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13 威嚇したのは

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 このたび、めでたくいっちゃんと恋人になりました。

 ……なんて報告は、誰にもしていない。もちろん両親にもだ。親父もお袋もいっちゃんのことをかわいがってはいるけれど、さすがに息子の恋人になったって聞いたら驚くだろう。親父なんてびっくりしすぎて、余計に白髪が増えそうな気もする。
 それでも、そのうちお袋あたりが気づくんじゃないかなとは思っている。だって、こんなに毎日いっちゃんの部屋に泊まっているんだ。そんなの、いくら幼馴染みでも変だって思うに決まっている。

(……いや、思わない可能性もあるか)

 オレはこれまで数え切れないくらい、いっちゃんの部屋に泊まっている。去年の夏も何連泊するんだっていうくらい泊まった。それなのに、お袋からは「迷惑でしょ!」って怒られただけだった。

(いっちゃんが一人暮らしを始める前から、いっちゃんちに泊まってたしなぁ)

 だから、いまさらってことかもしれない。二日前にも「たまには帰ってきなさい」ってお袋から言われただけで、泊まったらダメだとは言われなかった。代わりに、ばあちゃんちから届いた野菜をこれでもかってくらい持たされた。

(たしかに泊まりすぎだとは思うけど……でもさ……)

 つきあい始めたばっかりなんだからしょうがないじゃん、なんて心の中で言い訳をする。いっちゃんだって「ずっといていいよ」って言ってくれているから問題ない。
 ……いや、いっちゃんは昔から「いつまでいてもいいよ」って言っていたっけ。それで調子に乗ったオレは、本当にずっと一緒にいたんだ。朝ご飯から寝るときまで本当にべったりだった。

(でも、恋人になってから一緒にいるのとは、全然違うし)

 それに、いつも忙しいいっちゃんがせっかく何もしない夏休みを作ってくれたんだから、たっぷり一緒にいたいと思うのは当然だ。


 そんなわけで、今日はショッピングモールでデートをすることになった。わざわざ郊外のショッピングモールまで来るほどの用事はなかったんだけど、オレの秋用の部屋着を買うついでにデートしようって話になったんだ。
 朝はちょっとだけ早起きして、エキナカでモーニングを食べて電車に乗ろうってことになった。だから、昨夜は久しぶりにあまりイチャイチャしなかった。キスとかはしたけれど、それ以上したら止まらなくなるから必死に我慢した。

(オレって、こんなに性欲強かったっけなぁ)

 そんなことを思ってしまうくらい、いっちゃんに触られるとすぐに股間が熱くなる。そうなったら抜かないわけにはいかなくて、いつもいっちゃんが抜いてくれた。
 もちろんオレもいっちゃんのを抜いてあげるんだけど、そうするとオレのがまた元気になって、だからまたオレのを抜いて……っていうのを三回くらいくり返す。それが毎晩だって続くんだから、オレは相当性欲が強いってことになる。

(……まぁ、こういうの、オレ初めてだし)

 元カノ元カレはたくさんいたけど、こんなことをするのはいっちゃんが初めてだ。だから際限なくしたくなるに違いない。
 それに、そういうときのいっちゃんって別人みたいに見えて、すっげぇムラムラするんだ。大人っぽいっていうか、エロいっていうか、かっこいいっていうか、とにかくムラムラしてドキドキして股間が元気になりっぱなしになる。

 そして、今日のいっちゃんもドキドキするくらいかっこよかった。

(前は何でモテないんだろうって思ってたけど、本当はモテるんじゃないかなぁ)

 オレから見ても超優良物件のいっちゃんだから、本当はモテるんじゃないかなと思い始めている。前に後輩の女の人がアパートまで来たこともあったし、オレが知らないだけで前からモテているのかもしれないけど。

(モテるのはうれしいような気もするけど……、ううん、やっぱり嫌かも)

