたぶん絵を描いていると思います。で、お会いになりますか?」
「ぜひ」
やけに力の籠もった返事に「本当に大丈夫かなぁ」とほんの少し不安になった。それでも会ってもらうしかない。
(ええと、こういうときってどうするのが正解なんだっけ?)
別室で待機させて云々という話を聞いたような気もするけれど、よくわからない。考えてもわからないなら直接虹淳様の部屋に連れて行くしかない。そう思って部屋まで案内することにした。
「虹淳様、入りますよ」
扉の外から声をかけて扉を開けた。それにギョッとしたのは隣にいた宦官で、目を剥きながらわたしを見る。「返事が返ってこないんだからしょうがないでしょ」と心の中で言い訳をしながら部屋に入った。
予想どおり虹淳様は熱心に桃の絵を描いていた。字は書けないものの絵心はあったようで、近頃は毎日のように桃の絵を描いている。真剣な顔に「やっぱり美少女だよなぁ」なんて思いながらテーブルの脇に立った。
「虹淳様、お客様です。こちら……ええと、お名前は」
「弘徳です」
振り返ると、扉の外で両手を組んだ宦官が深々と頭を下げている。
「宦官の弘徳様です」
わたしの声に虹淳様が顔を上げた。黒目でチラッと弘徳様を見たものの、やはり興味がないのかすぐに視線が絵に戻る。
「弘徳様、こちらが竜妃様です」
「竜妃様に拝礼申し上げます。このたびはご尊顔を拝する機会を賜りまして、光栄の極みに……え……?」
何やら難しい言葉が途中で止まった。わずかに上がった顔が驚いたように目を見開いている。きっと想像していた人物像と違っていたのだろう。たしかに「竜の化身がいるに違いない」と思っていたら驚くだろうなというくらい虹淳様は普通の少女だ。
(これで十八歳って言ったらますます驚きそうだけど)
驚き固まっている弘徳様に「大丈夫ですか?」と声をかけた。わたしの声が聞こえないのか眼鏡の奥の黒目は開かれたままだ。
「こちらが竜妃様です」
もう一度そう言うと、組んだままの弘徳様の両腕がブルブルと震え出した。そうして「本物の竜の化身……」とつぶやいたかと思うと「ついに竜の化身に会ったぞ!」と声を上げる。
わたしは「は?」と目を見開き、顔を上げた虹淳様も筆を止め目を瞬かせた。
1
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる