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第30話 大どろぼうの正体
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3日後、鬼山と田抜が逮捕された。
罪状は、贈収賄と死体遺棄容疑だけだった。
殺されたと思っていた木津根は、本当に酒に酔って3階の踊り場から転落したらしい。打ち所も悪かったという。
誘拐の罪には問われなかった。
殺されかかった翔太としては納得がいかなかったけど、仕方がない。
警察が、鬼山の邸にふみこんだ時には、翔太たちは空の上にいたのだから。
届けようにも、話せないことが多すぎた。
誘拐された子ども、というレッテルも迷惑だ。
美月も、何事もなかったかのように登校している。
土地開発公社の理事、大和機工の役員などが収賄、背任などで逮捕。
鬼山に買収されていた警察関係者に加え、公社の職員をおどしていた暴力団からも逮捕者を出して、事件は終息に向かっていた。
◇
「元気そうだね」
神社の石段の陽だまりに座りこみ、気持ちよさそうに眠るペケをだき、ほんのりと霞んだ空を見あげていると、だれかが声をかけてきた。
細野刑事だった。
しゃれたスーツに身を包み、石段をおりてくる。
手にしていたスコップを置き、立ちあがってあいさつしようとする翔太に、座るよう手で合図しながら、となりに腰かける。
「タバコを吸ってもいいかな?」
「――ええ」
「ひとつ聞きたいと思ってたんだ」
ポケットから箱を取り出し、上の方を軽くたたくとタバコが飛び出してきた。
「きみは将来、何になりたいのかな?」
細野刑事の質問は、翔太が予想していたものとあまりにかけ離れていたので、返事ができなかった。
「警察官に向いているとは思わないかい?」
「はあ……」
刑事の真意がわからず、あいまいに答える。
「――もしくは、大泥棒」
そこまで言って、笑いだした。
「空飛ぶ大泥棒が、子どもだと知ったら、マスコミは喜ぶだろうな」
翔太は、おどろいて細野刑事を見た。
「大泥棒は大人ですよ。背の高い……」
「あいつは、ただのコソ泥だよ。かんじんなものは何ひとつ盗んでいない」
細野刑事は、そう言ってタバコをくわえ、
「これは、警察関係者しか知らないことなんだが」と言いながら、風をさけるように手をそえ、ライターで火をつけた。煙は翔太と反対側に流れていく。
「鬼山から念書を奪ったのも、そいつを検察に送ってけりをつけたのも、子どもだったんだ。ちょうど、きみぐらいのね」
刑事は、目だけで笑って見せた。
「――証拠があるんですか?」
「念書と猟銃に残っている指紋が一致……猟銃をつかんだ指と指の間隔を見ればわかる。子どもの手だ――発表はしないよ。子どもにふり回されたなんて知れたら、警察の信用は地に落ちてしまう」
「そんなことまで話していいんですか?」
刑事はタバコをくわえたまま、空を見あげる。
「いくら鬼山が悪人だといっても、泥棒は犯罪なんだよ。ところが、マスコミときたら、ぬぎ捨てられた蛍光塗料のついたマントを『大泥棒の足あと』と呼んでみたり――まるで英雄あつかいだ。これでは、また、その子どもが義賊を気どって犯罪をおかしてしまう」
「警察は、人間が空を飛ぶなんて、信じていなかったんじゃないですか?」
「想像力の無い、ぼんくらばかりだからね」
「そんなこと言ってると、またどこかに左遷……配置換えされますよ」
細野刑事は苦笑する。
「あの日は、直前に予告があって、県警あげて人員を投入していたんだ。もし、霧がなかったらドローンもヘリコプターも飛んでいた。運がよかったんだよ」
「――だいじょうぶですよ。空を飛べなきゃ、ただの子どもですから」
「神通力はうせた……か」
「シンデレラと同じで、時間が来ると、元にもどってしまうようですね。残念ながら」
「安心したよ。『がん坊伝説』のような終わり方はごめんだからね――問題は、その神通力のもとなんだが……」
