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第26話 忠犬ペケ
しおりを挟むそういえば、翔太がここに放りこまれた後、何かが投げこまれた。
あれは、マットでぐるぐる巻きにされた、ペケだったのだ。
☆
翔太は強化ガラスにはね返され、田抜に殴られ、逃げ場を失っていた。
それでも、あきらめてはいなかった。
階段をあがったところにある裏庭側の小さな窓が開いていたからだ。
小がらな翔太でさえ、くぐりぬけることができないほどの通気用の小窓だ。
だからこそ、鬼山も、安心して自動開錠装置をつけなかったのだろう。
チャンスは一度だけだ。
翔太は、くちびるについた血をハンカチでぬぐうと、片ひざをついたままペケをだきあげる。
そのハンカチを、鬼山たちの死角になるこちら側から、首輪のすき間にすべりこませた。
逃げることをあきらめたとわかるよう、棒立ちになって見せた。
それでも、田抜は慎重だった。
ゴルフクラブを手にゆっくりと近づいてきた。
翔太は、その間をつき、目の覚めるような速さで、開いた小窓めがけてペケを投げつけたのだ。
不安定な木の枝からと違い、今度はうまくいった。
ペケの体は小窓をすりぬけ飛んで行った。
これが映画に出てくる名犬なら、家族どころか警察まで引き連れてくるだろう。
そこまではいかなくても、お父さんかお母さんが、首輪にはさんだ血のついたハンカチに気がついてさえくれればチャンスはあった。
ペケが、ここまで案内してくれるはずだ、と。
ペケは、翔太に似て結構素早い。
一度、外に出たペケが、鬼山たちに捕まるとは思えなかった。
ということは、ペケはペケなりに忠犬ぶりを発揮したのだ。
主人を置いて、自分だけが逃げるわけにはいきませんと。
☆
美月は、話を聞いて笑い出した。
「飼い主に似るって本当なのね」
「……あきれるよなあ。ほんと、間がぬけてて」
ペケが、その言葉を理解したかのように小さく、くぅーんと鳴く。
「そうじゃないの。責任感があるなって。さすが、班長の飼い犬ってこと――本当よ」
「班長たって、クラス委員の蓮が忙しいから決まったようなもんさ。おれ、わがままで責任感ないから」
「でも、わたしを助けに来てくれたのは、蓮くんじゃなく、翔太くんだった」
「迷いこんだってほうが正しいけどな」
正直に答えた。
「何とかしようと、行動したからでしょ?――みんな見てるんだと思うな。翔太くんのそういうとこ」
これだけ、おだてられれば、苦笑するほかない。
「ほどほどにしとけよ岩崎。男をおだてまくってると『魔性の女』って、あだ名がつくぞ」
「もし、わたしに、そういうあだ名がついたら、犯人は翔太くんってことね」
「……十中八九」
おたがいの表情もはっきりしない常夜灯の下、顔を見合わせ、こらえきれず、同時にふきだした。
☆
照明を全灯にした部屋から、美月が心配そうに見つめている。
翔太は地下室の梁の上にいた。
天井裏を長々と走っている電気コードを固定している留め金を、工具で引きぬく。そして、コードをカットする。
ゴム手袋をしていて正解だった。
芯の銅線がばらついて火花が散った。
U字に折り返せば、コードは入口ドアまで届く。
床に落とすと、「どうするつもり?」と不安げにたずねてくる。
「鬼山か田抜、どちらかが、一度はドアを開けてここに入ってくる」
「だめよ、それは」
声がふるえていた。
「それって、壁の中にあるコードでしょ? 以前、暴力団のリンチで使われたことがあるのよ。死にたくなかったら、絶対さわるなって、お父さんが……」
確かに、部屋の中で使う、電気製品や延長コードに比べ太さがちがう。
だが、ほかに方法はなかった。
鬼山や田抜が、いつ入ってくるかわからないのだ。
長々と口論しているひまはない。
隠しておきたかったが、仲間割れするよりいいだろう。
ひざのふるえを抑えながら、ビニールシートでおおったものを指さした。
「この部屋に、もう一人転がっている」
とまどいながらも、美月は、たずねてきた。
「それって……」
「死体だよ」
「――うそ」
やはり、信じたくないようだ。
「あんな姿には、なりたくないだろ?」
「……でも、だれの?」
「木津根だろ。昨日の夜から鬼山といっしょに行動しているはずなのに、一度も姿を見せてない……しかも、鬼山は、木津根のことを過去形で話していた」
「本当に? 事故ってこともあるんじゃない?」
「そうかもしれない……だけど、おれたちは別だ。おれたちが生きて帰れば、鬼山たちの誘拐、監禁がばれる。公団の汚職や念書が本当だってことも、この耳で……」
最後まで言い終えることができなかった。
ドアのノブが音をたてたのだ。
小さくハンドルが動き、ガチャガチャと音をたてる。
不慣れな人間が、開けようと試みているように見える。
助けにやってきたなら、ドアをたたき、声をかけるだろう。
鬼山なら、こんなにもたもたしないだろう。
ペケを胸に、おびえる美月のそばにとびおり、入口から死角になる部屋のすみに押しこむ。
もうひととびして、階段上のドア前に到着。
照明のスイッチを切り、急ぎとびおり、階段下の壁ぎわに身をひそめる。
ぎりぎりのタイミングだった。
重そうなドアの開く音とともに、わずかな光が階段と部屋の一部を照らしだした。
カギをぬく音がして、照明のスイッチが入る。
長イスに転がしていたはずの美月の姿が見えないことに気がついたのだろう。
足音をひびかせ、あわてて階段をおりてきた。
翔太は、その男の足をねらってコードを押しつけた。
バチッっという音とともに火花が散って、男はその場にくずれ落ちた。
受け身ひとつ取らず。
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◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
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