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第17話 誘拐
しおりを挟むペケは、翔太の腕の中で、ちんまりと丸まり、すやすやと眠っている。
あれほど興奮してほえまくったのだ。
さすがに疲れたのだろう。
翔太は、刑事部の向かい側にある会議室に座らされていた。
現場検証のあと、ここに連れてこられたのだ。
警察の担当責任者は、翔太の主張する「大泥棒の仲間による誘拐」を信じなかった。
けがをした娘を親が病院に運んだだけではないか、と口にした。
しかも、翔太は、悪い意味で顔が知られていた。
少年少女探偵団として、テレビに出演していたことを覚えていた刑事がいたのだ。
そのため、警察は、いっそう聞く耳を持たなかった。
やむなく、翔太はうそをまじえた。
「大泥棒の姿を間近で撮影したカメラを、あの子が、岩崎美月が持っているはずです」と。
あっという間に態度が変わった。
色めきたったと、いってもいい。
それからの、警察の対応は早かった。
交通部に加え、部署の違う生活安全部の人員を、美月捜索のために投入してくれたのだ。
それでようやく、腕の震えが止まった。
あのままだったら、泣き出していたかもしれない。
だが、美月の両親に、なんといえばいいだろう。謝ればいいだろう。
美月を、つき合わせたことを心から後悔した。
目の前では、翔太の両親がむかえに来るまでの、守り役をまかされた警察官が机につっぷし、ぼやいている。
「頭が固いんだから。年寄りは」
「急発進した車。盗聴受信機をのせていたんじゃないですか」と、公園前の現場で口にした若い警察官だ。
この推論も、あの責任者に一蹴された。
「普通の車とは違ったってことですよね?」と聞いてみる。
なんでもいいから情報が、欲しかった。
「君の見た車には、犯人の逃走を助けるために、警察の動きを傍受する受信機がのせられていたんじゃないか、ってことだよ。結構簡単に手に入るんだ、これが――そこに、犯人……主犯の写真をカメラにおさめた女の子が現れた――そりゃあ、さらわれるよね。ひょっとしたら、その車も撮られたのかな?……さすがに、そりゃあないか」と、笑う。
翔太も、警察24時を見て、そういった受信機があることは知っていた。
だから、この警察官の推論は当たっていると思う。
ただし、後半に関しては違う。
美月が空を飛んでいたのを目撃したから、が正解だろう。
翔太のいる会議室のドアは内側に開いたままになっている。
向かい側にある刑事部は人の出入りが多く、ときおり怒号のような声ももれてくる。
廊下からも、「O型です」「靴」「女の子」「一致」「スマホ」という言葉が、とぎれとぎれに聞こえてきた。
声の主は二人。
こちらをのぞき、なんだ、子どもかとばかりに興味を失い、刑事部に入っていく。
靴についていた血は、美月の血液型と同じらしい。
刑事ドラマ好きの翔太は、血液型のDNA鑑定で個人を特定できることも知っているが、それには時間がかかるだろう。
スマホは、城ケ丘公園で見つかったようだ。
翔太を助けるために、飛ぶために、身を軽くしたのだろう。
ただ、これで、位置情報で場所を特定することもできなくなった。
警察署のトイレからもどる途中、鬼山邸の警備にあたっていたらしい警察官たちの会話が耳に入ってきた。
大泥棒が聞いたらどんなに喜ぶだろう。
警察官たちは、気球からたらされたロープにつかまっていたのだ。いや、クレーン車を使ったのではないかと、あいかわらず、見当違いの言い争いをしていたのだ。
気球やクレーン車を探すぐらいなら、城山町の住人全員の体重測定でもしたほうが早いというのに。
この調子では、いつまでたっても捕まえることはできないだろう。
病院をあたっても、女の子が運びこまれたという情報が得られないのだろう。
警察にもあせりの色が見え始める。
ケガをしたまま放置されたとすれば命にかかわる。
――警察は間違っている。
ただの事故のはずがない。
疲れたのだろう。
腕を組んで、うとうとし始めた若い警察官に声をかけた。
「美月の……女の子の靴についていた血……あれって本当に女の子の血なんでしょうか?」
「そりゃあ、そうだろう」と、口にして、
「ああ、いや、わからないけどね」と、あわてて訂正した。
翔太も、最初は美月のものだと考えた。
だが、道路に落ちた翔太は、かすり傷ひとつしていないのだ。
急ブレーキの音や、ぶつかった音も聞いていない。
それでは、なぜ美月の靴に血のあとがついていたのか?