そう言って、宝蔵のほうをふり返った。
「だれかが引きぬいて、焼き捨てたんでしょう。伝説通り」
「それならいいんだ」
細野刑事は、翔太の炭でよごれた手とスニーカーに目をやって、ゆっくりと立ちあがった。
「北原くんだったね。美月が、近いうちに友達を呼んで、お茶会を開きたいといっているんだ。迷惑でなかったら、来てやってほしいんだが」
「あっ……はい!」
翔太は、ペケをだいたまま、あわてて立ちあがる。
来てやって、という言葉に引っかかった。
「刑事も、いらっしゃるんですか?」
聞き過ぎたと思ったが、もうおそい。
細野刑事が、にやりと笑う。
「……どうやら、君には、ずいぶんいろいろとしゃべっているようだな――ちょっかいを出していた暴力団の構成員が捕まったことで、妻の実家の態度も軟化してね」
思わず、自分の着ている服や炭でよごれたスニーカーに目をやる。
それに気づいた細野刑事は、笑いをこらえるように続ける。
「お茶会は、うちでやる。安マンションの方だ」
「あっ……はい!」
石段をおりる細野刑事は、明らかに左足をかばっていた。
人に言えないケガだ。
「あの夜、なぜ、ここにいたんですか?」
翔太の質問に足を止め、ふり返ることなく携帯用のケースにタバコを放りこむ。
「ピアノのレッスンでおそくなる日だったからね」
離婚はしても、見守っていたらしい。
いや、きっと、会う約束をしていたのだ。
「待っていたら、目の前に木津根の家があった?」
思わず、口をついて出た。
「やっぱり君は刑事向きだ」
本気で言っているのだろうか。
翔太の問いに答えるでもなく、細野刑事が、ゆっくりとふり返った。
「ああ、そうだ。ひとつ言い忘れていた」
人が変わったようにきびしい目で続ける。
「美月を二度と、夜中に連れ出すんじゃないぞ。どんな理由があるにせよ、だ!」
「その時は……不当逮捕も辞さない、ですか?」
わかってるじゃないかと、ばかりに、にやりと笑う。
「美月だけは、盗ませないからな――小さな大泥棒くん」
罪状は、贈収賄と死体遺棄容疑だけだった。
殺されたと思っていた木津根は、本当に酒に酔って3階の踊り場から転落したらしい。打ち所も悪かったという。
誘拐の罪には問われなかった。
殺されかかった翔太としては納得がいかなかったけど、仕方がない。
警察が、鬼山の邸にふみこんだ時には、翔太たちは空の上にいたのだから。
届けようにも、話せないことが多すぎた。
誘拐された子ども、というレッテルも迷惑だ。
美月も、何事もなかったかのように登校している。
土地開発公社の理事、大和機工の役員などが収賄、背任などで逮捕。
鬼山に買収されていた警察関係者に加え、公社の職員をおどしていた暴力団からも逮捕者を出して、事件は終息に向かっていた。
◇
「元気そうだね」
神社の石段の陽だまりに座りこみ、気持ちよさそうに眠るペケをだき、ほんのりと霞んだ空を見あげていると、だれかが声をかけてきた。
細野刑事だった。
しゃれたスーツに身を包み、石段をおりてくる。
手にしていたスコップを置き、立ちあがってあいさつしようとする翔太に、座るよう手で合図しながら、となりに腰かける。
「タバコを吸ってもいいかな?」
「――ええ」
「ひとつ聞きたいと思ってたんだ」
ポケットから箱を取り出し、上の方を軽くたたくとタバコが飛び出してきた。
「きみは将来、何になりたいのかな?」
細野刑事の質問は、翔太が予想していたものとあまりにかけ離れていたので、返事ができなかった。
「警察官に向いているとは思わないかい?」
「はあ……」
刑事の真意がわからず、あいまいに答える。
「――もしくは、大泥棒」
そこまで言って、笑いだした。
「空飛ぶ大泥棒が、子どもだと知ったら、マスコミは喜ぶだろうな」
翔太は、おどろいて細野刑事を見た。
「大泥棒は大人ですよ。背の高い……」
「あいつは、ただのコソ泥だよ。かんじんなものは何ひとつ盗んでいない」