 下心丸出しの女子としゃべるいっちゃんを想像したら、ちょっとだけイラッとした。

「どうした?」
「へ?」
「さっきから百面相してるけど」
「え?」
「まぁ、そんな圭人けいともかわいいからいいけどね」
「え!?」

 ちょっといっちゃん、何言ってんの!? っていうか、ここ、ショッピングモールの中だからな!? 大勢の人がいる場所だからな!? そんなことを思いながら慌てて周りを見た。
 当然ながら、周りに聞き耳を立てている人なんていない。それにホッとしたけど、少し離れたところからこっちを見ている人たちに気づいた。

(……どっちを見てるんだろ)

 これまでの経験上、オレが見られている可能性が高い。でも、いまのいっちゃんは結構かっこいいから、いっちゃんを見ている可能性もある。
 よく見たら、後ろのほうにもこっちを見ている女の人たちがいた。そこそこ年上に見えるから、あれは間違いなくいっちゃんを見ている。そう思ったらイラッとして、つい睨むように後ろを見てしまった。
 そうやって正面を見ていなかったオレは、目の前に人影が現れたことに気づかなかった。前を見たときにはすぐそばにでかい体があって、びっくりして足を止めてしまった。

「危ないよ」
「……っ」

 やべぇ、ぶつかる! って思った瞬間、腰をグイッと引かれてぶつからずに済んだ。もちろん腰を抱き寄せてくれたのはいっちゃんだ。

「気をつけな?」
「う、うん」

 そう言ったいっちゃんの腕は、まだオレの腰に回ったままだ。まるで子供みたいに注意されるのは恥ずかしいけど、こういうふうに扱われるのは、ちょっとだけうれしい。

(だってさ、なんか恋人っぽい感じがするじゃん)

 腕を引っ張るとかじゃなくて、腰に手を回してっていうのはポイントが高い気がする。っていうか、こういうことをさりげなくできるいっちゃんはすごい。

(いっちゃん、誰とも付き合ったことがないって言ってたけど、ほんとかなぁ)

 それとも、いっちゃんくらい大人になったらこういうことも自然にできるもんなんだろうか。たくさんの人と付き合ってきたオレだけど、こんなカッコイイことは一度もしたことがない。

(それに、重い荷物とか持ってくれるし)

 そういうところも恋人っぽいよなぁなんて思う。

(……いや、荷物は前から持ってくれてたっけ)

 スーパーに一緒に行ったとき、重いほうは必ずいっちゃんが持ってくれた。水たまりとかあると必ず手を引いてくれたし、よくよく思い出せば歩道を歩くときは必ずいっちゃんが車道側を歩いていたような気もする。

(……改めて思い出したら、結構前からそういう感じだったかも……)

 オレが気にしていなかっただけで、昔からいっちゃんはそんなふうだった。あまりに自然だったから、本気で全然気がつかなかった。

(そっか……いっちゃんて、ずっとオレのこと大事にしてくれてたんだ……)

 そう思ったら、まるでずっと前から恋人みたいだったんじゃ……なんてことまで思ってしまった。そんなことあるはずがないのに、勝手にそう思って勝手に体が熱くなってくる。

(いやいや、さすがにそれはないって……って思うけど、もしかして……)

 いっちゃんは毎日のように「好きだよ」って言ってくれるけど、いつからオレのことを好きだったのかは教えてもらっていない。だって、根掘り葉掘り聞くのは恥ずかしい気がして聞けないんだ。
 でも、いっちゃんの行動を思い出せば思い出すほど「もしかして……」なんて思えてくる。弟みたいに思ってくれていたんだってわかっているのに、ちょっとだけ期待してしまう。

(だってさ、前から好きだったんだとしたら……なんか、すっげぇうれしいっていうかさ……)

 大好きないっちゃんにずっと好きでいてもらえたのかも、なんて思ったら、顔がニヤけそうになった。慌てて口をキュッと引き締めたけど、ずっと前から両思い的な感じだったのかもと思ったらやっぱりニヤニヤしてしまう。

(こういうのって、なんか運命の何とか、みたいな感じじゃん?)