――翔太の考えは、こうだ。
警察無線の盗聴器を車に乗せて、警察の動向を探っていた大泥棒の仲間の前に、女の子が空を飛んできたのだ。
やつらは、あわてただろう。
大泥棒が、逮捕もされず、逃げ切っている一番の理由。
それは、『人間が空を飛べるはずがない』という警察の思いこみをついてのことだ。
空を飛ぶ人間の存在が、警察に知られたら話は変わってくる。
警備体制も捜査の優先順位も変わるだろう。
神社の赤い実が、すべての始まりだとわかれば、犯人にたどりつくかもしれない。
だから、美月を誘拐しようとしたのだ。
それを阻止しようと、ペケが犯人にかみついたのだ。
そう考えれば、ペケの口についた血の説明もつく。
つまり、あの血は美月のものではない。
大泥棒の仲間のものだ。
防犯カメラの画像が決め手となるだろう。
多家神社の宝物殿横から飛び立った背の高い男を見つければ良いのだ。
だが、翔太の見た限り、境内にある防犯カメラは拝殿の賽銭箱の上のひとつだけだった。
神社は小高い丘の上だ。
道路や住宅地に囲まれて、どこからでも侵入できる。
それでも、神社の周りには、いくつかの防犯カメラがあるだろう。どこかに映っているはずだ。
「防犯カメラって、町の中にどれぐらいあるんですか?」
若い警察官は、にやりと笑う。
「それは言えない……まあ、自宅用やドライブレコーダーが増えてるから、わからないって、いうべきかな」
「ぼくも、あの車に犯人の仲間が乗っていたんじゃないかと思います。警察無線の盗聴をしていたんなら、そこから調べられるんじゃないですか?」
警察官は、翔太の追従に苦笑する。
「おだてたってダメだよ。正確に言うと盗聴はできないんだ。今は、デジタル化されているからね……とはいえ、割り当て周波数からパトカーや検問などを知ることはできる……女性の声で警告してくれる、お手軽な受信機でね」
やはり、大泥棒には仲間がいるのだろう。
それなら、よけいに急がなければならない。
一番の問題は、あの責任者だ。
あれでは、犯人までたどり着けるとは思えなかった。
なんとか、捜査方針を変えさせなければならない。
空を飛ぶところを見せればどうだろう。
警察は、それを前提に事件を組み立ててくれるだろうか。
――いや、大騒ぎになるだけだ。
翔太が大泥棒の仲間だと決めつけて、尋問や赤い実の捜索に時間を割くだけ割いて、捜査は進まないだろう。
美月の捜索が、後回しにされるだろう。
考えろ。考えろ。
自分が一番近くにいたのだ。
――そうだ、カメラがある。
警察には、美月を探してもらうために、美月が持っているとうそをついたが、カメラは、城ケ丘公園の下に落ちているはずだ。
あわててシャッターを切ったので、大泥棒までの距離が遠かった。
ストロボを自動にすると5m。
あの時はもっと離れていた……光量が不足しているだろう。
だが、最近のカメラは高画質だ。拡大にもたえられる。
そこに映っているのが、翔太のよく知る人物か鬼山の知人なら、事件は、あっというまに解決するだろう。
ロープや縄ばしごにつかまっていないこともわかる。
だが、あの責任者は、考え方が極端だった。
聞いたとたん、カメラを探すことに全力を注ぐに違いない。
美月捜索の人員をけずってでも。
――そうだ。翔太がやるべきことは、ここで待っていることではない。
一刻も早く、カメラを見つけることだ。
カメラぐらい、自分一人でも探すことができる。
「もう一度、トイレに行ってきます」
うとうとしている、若い警察官に声をかけた。
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