なんやかんやで元の鞘

朏猫(ミカヅキネコ)

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「おまえそれ、ヤリ捨てられてんじゃねぇか」
「うぅ……、わかってるから言わないで」

 いつもの居酒屋でお酒を飲みながら、フラれたってことを目の前のイケメンに話したら一刀両断に切り捨てられた。

(そうだよ、僕だってわかってるよ)

 だから今夜は言わないでおこうと思ったのに、聞いてきたのはミツヤのほうじゃん。

「今回の男とは何回会ったんだ?」
「……三回」
「出会ったその日にヤッて、三回目で捨てられたってことか」
「……そうだけど」
「んで、何人目?」
「……四人目」
「そりゃ今年になってからの数だろ」
「きゅ、九人目だよっ」
「二年で九人か。そりゃお盛んなことで」
「ミツヤに言われたくない」
「俺は恋人作んねぇ主義だからいいの」

(うぅ、このヤリチンイケメンめ)

 中学から取っ替え引っ替えだったけど、たしかに恋人はいなかった気がする。噂でも恋人ができたって話は聞いたことがない。でもそれって、結局はセフレばっかりってことじゃん?
 それに比べたら毎回ちゃんと好きになって告白して、それで恋人になる僕のほうがマシだと思うんだけど。

「いい加減、体から恋愛始めるのやめれば?」
「うるさいな。もうそんなことないって言ってんじゃん」
「いいや、変わってねぇだろ? そんなだからビッチだって勘違いされんだよ」
「だから、ビッチじゃないってば」
「はいはい、ただ気持ちいいことが好きなだけだよな」
「ちが……わないけど、でも、好きになったらそういうことしたくなるの普通じゃんか」
「見た目はマジメちゃんなのにビッチって、興味持たれるの最初のうちだけだからな? だからすぐ捨てられんだぞ?」
「だから、僕はマジメでもビッチでもないってばっ」
「アキ、声でかいぞー?」

 ハッとして慌てて口をつぐんだ。いくらにぎやかな居酒屋でも、大きな声で「ビッチ」なんて言ったら注目されてしまう。それでなくても目の前のイケメンはいるだけで注目を浴びるのだ。

「そもそも僕がこんな体になったのだって、ミツヤのせいじゃん」

 小さい声にしかならなかった僕の反論は、ジョッキを傾けているミツヤには聞こえなかったらしい。

(何もかもミツヤのせいじゃんか)

 僕とミツヤは小中高と同じ学校だったけど、僕が一方的にミツヤの顔と名前を知っているくらいの関係だった。仲良くなったのは席が隣になった中二からで、その頃にはミツヤはもうイケメンでモテモテだった。
 そんなミツヤがどうして地味な僕と仲良くするようになったのか、きっかけはもう覚えていない。なんとなく一緒にいる時間が増えて、ゲームしたり漫画読んだり、たまにお互いの家に行ったりするようになった。

(初めてシたのって、高二のときだったっけ)

 ミツヤのことをそういう意味で好きだったわけじゃなかったと思う。ただ、話の流れでそうなっただけだ。
 ヤリチンのミツヤがなんでモテるんだって話になって、それから初体験がいつだとかって話になった。そこから僕が童貞だってバレて、じゃあちょっと体験してみるかって言われたのは覚えてる。そんな流れと興味本位でシてしまった。
 最初は怖くて苦しくてどうしようもなかった。もっとふわふわして気持ちがいいものだと勝手に思ってたけど全然そんなことはなかった。
 それなのに、その後も二回目、三回目とシてしまった。気がついたらズルズルとヤる仲になっていた。

(だって、あのミツヤが僕の体で興奮してるんだって思ったら、なんかさ……)

 ミツヤに「スる?」って言われたら「うん」しか答えられないじゃん?

(でも、そのせいで体、変になったんだよな)

 何回もシてるうちにどんどん気持ちよくなっていった。おかげで僕は毎日でもシたくてたまらない体になってしまった。そんな僕にミツヤはいつも付き合ってくれて、ひどいときは毎週末ほとんどソウイウコトしかしていないときもあった。
 そんな感じだったのに、卒業を前に僕はミツヤと別れた。

(別れたっていうのはちょっと違うか)

 だって恋人じゃなかったし、そういう意味で好きだったかは最後までわからなかったし。
 そのままミツヤとは別の大学に通うことになった。だけど、結局二十歳になったいまでもこうして定期的にミツヤと会って飲んだり愚痴ったりしている。……まぁ、ほとんどは僕がフラれたときのヤケ酒に付き合ってもらってるんだけどさ。

