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第三話 秋~前林菜摘と加藤明の場合~
秋④
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教室の中は薄暗い。すぐ隣にいる鳴海先輩の表情がかろうじて見えるくらい。
黒い布がかかった仕切りが道を作っている。
所々にこんにゃくや手作りであろう人形が転がってたり、ぶら下がってたりで驚きはするが、怖くはない。
「なんであんなことしたんですか」
目の前にぶら下がっているこんにゃくを指先でいじりながら、私は鳴海先輩に問いかける。
離しそびれた右手は完全にタイミングを見失って、未だに先輩の左手とつながっている。
「前林ちゃんが自分以外の男子と仲良くしてたら、加藤君はどんな反応するかなって」
「……どうだったんですか?」
「聞きたい?」
問われて即座にうなずけなかったのは、恐いから、なんだと思う。
どうしようかと迷い始めて黙ってしまった私に、先輩が笑いかけてくる。
「大丈夫。悪い予想をしているなら、全然違うから」
心拍数が上がる。ああ、なんでこんな単純なんだろう。
「どう、だったんですか?」
期待のあまり、声が上ずって掠れる。
「愕然って感じかな。すごく驚いた顔してたよ。しかも、興味のない相手だったらそんな顔しないだろって顔」
いったいどんな顔だ、それは。
でも、少しだけ嬉しい。
胸のあたりが、温かくなっていくのを感じる。
「……ありがとうございます」
「どーいたしまして」
「あ。手、離してもいいですか?」
言うなら今だ、と思った。
鳴海先輩はキョトンとした顔をする。そして自分の左手を見て、ああ、と微笑む。
「別にいちいち訊かなくても、いつでも離してくれて大丈夫だったのに」
そういうものなのか。
それとも、これも女慣れしていることからくる言葉なのか。
気にするとめんどくさそうなので、考えるのをやめて手を放した。歩き始めた先輩のあとを追う。
「俺、よく引っ越すせいで、幼馴染っていたことないからよくわからないんだけど。たぶん、長いこと一緒にいすぎて傍にいるのが当たり前になってると思うんだ。だから、相手が傍にいるのが当たり前じゃないんだ、いつか離れてしまうかもしれないんだってわかれば、たぶん意識はしてもらえるんじゃないかな、と思って、強引に一緒にお化け屋敷の中に入ったんだけど」
「意識、してもらえたんでしょうか」
ポツリと呟くと、先輩が肩をすくめて見せる。
「まあ、反応はあったから、あとはどんなことがあっても俺のせいにはしないでねってことで」
なんだか、すごく不穏なことを言われた気がする。
「どんなことがあってもって、どういうことですか」
「反応があって、意識してもらえたからって、うまく転ぶとは限らないからね」
ちょっと待て。
「え、じゃあ先輩のせいで加藤との関係が悪くなる可能性も……?」
「なくはないね」
「……」
睨むと、先輩は困ったように笑う。
「まあ、やっちゃったことはどうにもできないし、これからどうするか、だよ」
ふと、先輩の表情が一瞬陰った気がする。
「先輩……?」
「ん?」
「鳴海先輩は……加藤が灯香先輩と一緒にいるの、不安じゃないんですか?」
言って、心臓がドクリと脈打つのを感じる。
ああ、自分も不安なんだ、と自覚する。
もしも先輩の言うことが本当で、加藤が私のことを意識してくれたとしても、今加藤が好きなのは灯香先輩で、今この瞬間一緒にいるのは灯香先輩なんだ。
私じゃ、ない。
だけど、先輩の答えは私とは少し違った。
「不愉快ではあるけど、不安じゃないかな」
「あ、やっぱり不愉快なんですね」
「そりゃ俺も人の子だしね。大切にしたい人が別の男と一緒にいることが愉快なはずない」
少しの違和感。
「大切な人、じゃないんですね」
少しの沈黙は、まるで言葉を探しているようで。
「……傷つけちゃったから」
薄い唇からポロリと零れ落ちたそれは、言葉とは逆に冷たいナイフで切り裂かれた心の小さな悲鳴の様だった。先輩が私を見る。その顔は、自嘲気味な笑顔を浮かべている。
「不安じゃないのは、それでも彼女は俺のことを、意識してくれているから」