細野刑事は、そう言ってタバコをくわえ、
「これは、警察関係者しか知らないことなんだが」と言いながら、風をさけるように手をそえ、ライターで火をつけた。煙は翔太と反対側に流れていく。
「鬼山から念書を奪ったのも、そいつを検察に送ってけりをつけたのも、子どもだったんだ。ちょうど、きみぐらいのね」
刑事は、目だけで笑って見せた。
「――証拠があるんですか?」
「念書と猟銃に残っている指紋が一致……猟銃をつかんだ指と指の間隔を見ればわかる。子どもの手だ――発表はしないよ。子どもにふり回されたなんて知れたら、警察の信用は地に落ちてしまう」
「そんなことまで話していいんですか?」
刑事はタバコをくわえたまま、空を見あげる。
「いくら鬼山が悪人だといっても、泥棒は犯罪なんだよ。ところが、マスコミときたら、ぬぎ捨てられた蛍光塗料のついたマントを『大泥棒の足あと』と呼んでみたり――まるで英雄あつかいだ。これでは、また、その子どもが義賊を気どって犯罪をおかしてしまう」
「警察は、人間が空を飛ぶなんて、信じていなかったんじゃないですか?」
「想像力の無い、ぼんくらばかりだからね」
「そんなこと言ってると、またどこかに左遷……配置換えされますよ」
細野刑事は苦笑する。
「あの日は、直前に予告があって、県警あげて人員を投入していたんだ。もし、霧がなかったらドローンもヘリコプターも飛んでいた。運がよかったんだよ」
「――だいじょうぶですよ。空を飛べなきゃ、ただの子どもですから」
「神通力はうせた……か」
「シンデレラと同じで、時間が来ると、元にもどってしまうようですね。残念ながら」
「安心したよ。『がん坊伝説』のような終わり方はごめんだからね――問題は、その神通力のもとなんだが……」
そう言って、宝蔵のほうをふり返った。
「だれかが引きぬいて、焼き捨てたんでしょう。伝説通り」
「それならいいんだ」
細野刑事は、翔太の炭でよごれた手とスニーカーに目をやって、ゆっくりと立ちあがった。
「北原くんだったね。美月が、近いうちに友達を呼んで、お茶会を開きたいといっているんだ。迷惑でなかったら、来てやってほしいんだが」
「あっ……はい!」
翔太は、ペケをだいたまま、あわてて立ちあがる。
来てやって、という言葉に引っかかった。
「刑事も、いらっしゃるんですか?」
聞き過ぎたと思ったが、もうおそい。
細野刑事が、にやりと笑う。
「……どうやら、君には、ずいぶんいろいろとしゃべっているようだな――ちょっかいを出していた暴力団の構成員が捕まったことで、妻の実家の態度も軟化してね」
思わず、自分の着ている服や炭でよごれたスニーカーに目をやる。
それに気づいた細野刑事は、笑いをこらえるように続ける。
「お茶会は、うちでやる。安マンションの方だ」
「あっ……はい!」
石段をおりる細野刑事は、明らかに左足をかばっていた。
人に言えないケガだ。
「あの夜、なぜ、ここにいたんですか?」
翔太の質問に足を止め、ふり返ることなく携帯用のケースにタバコを放りこむ。
「ピアノのレッスンでおそくなる日だったからね」
離婚はしても、見守っていたらしい。
いや、きっと、会う約束をしていたのだ。
「待っていたら、目の前に木津根の家があった?」
思わず、口をついて出た。
「やっぱり君は刑事向きだ」
本気で言っているのだろうか。
翔太の問いに答えるでもなく、細野刑事が、ゆっくりとふり返った。
「ああ、そうだ。ひとつ言い忘れていた」
人が変わったようにきびしい目で続ける。
「美月を二度と、夜中に連れ出すんじゃないぞ。どんな理由があるにせよ、だ!」
「その時は……不当逮捕も辞さない、ですか?」
わかってるじゃないかと、ばかりに、にやりと笑う。
「美月だけは、盗ませないからな――小さな大泥棒くん」
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