 オレといっちゃんは男同士だけど、赤い糸みたいなもので結ばれていたんだとしたら、まるでドラマや映画のラブストーリーみたいだ。恋愛にちょっと夢を抱いているオレは、それだけで気分がどんどん盛り上がってくる。

圭人けいと、百面相がすごいことになってるけど、大丈夫か?」
「え!? あ、いや、なんでもないし!」

 しまった、ニヤニヤしていたのがバレた! 慌てて真面目な顔をしようとしたけど、どうしても口がニヤニヤして変な表情になっているのが自分でもわかった。

「本当に? 体調よくないなら帰ろうか?」
「ほんと、なんでもないか……」
香野こうの先輩!」

 オレの声を遮るように女の人の声がした。いっちゃんの名前を呼ぶ高い声に、盛り上がっていたオレのテンションが一気に下がる。
 声がしたほうを見たら、いかにもモテる女子大生ですって感じの人が小走りで近づいてくるところだった。いっちゃんと一人分くらいしか離れていない近い距離に立ってから、少し乱れた茶髪を指で直している。そうしながら、きついアイメイクをした両目は上目遣いでいっちゃんを見ていた。
 ちなみに隣にはオレもいるんだけど、一度も視線を向けられない。

「ええと、……夏木さん、だったかな」
「きゃあ! 覚えててくれたんですね! こんなところで香野こうの先輩に会えるなんて、ラッキーかも!」

 先輩って呼ぶってことは、大学か大学院の後輩ってことだ。「また後輩か」って嫌な感じがする。

「そうだ! 先輩ってK大の大学院でしたよね?」
「うん」
「そっかぁ。じゃああたしもK大にしようかなぁ。あ、あたしも大学院に行こうかなって思ってるんですけど、ちょっと迷ってて。でも香野こうの先輩がK大なら、K大にしようかなぁ」

 なるほど、前の大学の後輩か。いっちゃんは大学を卒業した後もお世話になった教授のところに通っていた時期があったから、そのときに知り合った後輩なのかもしれない。
 っていうか、見事にオレの存在はガン無視かよ。それだけでちょっとイラッとした。

「先輩はやっぱり民俗学関係なんですよね? あたしも動物信仰とか調べてるんですけど、先輩は狼でしたよね?」

 いっちゃんが何を勉強しているのかまで知っているんだ。ってことは、いっちゃんと同じ大学院に行って、同じ研究室に入ろうとしてるのかもしれない。……同じ研究室に通って、いっちゃんに近づこうとしているんだとしたら……? そう思ったら、お腹の奥がカッと熱くなった。

「あ、先輩、今度時間ありますか? ぜひ大学院の話を聞きたいんですけど」

 それに、さっきからイライラしてしょうがなかった。いっちゃんの後輩だから我慢しているけど、本当は舌打ちしたいくらいイライラしている。

「そうだ、先輩一人暮らしでしたよね? お礼にお掃除とかお料理とかしますよ! こう見えてあたし、結構家事が得意なんですから」

 その言葉を聞いて、前にいっちゃんのアパートで会った女の人のことを思い出した。目の前の人は茶髪で派手な格好だし全然似ていないのに、黒のロングヘアで清楚なワンピ姿だったあの女の人の姿が重なって見える。どうしてか、あのときの女の人と同じ形・・・に見えてきた。

「ね、先輩、いつなら時間ありますか? あたしなら、いつでもオッケーです!」

 媚を売るような声にますますイラッとした。明らかに下心見え見えの態度にムカムカする。
 それでもいっちゃんの後輩だからと我慢していたけど、女の人の手がいっちゃんの腕に触ろうとするのが見えた瞬間、腹の奥に溜まった熱がぶわっと膨らんだような気がした。イライラも一気に膨れ上がって、目の前がカッと真っ赤になる。

(いっちゃんに触るな!)