「……よくわからないです」
正直に言うと、だろうね、と先輩は笑う。
「言ってる俺にもわからないんだから」
黒い布がかかった仕切りが道を作っている。
所々にこんにゃくや手作りであろう人形が転がってたり、ぶら下がってたりで驚きはするが、怖くはない。
「なんであんなことしたんですか」
目の前にぶら下がっているこんにゃくを指先でいじりながら、私は鳴海先輩に問いかける。
離しそびれた右手は完全にタイミングを見失って、未だに先輩の左手とつながっている。
「前林ちゃんが自分以外の男子と仲良くしてたら、加藤君はどんな反応するかなって」
「……どうだったんですか?」
「聞きたい?」
問われて即座にうなずけなかったのは、恐いから、なんだと思う。
どうしようかと迷い始めて黙ってしまった私に、先輩が笑いかけてくる。
「大丈夫。悪い予想をしているなら、全然違うから」
心拍数が上がる。ああ、なんでこんな単純なんだろう。
「どう、だったんですか?」
期待のあまり、声が上ずって掠れる。
「愕然って感じかな。すごく驚いた顔してたよ。しかも、興味のない相手だったらそんな顔しないだろって顔」
いったいどんな顔だ、それは。
でも、少しだけ嬉しい。
胸のあたりが、温かくなっていくのを感じる。
「……ありがとうございます」
「どーいたしまして」
「あ。手、離してもいいですか?」
言うなら今だ、と思った。
鳴海先輩はキョトンとした顔をする。そして自分の左手を見て、ああ、と微笑む。
「別にいちいち訊かなくても、いつでも離してくれて大丈夫だったのに」
そういうものなのか。
それとも、これも女慣れしていることからくる言葉なのか。
気にするとめんどくさそうなので、考えるのをやめて手を放した。歩き始めた先輩のあとを追う。
「俺、よく引っ越すせいで、幼馴染っていたことないからよくわからないんだけど。たぶん、長いこと一緒にいすぎて傍にいるのが当たり前になってると思うんだ。だから、相手が傍にいるのが当たり前じゃないんだ、いつか離れてしまうかもしれないんだってわかれば、たぶん意識はしてもらえるんじゃないかな、と思って、強引に一緒にお化け屋敷の中に入ったんだけど」
「意識、してもらえたんでしょうか」
ポツリと呟くと、先輩が肩をすくめて見せる。
「まあ、反応はあったから、あとはどんなことがあっても俺のせいにはしないでねってことで」
なんだか、すごく不穏なことを言われた気がする。
「どんなことがあってもって、どういうことですか」
「反応があって、意識してもらえたからって、うまく転ぶとは限らないからね」
ちょっと待て。
「え、じゃあ先輩のせいで加藤との関係が悪くなる可能性も……?」
「なくはないね」
「……」
睨むと、先輩は困ったように笑う。
「まあ、やっちゃったことはどうにもできないし、これからどうするか、だよ」
ふと、先輩の表情が一瞬陰った気がする。
「先輩……?」
「ん?」
「鳴海先輩は……加藤が灯香先輩と一緒にいるの、不安じゃないんですか?」
言って、心臓がドクリと脈打つのを感じる。
ああ、自分も不安なんだ、と自覚する。
もしも先輩の言うことが本当で、加藤が私のことを意識してくれたとしても、今加藤が好きなのは灯香先輩で、今この瞬間一緒にいるのは灯香先輩なんだ。
私じゃ、ない。
だけど、先輩の答えは私とは少し違った。
「不愉快ではあるけど、不安じゃないかな」
「あ、やっぱり不愉快なんですね」
「そりゃ俺も人の子だしね。大切にしたい人が別の男と一緒にいることが愉快なはずない」
少しの違和感。
「大切な人、じゃないんですね」
少しの沈黙は、まるで言葉を探しているようで。
「……傷つけちゃったから」
薄い唇からポロリと零れ落ちたそれは、言葉とは逆に冷たいナイフで切り裂かれた心の小さな悲鳴の様だった。先輩が私を見る。その顔は、自嘲気味な笑顔を浮かべている。
「不安じゃないのは、それでも彼女は俺のことを、意識してくれているから」
「……よくわからないです」
正直に言うと、だろうね、と先輩は笑う。
「言ってる俺にもわからないんだから」
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