「はいはい、全部俺のせいですよ」
「何その言い方」
「俺がうっかり手を出したせいで、おまえがネコになったのは本当だしな」
「……そうだけど」

 ミツヤに男同士の気持ちよさを教えられたせいで、男に抱かれるのが好きになったのは間違いない。だから全部ミツヤのせいなんだけど、いざミツヤに肯定されると何だかそれは違うって気がしてくる。

「ま、俺がいろいろ言う必要はねぇんだろうけど、一応友達だしな。男漁りはほどほどにしとけよ」
「わかってるって」

「友達」って言葉にドキッとした。同時に「やっぱり」って気持ちが広がった。
 高校のときあんなにシてたのに、ミツヤは最後まで僕を友達の位置に留めた。それに不満なんてない。僕みたいな冴えない男がミツヤの友達ってだけで不思議がられたくらいだから、仲のいい友達ってだけで嬉しかった。

(不満なんて全然なかったのに)

 最近、友達という言葉に満足できない自分がいる。もう少し……せめてセフレくらいの関係だったらなぁなんて馬鹿なことを思ったりすることもあった。

(こんなだからフラれ続けるんだよな)

 大学生になって三人目の恋人にフラれたときに、元カレとミツヤを比べていた自分に気がついた。ミツヤだったらこうする、ミツヤはこんな匂いだった、ミツヤの手はもっとこんなふうに動いていた……そんなことをぼんやりと思いながらシていたことに気づいたんだ。

(だから長続きするわけないし、フラれるに決まってる)

 わかっているのに、どうしても最中はミツヤがしてくれたことを体が思い出してしまう。「そうじゃない」とか「もっとこうして」とか、ミツヤの影を追い求めてしまっていた。
 なんでそんなことを思ってしまうんだろうって悩んだのは、四人目にフラれたときまでだった。開き直った僕は、それ以来ミツヤに似た体格、ミツヤっぽい仕草、ミツヤに似た手、そんな相手を探していた気がする。それでも顔だけはミツヤとは違う人を選んだ。

(そもそもミツヤくらいかっこいいヤツなんていないし)

 ……あーっ、くそっ! そうだよ、僕はミツヤのことが好きだよ!
 別れるまで、ううん、別れたあともしばらく気がつかなかったけど、たぶんずっと好きだったんだ。だからミツヤのことが忘れられなかったし、ミツヤとスるのが一番気持ちいいっていまでも体が覚えてる。

「あんまり取っ替え引っ替えしてると、ヤバいヤツに引っかかるぞ?」
「わかってるってば」

 もしそんなヤツに引っかかったら、それも全部ミツヤのせいだからな!
 そう思ったら、だんだん腹が立ってきた。そもそも、どうしてミツヤは僕に手を出したりしたんだ。僕みたいな平々凡々の男なんて、ミツヤのセフレにはいなかったじゃん。

(それなのに、あんなにさ……)

 あんなにグチャグチャになるまでヤったり、変に優しかったり、僕がもうダメって言うまで焦らしてきたり……。あんなにされたら、体が疼いて仕方なくなるに決まってる。
 そんな体をどうにかしたくて、誰かに抱いてほしくて恋人になってくれそうな人を探した。「この人だ」と思ってすぐに好きになってシて、でも虚しくて、そうしたらフラれまくって。全部全部ミツヤのせいだ。

(あーっ、もうっ!)

 イライラして目の前のお酒を一気にあおった。

「おい、あんま飲みすぎるなよ? おまえ酒強くねーだろ?」
「うっさいなぁ! 今日はとことん飲むの! だからミツヤも付き合えよな!」
「付き合うのはいいけど……って、おまえ言った先からこぼしてんじゃねぇよ」
「新しいの頼むからいい! あ、おねーさん、カシオレくださーい!」
「カシオレでこんなに酔っ払う奴なんて、女でもいねぇぞ……」

 もうっ、さっきからブツブツとうるさいなぁ。だって甘いお酒しか飲めないんだから、しょうがないじゃん。
 カシオレだって、最初に教えてくれたのはミツヤだ。「カシスオレンジって、なんかアキっぽくねぇ?」って言って飲ませたのもミツヤじゃんか。

「おいアキ、もうやめとけって。それ以上酔っ払ったら帰れなくなるぞ」
「大丈夫だもん。明日も明後日も休みだもん」
「はいはい、大学は休みかもしんねーけど、おまえんち急行で何駅先だと思ってんだよ。帰れなくなるだろ」
「ミツヤんとこ泊まるからいいもん」
「は? 何言ってんだよ。誰が泊めてやるって言ったよ」
「僕が泊めてって言ったら泊めてくれるもん」
「おまえ、何様だよ……」

 ミツヤが呆れた顔をしてる……ような気がする。よく見えないからわかんないけど。

(うーん、おかしいなぁ)

