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Chapter02 色付く世界

Dream 029

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 マップを確認するとここは《エンガル中央広場》というらしかった。
 広場を抜けるとそこはもう迷路のような街並み。赤煉瓦造りの美しい家々が建ち並んだ、まるで異国のような空間。
 整備された水路と、往来する小舟があげる水飛沫が頬にかかる。
 耳を澄ますと微かにバックグラウンドミュージックが聞こえた。
 トランペット、軽やかなパーカッション。まさしく『始まり』のような音楽。
 遠くに見えるのはまるで『世界樹』と呼ばれるような大樹。
 しかしその世界樹は緑に溢れてなどいない、ただの枯れ果てた古木。威厳と荘厳さは感じられるが……何かが足りない。
 私はそんな街並みを、ただひたすらに駆け抜けた。

「ちょいと、お嬢さん!」

 他のプレイヤーが見えなくなったところで、おじいさんに話しかけられた。一体なんだろう。

「なんでしょうか?」

「お嬢さん……クレリックだろ? ちょっと私の孫の容態を見てくれないか」

 私の何を見てクレリックだと判断したのかはわからないが、恐らくこのお爺さんはNPC。この入り組んだ路地裏をクレリックである私が通ったことにより生じたイベント。スルーするわけにはいかない。
 そういえばNPCかプレイヤーかは照準ターゲットのマークでわかるんだっけ。そうだ、NPCの場合は黄色いマーク、プレイヤーの場合は青いマークだった。
 確認すると、やっぱり目の前のお爺さんは黄色い円形のカーソルが頭上に表示された。
 それはいいとして──

「孫の容態? お孫さんが病気なんですか?」

 もしも病気というのが単純なHPの減少だったら、天使の歌声を使えばいい。だけどそんな単純なものではないはずだ。クレリック以外にもHP回復系のスキルを使える職業はあるだろうし。

「いや、これは『呪い』の類だと思うんだけどねえ……」

「呪い?」

「クレリックなのに呪いを知らないのかい?」

「あー、確かデバフ? の一種ですよね」

 なんだか知らないとダメっぽかったので、なんとか気合いで思い出した。
 確か呪いにも種類があるんだっけ……? てっきりプレイヤーにしかかからないものだと思ってたけど……NPCにもデバフってかかるものなんだ。
 
「ああ。基本的な呪いは5種類ある。そのどれかを見破るにはクレリックやパラディンが持っているスキル『聖職者の心眼』が必要なのだ……」

「え……」

 焦る。聖職者の心眼なんてスキル、取得してない……そういえばスキルを使用するにはスキルスロットにスキルを入れておかないといけないんだっけ。
 もうダメかもしれないけど……確認だけでもしてみよう。

「どうしたんだい?」

 私があたふたしているのを感じ取ったのか、少し眉を顰めているお爺さん。

「ちょっと待っててください……」

 えーと、メニューウィンドウからスキルを開いて……そこからスキルスロット……これだ。
 スキルスロットをタップしたところで、私が今取得していて、スキルスロットに入れることができるアクティブスキルの一覧が表示された。
 そこにはなんと取得した記憶のない『聖職者の心眼』が存在し、私は思わず「嘘!」と叫んでしまった。さらには『聖職者の祈り』というスキルまであった。
 説明を読むと、聖職者の心眼は呪いの効果が分かるというスキル。聖職者の祈りは効果の分かった呪いを解除できるというスキル。つまり聖職者の心眼を使った後に聖職者の祈りを使うということらしい。

「何が嘘なんだね?」

「あっいや……なんでもないです。聖職者の心眼……わかりました。お孫さんを見せてください」

 おそらくこのスキルは職業ジョブ由来のもの。クレリックなら最初から確定で取得済みとなっているスキル……なはず。
 私は案内されるがままお爺さんについて行き、家の中へと入った。
 内部は実に質素な造りで、キッチン、テーブル、椅子、そして男の子が寝ているベットしかなかった。
 そのまま男の子の元まで歩みを進め杖を振り、スキル『聖職者の心眼』を発動させる。

 それにより私の目の前には『生命力の呪い』と書かれたウィンドウが表示された。
 それを更にタップすると、『生命力の呪い(小)──HPの最大値が30%減少。HP自然回復不可』という説明が表示された。
 なるほど。NPCのHPを見ることはできないが、この男の子は瀕死の状態というわけね。
 よーし、次は呪いのデバフを無効化できるというスキル『聖職者の祈り』を使って……
 聖職者の祈りの発動条件は、杖を掲げ5秒静止すること。この5秒は言わば『CNT詠唱時間』というらしい。
 
「はい。とりあえず呪いは解きました!」

「おお……! 本当かね!」

 私の言葉にお爺さんは孫だという男の子の元まで駆け寄った。だが男の子は少しは顔色が良くなったもののぐったりしたまま。
 やはりHPの自然回復だけではまだ元気になるには足りないか。ってことで、

「次はHPを回復させます」

 今度はスキル『天使の歌声』を男の子を対象に発動。
 天使の歌声はHPを僅かしか回復させることができないが、HPの最大値が低いであろう男の子が元気になるHPまで回復するには十分だったようで、男の子はパッチリと目を覚ました。

「おお……目を覚ましたのか……! あなたにはなんとお礼を言ったらいいか……」

 元気になった男の子を見て、感激からか声を震わしているお爺さん。
 やだなあそんなに感激しなくても。ちょっと照れちゃうな。

「いえいえ、お役に立てたようでよかったです!」

 丁寧に頭を下げるお爺さん。私はすっかり気分が良くなったところで、踵を返そうとした。だが。

「ちょっと待ってくれ。よかったらこれを使っておくれ」

 そう言ってお爺さんがどこからか取り出したのは、銀色のシンプルだが美しい錫杖しゃくじょう

「いいんですか? 大したことしてないのに…」

「当家に代々伝わる物ですが……私が持っていても使うことがないのでね……あなたに使ってもらった方がその杖も喜ぶでしょう」

「そうですか。では有り難く頂戴します」

 なんだか気が引ける部分もあったが、私はその錫杖を貰い受け、再びエンガルの街並みに足を踏み入れた。
 それにしても……

「あれが本当にAIだというの?」

 先ほどからずっと疑問に思っていたこと。その呟きはエンガルのBGMに溶け込んで──消えた。


後書き

『聖職者の心眼…対象にかけられた呪いの効果が分かる CT5s MP5』
『聖職者の祈り…効果の判明した呪いを解呪することができる。CT5s MP30 CNT5s』

それぞれの職業には取得せずとも最初から取得済みとなっているスキルが存在します。上記2つはクレリック、パラディン、またはその上位職専用スキルです。
CNTは詠唱時間…chant timeの略です。

呪いについて。
呪いには種類が存在し、『生命力の呪い』『精神力の呪い』『攻撃力の呪い』『魔法攻撃力の呪い』『防御力の呪い』の5つが基本的な呪いとして存在します。
その他にも厄介な呪いは存在しますが…それはまた後ほど。
NPCの呪いは聖職者の心眼など鑑定系のスキルを通さないと判明しないです。しかしプレイヤーならどの呪いにかかったかはステータスを見れば分かります。

ローレンティアが最後に貰った杖について。
『ガルー家秘伝の杖 E
 MATK + 85
 HP + 22
 MP + 15
 INT + 10
 DEX + 8
 AGI + 5』

名前の横のEはその武器のレア度です。
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