 声に出すより先に、そんなことを思った。腹の底からそう思って、目の前の女の人を睨みつけた。いっちゃんはオレのだから触るな! そう思って、全身全霊で目の前の女の人を拒絶した。

「ひぃ……っ」

 気がついたら、女の人が真っ青な顔してオレを見ていた。気のせいじゃなければ、ちょっと震えているようにも見える。

「あれ……?」

 もしかして、自分では気づいていないだけで怒鳴ったりしてしまったんだろうか。まさか手を出したり……は、していないはず。代わりに何か余計なことを言ってしまったのかもしれない。
 自分のことなのに、どうしてか頭がカッとなった瞬間のことが思い出せなかった。腹の奥から燃えるような熱が膨らむのはわかったけど、そのせいで自分が何を言ったのか、何をしたのかさっぱりわからない。
 不安になったオレは、隣にいるいっちゃんを見上げた。

(笑ってる……?)

 よくわからないけど、いっちゃんが満面の笑みを浮かべている。すごく楽しそうな顔で、オレが好きなお笑い番組を一緒に見ているときよりも、ずっと楽しそうだ。

「夏木さん、悪いんだけど大学院には来ないでくれるかな」
「え……?」
「きみ、ちょっと嫌な匂いがするから。あぁでも、今日ここで会えたことには感謝するよ。おかげで、僕の大事な子がようやく目覚めたみたいだからね」
「え……? あの、先輩?」

 オレの腰に手を回して女の人の横を通り過ぎたあと、いっちゃんがクルッと振り返った。

「大事なことを言い忘れた。もう二度と、僕たちの前に姿を現さないでくれるかな」

 ……あれ? いっちゃんから、とてもいい匂いがする。さっきまでは匂いなんてしていなかったのに、ホッとするようないい匂いがしていることに気がついた。

「もし姿を見せたら、きっと怖いことになるからね」

 女の人が、また「ヒッ」と悲鳴みたいな声を出した。顔を見たら、ちょっと引きつっているように見える。
 何をそんなに怖がっているんだろう。いっちゃんは、こんなに優しく話しているのに。それに、こんなにいい気分になる匂いがしているのに、変な人だな。
 そう思って見上げたいっちゃんは、やっぱり楽しそうに笑っていた。

「いっちゃん」
「買い物も終わったし、帰ろっか」
「おう」

 今度は手を握って、たくさんの人がいるショッピングモールを歩いた。さっきは「かわいい」って言われただけで恥ずかしかったのに、いまは手を繋いでいるのがうれしくてしょうがない。

圭人けいと、楽しい?」
「すっげぇ楽しい」

 手を繋いで歩いているだけなのに、本当に楽しくてしょうがなかった。そう思ったら、いっちゃんからまたいい匂いがふわっとしてきて、ますます楽しくなってくる。

「いっちゃんから、すげぇいい匂いがする」

 そう言ったら、ギュッと手を握られた。

圭人けいとからも、少しだけどいい匂いがするよ」
「オレから? オレ、香水とかつけてねぇけど」
「香水なんかじゃない。これは圭人けいと自身の匂いだ」
「オレ自身の?」

 よくわからないけど、いっちゃんがいい匂いって思ってくれるならうれしい。

圭人けいとの準備が、ようやく整ったって合図だよ」
「オレの準備? 何の準備?」
「全部が僕のものになる準備。それに、僕の全部も圭人けいとのものになる準備みたいなものかな」
「そっか」

 よくわかなないけど、それってものすごくうれしいことだ。だって、いっちゃんの全部がオレのものになるなんて、想像するだけでうれしくなる。オレの全部もいっちゃんのものにしてもらえるなんて、やっぱりうれしいし、腹の底からゾクゾクした。

(いっちゃんはオレのもので、オレはいっちゃんのものなんだ)

 一瞬「そういやオレの匂いって何だろ?」って思ったけど、いっちゃんの匂いを嗅いだらどうでもよくなった。何の匂いかわからないけど、いっちゃんがいい匂いって言ってくれるなら、それだけでオッケーだ。オレにとってはいっちゃんが全部で、いっちゃんさえそばにいてくれればそれでいい。

 ……いっちゃんがそばにいれば、……ほかは何もいらない……んだっけ……?

 何か頭に浮かんだけど、いっちゃんのいい匂いがしたらやっぱりどうでもよくなる。オレはスキップしたくなるくらいウキウキしながら、いっちゃんの隣を歩いた。
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