 さっきからテーブルしか見えない。あ、まだ揚げ出し豆腐が残ってる。もったいないから食べちゃおう。

「あんま食うと今度は吐くぞ」
「吐かないもーん。僕、お酒弱くないもーん」
「カシオレ二杯でベロンベロンの奴が何言ってんだ」
「僕、吐いたことないもーん」
「はいはい、もう飲むな。これ以上酔っ払ったら面倒臭ぇだろうが」

 面倒臭いってなんだよ。元はと言えば全部ぜーんぶ、ミツヤが悪いんじゃん。

「おねーさん、勘定お願い!」
「はーい!」

 ねぇちょっと、誰と話してんのさ? また新しいセフレ? 僕と飲んでるのに、何でセフレと話してんの? ねぇ、ねぇったら!

「あー、わかったから、ちょっとおとなしくしてろって。これ、勘定ぴったりなんで」
「お連れさん大丈夫ですかぁ?」
「はい、大丈夫です」
「タクシー呼びますぅ?」
「いや、近いんで……って、寝るな。起きろ。ほら立って」

 グイッと引っ張られて、ぽふんと温かい感触に包まれた。

(……ミツヤの匂いだ)

 そっか、高校のときから香水変わってないんだ。えへへ、僕、この匂い大好き。

「はいはい、そういうこと言わねぇの。ほら、俺んち行くぞ」
「うわーい、ミツヤんちー」
「だからフラフラ歩くなって。ほら、こっち来い」

 またグイッと引っ張られてぽふんとミツヤにぶつかる。坂道だからか足元がフラフラしている気がするけど、ミツヤとくっつけるならフラフラも万歳だ。
 僕は実家から大学に通ってるけど、ミツヤはお姉さんが住んでるマンションから通うほうが近いからって、お姉さんと二人暮らしをしていた。坂の上にあるお洒落なマンションで、親戚の持ち物らしく賃貸じゃないらしい。
 ……なんていう話を卒業式の数日後に聞いただけで、部屋に行ったことはない。だから今日が初めて行く日だ。

「ふへへ、ミツヤんちって初めてー」
「はいはい、真っ直ぐ歩けよ。……あぁ、姉貴? 今夜遅い? ……あー、いやそうじゃなくて、アキのこと覚えてる? そう、そのアキ。で、アキが酔っ払って帰れなくなったから泊めることになった。……はいはい、ちゃんと戸締りしとくから。じゃあ」

 あれ? いつの間に電話したの? ねぇ、誰に電話してんの?

「おいこら靴は脱げ。ここは欧米じゃねぇぞ」
「んー? あれぇ、ここって」
「俺んちだよ。ほら座ってろ、水持ってくるから」

 うひゃー、キレイな部屋だなぁ。話には聞いてたけど想像してたよりもずっと広い。ドラマに出てきそうだなぁなんてキョロキョロしながら床にぺたりと座ったら、これまたお洒落なテーブルの上に何冊も雑誌が置いてあるのが目に入った。

「ぶはっ。なにこれ、ファッション誌ばっかじゃん。しかも女の人のばっかり」
「姉貴のだよ。つーか、ゴソゴソしてねぇで水飲め」
「んー……あれ? 何か冷たい?」
「どうして口を開けないでコップを傾けるかな……」
「あれれ?」
「あーもういいから。おまえはとんでもない酔っ払いだ。ったく、ほらタオル……って、何脱いでんだよ」
「だってぇ、水冷たいし、濡れて気持ち悪い」
「だからって脱ぐな。あー、待て待て、脱ぐなら上だけ、下はいいから!」
「やーだー、全部脱ぐー。お風呂入って寝るー」
「こんだけ酔っ払ってんだから風呂はやめとけ。って、おいこら待て!」

 もう、ミツヤったらうるさいなぁ。僕がお風呂入らないと寝られないの知ってるくせに。たしかにお酒は飲んだけど、お風呂くらい平気だって。

「うひょう! お風呂ひろーい」
「ひろーい、じゃねーよ。って、入るならパンツも脱げって!」
「やだー、パンツ引っ張らないでってばぁ。や、お尻見えちゃうってばぁ」
「風呂に入るのか入らないのか、どっちだよ……」
「んー? お風呂入るよー? あはは、パンツ半分脱げたー」
「ちょ、アキ、危ねぇって、」
「やだー、ミツヤのえっちー。パンツ脱がせるとか、えっちだー」

 ミツヤにパンツを取られてしまったけど、お風呂に入るんだし、まぁいっか。

「……そういうこと言って、どうなるかわかってんだろうなぁ?」

 うん? ミツヤが怖い顔で笑ってるけど、どうしたんだろう?
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