恋愛四季折々

奔埜しおり

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第四話 冬~片桐遥香と相葉歩幸の場合~

冬⑧

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 彩香が一通りいろんなことを吐き出し終えて、夕飯も食べ終わったころ。

「そういえば、彩香」
「なにー?」

 クリスマス限定の四段もある食後のパンケーキ。
 その頂点に乗ってるデコレーションに苦戦しながら切り分けてる彩香の返事は、どことなく力んでいる。
 そんな彩香を横目でチラリと見てから、私はコーヒーカップを揺らして残り一口分あるかないかのコーヒーを見つめる。

「この間綾塚あやづか先生に呼び止められてたじゃない? あれ、なんなの?」
「言わなかったけー?」
「聞いてない」
「そうだっけ? 文化祭実行委員会の来年度委員長にならないか……って、ああ! 苺ちゃん!」

 彩香の小さな悲鳴にパンケーキを見ると、苺がコロコロとパンケーキから転がり落ちていた。
 着地点は白いお皿の上。

「セーフじゃない?」
「デコレーション崩さずに分けたかったのにー」
「いや、それは相当器用じゃないと難しいわよ」
「うー……」

 彼女は小さく唸ると、チラリと上目遣いで私を見る。
 私は息を吐く。

「いいよ、食べて」
「やった!ありがとう!」

 彩香は私の前にあった小皿を取ると、切り分け終わったパンケーキの半分をその上に乗せる。
 そしてもう片方のパンケーキのてっぺんに、例の苺を乗せた。

 ナイフとフォークを両手に持って嬉しそうにニコニコ笑う彩香は、まるで大きな子供のようだ。
 いつもの彩香に戻ってくれて安心した。同時にそのアンバランスさがおかしくて、笑ってしまう。

「ちょっと笑わないでよー」
「はいはい」
「失礼します。お客様、コーヒーのお代わ……げっ」
「え……はぁ?」

 聞き覚えのある声に相手を見上げると、よく見知った奴がいた。

「あらら……」

 隣からは、なんとも言えない彩香の声が聞こえる。

「ちょっと、なんであんたここで働いてんのよ」
「雇われてるから働いてんだよ」

 そりゃ、雇われなきゃ働けないだろ。そもそもよく雇われる、という単語を奴は知ってたな。って、そうじゃない。

「あんた、校則――」
「すみませーん! コーヒーお代わりお願いしまーす!」
「はーい! ただいま参ります!」

 他の客の呼び出しに大声で返すと、奴は右手に持ったコーヒーポットを少し揺らしてみせる。

「んじゃ、俺呼ばれたから」
「ちょっと、お代わり注ぎに来たんで……ちょっと!」

 奴は私の言葉を無視して去っていった。

「相葉、度胸あるぅ……」

 彩香の呟きを聞き流して、私は近くにある呼び出しボタンを押す。
 返事があって少ししてから、私たちを案内してくれたウェイターがやってきた。

「いかがなさいましたか?」
「コーヒーのお代わりをお願いします」

 おそらくテーブルの番号かなにかを覚えていったのだろう。
 奴が来なかったことに苛立ちながらも、このウェイターにはなんの罪もないので、とりあえずお代わりを頼む。
 笑顔で了承してくれたウェイターは、すぐにコーヒーポットを持って現れた。
 私のコーヒーカップをソーサーごと持ち上げて、コーヒーを注いでゆく。
 湯気に乗って、コーヒーの芳ばしい香りが鼻をくすぐった。

 静かにテーブルに置かれたソーサー。
 その上にのったコーヒーカップを手に取り、フチに唇を付ける。

「失礼ですが、お客様は、相葉とお知り合い、なのですか?」
「ごほっ!?」

 そして、盛大にむせた。

「遥香!?」
「大丈夫、大丈夫だから!」

 アワアワとしだす彩香を片手で制してから、ウェイターの方を向く。ウェイターはニコニコと笑っていた。

「なんで私たちが、あいつの知り合いだって思ったんですか?」
「相葉が、十番テーブルには行きたくないって言ってたので。彼、ああ見えて接客は得意なんですよ?」
「うっ――」

 嘘、と大声を出しかけて、慌てて口を両手で抑える。が、なにを言いかけたのかは分かったようで、ウェイターの笑みは深まる。

「やはり、知り合いなんですね」
「……はい。あの、あいつは何時頃上がるんですか?」

 アルバイトは校則違反だ。
 しっかりと説教をしないと。

 学校で、とも思ったけど、今は冬休み。
 学校で会えるのは年が明けてからだ。
 説教はできるだけ早いほうがいい。
 それなら今日、上がるときにそのまま話したほうがほぼほぼ確実だ。

「どうして知りたいんですか?」
「それは……」

 説教をするため、なんて言えない。
 別に私が言うことはいいのだが、それによって奴が色々言われるのは、少し可哀想だ。
 だからといって、他の理由は思い浮かばない。

 私が迷いだすと、あの、と彩香が口を開いた。

「実はこの子、相葉と同じクラスの子なんですけど。今日はクリスマスじゃないですか? だから例のイルミの下でこの子、相葉に告白しようと思ってて!」
「え、ちょ――」
「ああ、そうなんですか! 相葉は九時上がりですよ」
「あの――」
「出口は裏です。たぶん、回るとすぐにわかると思いますよ。頑張ってください」

 ウェイターは爽やかに微笑んで軽く礼をすると、そのまま背中を向けて行ってしまう。

「ちょっと遥香!」
「嘘も方便ってことで。ね?」

 ね、じゃない。ね、じゃ。

「なんで私が奴を好きみたいな話になってんの」
「いや、時期的にそれが一番無難かなって」
「あんたねえ……」

 文句の一つでも言ってやろうと思ったが、無駄だということに気がついてやめた。

「説教しに行くの?」
「もちろん」
「ふーん。じゃあ、私も――」
「いいよ、大丈夫。遅くなったら危ないから、それ食べて先帰んな」

 彩香は不服そうな顔をしているが、しゃくしゃくと音を立てて苺を食べながらうなずく。

「わかった。遥香、気をつけてね」
「うん、ありがとう」
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