42 / 62
第五話 春~片桐遥香と相葉歩幸の場合~
春⑦
しおりを挟む
クレープ屋さんはいつも通りそこそこ並んでいた。
先に食べる場所を確保しとけと相葉に言われて、今は公園のベンチに腰掛けている状態。
ちなみに味は、相葉が適当に選んでくれるそうな。
いったいなにを選んでくるのか。実は少しワクワクしていたりする。
周囲では子供たちが砂遊びをして遊んでいる。
小さかった砂の丘が段々と砂の山になっていく様子をなんの気なしに見ていると、おい、と声をかけられた。
顔を上げると、二つのクレープを持った相葉がいた。
「ん」
「あ、ありがとう」
相葉から受け取ったクレープからは、少し芳ばしい香りがする。
「これは、なに?」
「カプチーノナッツクリーム、だったはず。お前、よくブラックコーヒーかカプチーノ頼むだろ? だから、これとか好きそうだなと思って」
一口かじってみる。
カプチーノの味の冷たいアイスと、砕いたナッツの欠片が入った滑らかなクリームが混ざり合う。
先に来る苦さと、あとから来る優しい甘さがとてもいい。
「美味しい……。ありがとう」
見上げて微笑むと、目をそらされる。
「ちょっと、なんでそらしたの」
「別になんでもいいだろ」
「よくない。というか、相葉はなにを買ったの?」
「チョコバナナカスタード。……おい、なんで笑うんだよ」
「わ、笑ってなんか、ふふ、ない、よ?」
「笑ってんじゃねーか!」
バナナと相葉。
とてもお似合いだから、しょうがないでしょ。なんて言ったらきっと怒りだすので黙っておく。
そのあとも他愛のない会話が続き、気がつけば私たちはクレープを食べ終えていた。
「園田さんに明日会ったら、お礼言わないと」
「だな」
呟くように言って、そういえば園田さんの告白に対する相葉の返事を聞いていないことに気がつく。
園田さんの言葉通りなら、相葉は彼女を振ったのだろう。
「相葉はさ」
「ん?」
相葉がこちらを見るのを感じながら、私は手の中にある折りたたんだクレープの包み紙を見つめる。
「園田さんと付き合おうとか、そういうのはチラッとでも考えたりしなかったの?」
「……」
沈黙。
恐る恐る視線を相葉へ向けると、私と同じように手元に残っている包み紙を見ている。
不意に相葉の口が動く。
「園田のこと、そういう風に見れないし」
「どうして? 園田さん、性格はともかく、可愛いし、頭もいいし、きっと教え方も私より――」
「俺は片桐がいい」
思わず言い募る私の言葉を遮るように、相葉が言葉を発する。
その声はとても真面目な響きで、私の胸に音を立ててそわそわとしたなにかを積もらせる。
「え、それって……」
「あ! あーっと、アレだ。勉強教わるのなら、片桐のほうがいいってこと!」
「あ、ああ、そういう……」
期待して損した。……何を期待してるの、私。
どうせ、相葉はそんな風には私のことを見ていない。
さっきよりも頭が重くなった気がして、深く俯いてしまう。
「なんでしょげるんだよ」
「しょげてない」
唇を尖らせて答える。
「しょげてんじゃん」
「……しょげてたとしても、相葉には関係あるけどないもん」
ああ、絶対今の私、めんどくさい。
「どっちだよ」
「どっちでもいいでしょ」
そのまま、再び沈黙が落ちる。
しばらくして、ズシッと重みのあるものが私の頭に乗った。
この重さを知っている。
そのままそれは、少し乱暴とも言える動きで髪の毛を乱すように私の頭を撫でていく。
「ちょっ、相葉――」
「俺は……」
静かな声。私は口を閉じて続きを待つ。
「俺は……。俺がずっとそばにいたいって思うのは、片桐だけだから」
ゆっくり、胸に温かくしみこんでいく言葉。
顔をあげようとしたら、そのまま相葉の胸に押し付けられてしまう。
耳からは、私と同じか、それ以上に早くテンポを刻む音。
その音に、言うなら今しかない、と背中を押された気がした。
「相葉」
私はその態勢のまま、相葉の身体にもたれかかる。
驚いたように相葉の身体が強張ったが、それも本当に一瞬のことですぐに受け入れてくれる。
「なんだよ」
「ずっと前。私に、未だに俺が嫌いなのかって訊いてきたの、覚えてる?」
「……ああ」
覚えていたことにホッとする。
息を吸い込み、そして吐き出す。
「私ね。相葉のこと、嫌いじゃないよ」
それが、今の私のせい一杯の本音だった。
私の髪の毛を乱した手が、今度はそっと優しく整えるように髪の毛を梳いていく。
その先にある想いを感じるようなそれが愛おしくて、私はその手にすべてを委ねた。
先に食べる場所を確保しとけと相葉に言われて、今は公園のベンチに腰掛けている状態。
ちなみに味は、相葉が適当に選んでくれるそうな。
いったいなにを選んでくるのか。実は少しワクワクしていたりする。
周囲では子供たちが砂遊びをして遊んでいる。
小さかった砂の丘が段々と砂の山になっていく様子をなんの気なしに見ていると、おい、と声をかけられた。
顔を上げると、二つのクレープを持った相葉がいた。
「ん」
「あ、ありがとう」
相葉から受け取ったクレープからは、少し芳ばしい香りがする。
「これは、なに?」
「カプチーノナッツクリーム、だったはず。お前、よくブラックコーヒーかカプチーノ頼むだろ? だから、これとか好きそうだなと思って」
一口かじってみる。
カプチーノの味の冷たいアイスと、砕いたナッツの欠片が入った滑らかなクリームが混ざり合う。
先に来る苦さと、あとから来る優しい甘さがとてもいい。
「美味しい……。ありがとう」
見上げて微笑むと、目をそらされる。
「ちょっと、なんでそらしたの」
「別になんでもいいだろ」
「よくない。というか、相葉はなにを買ったの?」
「チョコバナナカスタード。……おい、なんで笑うんだよ」
「わ、笑ってなんか、ふふ、ない、よ?」
「笑ってんじゃねーか!」
バナナと相葉。
とてもお似合いだから、しょうがないでしょ。なんて言ったらきっと怒りだすので黙っておく。
そのあとも他愛のない会話が続き、気がつけば私たちはクレープを食べ終えていた。
「園田さんに明日会ったら、お礼言わないと」
「だな」
呟くように言って、そういえば園田さんの告白に対する相葉の返事を聞いていないことに気がつく。
園田さんの言葉通りなら、相葉は彼女を振ったのだろう。
「相葉はさ」
「ん?」
相葉がこちらを見るのを感じながら、私は手の中にある折りたたんだクレープの包み紙を見つめる。
「園田さんと付き合おうとか、そういうのはチラッとでも考えたりしなかったの?」
「……」
沈黙。
恐る恐る視線を相葉へ向けると、私と同じように手元に残っている包み紙を見ている。
不意に相葉の口が動く。
「園田のこと、そういう風に見れないし」
「どうして? 園田さん、性格はともかく、可愛いし、頭もいいし、きっと教え方も私より――」
「俺は片桐がいい」
思わず言い募る私の言葉を遮るように、相葉が言葉を発する。
その声はとても真面目な響きで、私の胸に音を立ててそわそわとしたなにかを積もらせる。
「え、それって……」
「あ! あーっと、アレだ。勉強教わるのなら、片桐のほうがいいってこと!」
「あ、ああ、そういう……」
期待して損した。……何を期待してるの、私。
どうせ、相葉はそんな風には私のことを見ていない。
さっきよりも頭が重くなった気がして、深く俯いてしまう。
「なんでしょげるんだよ」
「しょげてない」
唇を尖らせて答える。
「しょげてんじゃん」
「……しょげてたとしても、相葉には関係あるけどないもん」
ああ、絶対今の私、めんどくさい。
「どっちだよ」
「どっちでもいいでしょ」
そのまま、再び沈黙が落ちる。
しばらくして、ズシッと重みのあるものが私の頭に乗った。
この重さを知っている。
そのままそれは、少し乱暴とも言える動きで髪の毛を乱すように私の頭を撫でていく。
「ちょっ、相葉――」
「俺は……」
静かな声。私は口を閉じて続きを待つ。
「俺は……。俺がずっとそばにいたいって思うのは、片桐だけだから」
ゆっくり、胸に温かくしみこんでいく言葉。
顔をあげようとしたら、そのまま相葉の胸に押し付けられてしまう。
耳からは、私と同じか、それ以上に早くテンポを刻む音。
その音に、言うなら今しかない、と背中を押された気がした。
「相葉」
私はその態勢のまま、相葉の身体にもたれかかる。
驚いたように相葉の身体が強張ったが、それも本当に一瞬のことですぐに受け入れてくれる。
「なんだよ」
「ずっと前。私に、未だに俺が嫌いなのかって訊いてきたの、覚えてる?」
「……ああ」
覚えていたことにホッとする。
息を吸い込み、そして吐き出す。
「私ね。相葉のこと、嫌いじゃないよ」
それが、今の私のせい一杯の本音だった。
私の髪の毛を乱した手が、今度はそっと優しく整えるように髪の毛を梳いていく。
その先にある想いを感じるようなそれが愛おしくて、私はその手にすべてを委ねた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。
Hibah
恋愛
私の夫エルキュールは、王位継承権がある王子ではないものの、その勇敢さと知性で知られた高貴な男性でした。貴族社会では珍しいことに、私たちは婚約の段階で互いに恋に落ち、幸せな結婚生活へと進みました。しかし、ある日を境に、夫は私以外の女性を部屋に連れ込むようになります。そして「男なら誰でもやっている」と、浮気を肯定し、開き直ってしまいます。私は夫のその態度に心から苦しみました。夫を愛していないわけではなく、愛し続けているからこそ、辛いのです。しかし、夫は変わってしまいました。もうどうしようもないので、私も変わることにします。
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
【完結】今日も女の香水の匂いをさせて朝帰りする夫が愛していると言ってくる。
たろ
恋愛
「ただいま」
朝早く小さな声でわたしの寝ているベッドにそっと声をかける夫。
そして、自分のベッドにもぐり込み、すぐに寝息を立てる夫。
わたしはそんな夫を見て溜息を吐きながら、朝目覚める。
そして、朝食用のパンを捏ねる。
「ったく、いっつも朝帰りして何しているの?朝から香水の匂いをプンプンさせて、臭いのよ!
バッカじゃないの!少しカッコいいからって女にモテると思って!調子に乗るんじゃないわ!」
パンを捏ねるのはストレス発散になる。
結婚して一年。
わたしは近くのレストランで昼間仕事をしている。
夫のアッシュは、伯爵家で料理人をしている。
なので勤務時間は不規則だ。
それでも早朝に帰ることは今までなかった。
早出、遅出はあっても、夜中に勤務して早朝帰ることなど料理人にはまずない。
それにこんな香水の匂いなど料理人はまずさせない。
だって料理人にとって匂いは大事だ。
なのに……
「そろそろ離婚かしら?」
夫をぎゃふんと言わせてから離婚しようと考えるユウナのお話です。
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる