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番外編 チョコレート
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(あぁ、家に帰りたくない……)
だってウチに帰ったら確実にヤツがいることは明確だ。
本来なら大学の講議が終われば即座にアパートに帰って、服もブラも脱ぎ捨てて寝間着になった後にコタツに潜り込んでダラダラするのが幸せだってのに、そうさせないのが神だ。
――それは今日も……
「遅い」
がチャリ、と鍵を廻せば何故か主のわたしを差し置いてこたつで寛いでいる神がいた。
(暑さを感じないならこたつに入る必要なんかないじゃない)
しかも勝手に人が作った甘酒を拝借しているときてる。もはや、泥棒に近いと思うのはわたしだけだろうか。
「まだ四時半じゃない」
こたつに入りながら答えれば、男はいいやとばかりに首を横に振る。
「辺りは暗いではないか」
「そんなのまだ二月なんだから仕方ないでしょ?」
冬はあっという間に日が暮れる。それでわたしが責められるなんて理不尽にも程がある。
「そもそもどうしてこの部屋から出る必要があるのだ?」
「だ・い・が・く! 学生の本分よ」
「その前にそなたは我の妻ではないか!」
(うぐ! 痛いところを……)
人がせっかく忘れようとしているのに、毎日問い詰めてくるなんて性格が悪い。沈黙は金とばかりに黙り混んでいると神はじと目でこちらを見つめてくる空気が居たたまれない。
「ゴホン。あのね、わたしは大学生なの」
「その前に我の妻だ」
うわー。この空気を沈静化させようとして、わざとらしい咳払いまでしたというのに、なんでこの男は人の努力を省みないのだろう。
(やっぱり神だから?)
だとしたら自分はこの先、神に祈ることはないだろう。
「あなたの妻になる前から、わたしは大学生だったわ」
とりあえず、妻じゃないという押し問答をしてもこの男には無駄なので止めておく。ここ一ヶ月はたった一夜の過ちのせいで、大変な目にあった。妻だと言い張る男にわたしが違うと口を挟めば、その都度に怒り狂い何度もあの布団しかない部屋に連れていかれれば、もう訂正しない方が良いのだと思うことにした。
(だって、もうあんなこと――)
ふと頭に過ったのは縄で縛られたり、羽毛で責めぬかれたり、ずいきといった山芋を乾燥させて男根の形になったものを入れられて放って置かれたり。しかも当然とばかりにナカに出されて――
(思い出したくもない……)
唯一の救いは人間は神の子を孕むことはないという事実だけだ。
苦虫を噛み潰したような顔をしているわたしとは対照的に、男は嬉しそうに眼を輝かせている。
「そなたもようやく我の妻としての自覚が出てきたのだな」
「……そうね」
半ばなげやりに返事をしてやれば、男は満足そうに頷く。
「ふむ。さて、その物分かりの良い妻ならば、我に渡すモノがあるのではないか?」
「渡すモノ……?」
半遇しても男の望んでいるモノなんて検討もつかない。
「………今日の日付を言ってみよ」
「二月十四日?」
それがなんの関係があるというのか。首をひねって考えても分からない。
「そなた、本当に分からないとでもいうのか?」
「え、分かんないけど」
なんで日付を口にしただけで分かると思うのだろうか。
(探偵でもないんだから無理に決まってるじゃない)
なのに、何故か男はソワソワしている。うーん。困った。下手に答えて間違ったら確実にこの男は機嫌をおとす。そうなったら被害を被るのはわたしだ。
どうしよう、と思ってふと横目でテレビを見たらバレンタインの特集をしている。
「……もしかして、チョコレート?」
一か八か。こわごわと尋ねれば男は一層眼を輝かせる。
「うむ。もちろん我のために用意してあるのだろう?」
(や、やばい。用意なんてしてない)
というか、なんで神が人間の作った行事に参加しようと思ったのか。
(神のくせにお菓子会社の策略に乗せられないでよ)
心の叫びは届くことはない。まぁ、もし届いたとしても余計に現状を打破することが難しくなるのだから、それは良い。
「あ、あのさ」
「うむ?」
チョコレートなんか用意していない。そう告げれば男はどんな反応するのだろう。
(出来れば、想像したくない……)
着々と迫る身の危険に冷や汗をかきながら、カバンの中身を漁る。
(せめて、なにかあれば……!)
祈りはすぐに届いた。ともチョコとして友人から貰ったものがあったのだ。
(た、たすかった)
ピンクの包装紙にラッピングされてるのはチョコレートマフィンだ。お菓子作りが趣味の子から貰ったものだから味も美味しいし文句はないはずだ。
――本当は夜ご飯の後の楽しみにしていたのだけれど、仕方ない。
「はい、これ」
渡そうとした瞬間、あることに気付く。
(しまった! メッセージカードがそのままになっている)
即座に、『梓へ』と書かれてあるメッセージカードを剥ぎ取っても、もう遅い。
「今、なにを、隠した?」
「な、なにもっ!!」
慌てて否定するがそんなもの無意味だ。彼がパチンと指を鳴らせば、カードは彼の元まで飛び向かう。
「……ほう。そなたどこぞの女のモノから貰い受けたモノを我に差し出す気でいたのか」
地底の底から湧き上がるような声に背中が総毛だった。ギギギ、と壊れたブリキのようにぎこちないままに首を動かして、男を見れば禍々しいまでに口元を歪めて笑っている。
(ああ。もうこのまま気を失いたい)
美形が怒る方が迫力があるのは何故なのか。そんな馬鹿なことを考えているうちに、いつのまにか例の部屋に変わっていた。
(どうしよう。逃げ場がない)
外に出る襖のないこの部屋にきてしまってはもう手遅れだ。
――ここでは本当に神の思うままになってしまうのだから。
「さて、梓」
「ひっ!」
降ってくる声が恐ろしくて、思わず後ずさるがすぐ後ろは壁だったせいで、ほとんど意味はない。
「やっ、やだ。ごめんなさい。お願いだから許して」
過去のことから必死に謝るわたしに対し、男は普段の無表情さはどこに消えた? というくらい穏やかな微笑だった。
「なに、梓。怒っているわけではないぞ?」
今まで聞いた中で一番柔らかい声に、恐る恐る顔を上げて男を見つめる。ともすれば慈愛に満ちた微笑みに見えただろう。しかし、わたしは彼の瞳の奥底が凶暴な光を放っていることを見逃さなかった。
「……ごめんなさい」
「我は怒っているわけではないというのに」
それは嘘だ。現に今だってこの部屋に来てからお互いの着るものがなくなっているではないか。だがしかし、この後に及んで反抗するほどわたしも学習能力がないわけではない。
「本当に?」
瞳を潤ませて(恐怖から)見上げれば、神は満足そうに口が緩む。
「あぁ。それに最近では逆チョコレートというものが流行っているのだろう?」
なんでそんなこと知っているのだろう。やっぱりさっきまで見ていたテレビの影響なのか。とりあえず曖昧に頷けば男はチョコレートよりも甘い笑みを見せた。
「我からそなたに贈り物がある」
「え、なに……?」
男はなにも手にしていない。それなのに、なぜ贈り物があるというのか。そんなわたしの困惑を余所に、男はグッとわたしの肩を抑えつけて跪かせる。そうすると仁王立ちの男の局部とわたしの顔まで後三十センチといったところまでの距離に縮まる。
「我の贈り物はこれだ。存分にしゃぶるが良い」
コレとはつまり男根だ。いや、結構ですから! そう辞退するよりも先に男はわたしの頭を押さえつけて無理やり導いていく。間近で見るソレは既に反り返っていて赤黒い色をしており血管が浮き出ているせいか妙な迫力がある。
(こんなの口に含むとか無理だから)
というかこれが贈り物だなんて、どんな神経しているんだ。この神は!
「照れずとも良い」
(誰かこの電波の受信を断ち切ってくれないかな)
そんな呑気なことを考えている間に、もう唇がアレとキスしてしまっている。
「ほら、口を開けぬか」
(いや、いや。ぜったいにいや!)
そんな思いを込めてキッと睨んでやる。そうすると女のわたしなんかよりも白く滑らかな頬が紅潮した。
(えっ! なんでこの男、興奮していたの?)
男の分身も先程よりも眼に見えて大きくなっている。
――ああ。出来れば見比べたりしたくなかったのに。
「そ、そのような熱い視線を向けるなんて、そなたはなんと積極的なのだ」
そんな思い違いは屈辱だ。とにかくわたしに出来る反抗は口を開かないことくらいだ。そうすればこの男だっておのずと諦めが付くはずだ。
「ん?どうした。口を開かぬのか?」
やんわりと髪を撫でて催促してくるが誰が開くか。
「ふふ。我の妻は奥ゆかしい性格をしておる。そのように照れずとも良いのだぞ?」
(脳内お花畑が旦那さんか――辛い)
内心ガックリ膝を折っていると、待ちきれなかったらしい神がわたしの鼻を摘まんできた。
(これじゃあ、口を開かない限り呼吸できないじゃない)
それでも男の意のままになるのは悔しい。
(出来るだけ我慢するのよ)
息が出来ないのは苦しいが、わたしにだって意地がある。なるべく長く我慢しようと眼を瞑れば、男はつまらなさそうに息を吐いた。
「……あまり意地になるのは可愛げがないぞ」
(そんなのなくて結構だ)
「口を開けろ」
それは命令だった。花嫁の儀を受けた娘は、伴侶に逆らうことができなくなる。例えば今も――
「よし、良い子だ。そのまま先をチロチロ舐めてみろ」
考えるよりも先に身体が動く。どんなに悔しくてもこの身体はもう男の支配下にあるし、もはや自分のモノではないのだ。おそらくこの先も男から逃げることはできないだろう。だって男の命令一つでわたしは動くこともできなくなるのだから。
「どうだ。甘いだろう?」
(ふん。そんなわけ……)
ない、とは言えなかった。
「ふふ。今日は特別に食の神にチョコレートの味に変えさせたのだからな。美味いだろう?」
…………なにやってんだ、この神は!
さっきまでのセンチメンタルな気分を返してほしい。
「今宵は我のチョコレートをとくと味わうがよい」
――それとミルクもな。
(なるほど。これが本当のミルクチョコレート。ってやかましいわ!)
神の言うとおり一晩中『ミルクチョコレート』を味わったわたしは、しばらくの間チョコレート嫌いになったのはいうまでもないことだった。
だってウチに帰ったら確実にヤツがいることは明確だ。
本来なら大学の講議が終われば即座にアパートに帰って、服もブラも脱ぎ捨てて寝間着になった後にコタツに潜り込んでダラダラするのが幸せだってのに、そうさせないのが神だ。
――それは今日も……
「遅い」
がチャリ、と鍵を廻せば何故か主のわたしを差し置いてこたつで寛いでいる神がいた。
(暑さを感じないならこたつに入る必要なんかないじゃない)
しかも勝手に人が作った甘酒を拝借しているときてる。もはや、泥棒に近いと思うのはわたしだけだろうか。
「まだ四時半じゃない」
こたつに入りながら答えれば、男はいいやとばかりに首を横に振る。
「辺りは暗いではないか」
「そんなのまだ二月なんだから仕方ないでしょ?」
冬はあっという間に日が暮れる。それでわたしが責められるなんて理不尽にも程がある。
「そもそもどうしてこの部屋から出る必要があるのだ?」
「だ・い・が・く! 学生の本分よ」
「その前にそなたは我の妻ではないか!」
(うぐ! 痛いところを……)
人がせっかく忘れようとしているのに、毎日問い詰めてくるなんて性格が悪い。沈黙は金とばかりに黙り混んでいると神はじと目でこちらを見つめてくる空気が居たたまれない。
「ゴホン。あのね、わたしは大学生なの」
「その前に我の妻だ」
うわー。この空気を沈静化させようとして、わざとらしい咳払いまでしたというのに、なんでこの男は人の努力を省みないのだろう。
(やっぱり神だから?)
だとしたら自分はこの先、神に祈ることはないだろう。
「あなたの妻になる前から、わたしは大学生だったわ」
とりあえず、妻じゃないという押し問答をしてもこの男には無駄なので止めておく。ここ一ヶ月はたった一夜の過ちのせいで、大変な目にあった。妻だと言い張る男にわたしが違うと口を挟めば、その都度に怒り狂い何度もあの布団しかない部屋に連れていかれれば、もう訂正しない方が良いのだと思うことにした。
(だって、もうあんなこと――)
ふと頭に過ったのは縄で縛られたり、羽毛で責めぬかれたり、ずいきといった山芋を乾燥させて男根の形になったものを入れられて放って置かれたり。しかも当然とばかりにナカに出されて――
(思い出したくもない……)
唯一の救いは人間は神の子を孕むことはないという事実だけだ。
苦虫を噛み潰したような顔をしているわたしとは対照的に、男は嬉しそうに眼を輝かせている。
「そなたもようやく我の妻としての自覚が出てきたのだな」
「……そうね」
半ばなげやりに返事をしてやれば、男は満足そうに頷く。
「ふむ。さて、その物分かりの良い妻ならば、我に渡すモノがあるのではないか?」
「渡すモノ……?」
半遇しても男の望んでいるモノなんて検討もつかない。
「………今日の日付を言ってみよ」
「二月十四日?」
それがなんの関係があるというのか。首をひねって考えても分からない。
「そなた、本当に分からないとでもいうのか?」
「え、分かんないけど」
なんで日付を口にしただけで分かると思うのだろうか。
(探偵でもないんだから無理に決まってるじゃない)
なのに、何故か男はソワソワしている。うーん。困った。下手に答えて間違ったら確実にこの男は機嫌をおとす。そうなったら被害を被るのはわたしだ。
どうしよう、と思ってふと横目でテレビを見たらバレンタインの特集をしている。
「……もしかして、チョコレート?」
一か八か。こわごわと尋ねれば男は一層眼を輝かせる。
「うむ。もちろん我のために用意してあるのだろう?」
(や、やばい。用意なんてしてない)
というか、なんで神が人間の作った行事に参加しようと思ったのか。
(神のくせにお菓子会社の策略に乗せられないでよ)
心の叫びは届くことはない。まぁ、もし届いたとしても余計に現状を打破することが難しくなるのだから、それは良い。
「あ、あのさ」
「うむ?」
チョコレートなんか用意していない。そう告げれば男はどんな反応するのだろう。
(出来れば、想像したくない……)
着々と迫る身の危険に冷や汗をかきながら、カバンの中身を漁る。
(せめて、なにかあれば……!)
祈りはすぐに届いた。ともチョコとして友人から貰ったものがあったのだ。
(た、たすかった)
ピンクの包装紙にラッピングされてるのはチョコレートマフィンだ。お菓子作りが趣味の子から貰ったものだから味も美味しいし文句はないはずだ。
――本当は夜ご飯の後の楽しみにしていたのだけれど、仕方ない。
「はい、これ」
渡そうとした瞬間、あることに気付く。
(しまった! メッセージカードがそのままになっている)
即座に、『梓へ』と書かれてあるメッセージカードを剥ぎ取っても、もう遅い。
「今、なにを、隠した?」
「な、なにもっ!!」
慌てて否定するがそんなもの無意味だ。彼がパチンと指を鳴らせば、カードは彼の元まで飛び向かう。
「……ほう。そなたどこぞの女のモノから貰い受けたモノを我に差し出す気でいたのか」
地底の底から湧き上がるような声に背中が総毛だった。ギギギ、と壊れたブリキのようにぎこちないままに首を動かして、男を見れば禍々しいまでに口元を歪めて笑っている。
(ああ。もうこのまま気を失いたい)
美形が怒る方が迫力があるのは何故なのか。そんな馬鹿なことを考えているうちに、いつのまにか例の部屋に変わっていた。
(どうしよう。逃げ場がない)
外に出る襖のないこの部屋にきてしまってはもう手遅れだ。
――ここでは本当に神の思うままになってしまうのだから。
「さて、梓」
「ひっ!」
降ってくる声が恐ろしくて、思わず後ずさるがすぐ後ろは壁だったせいで、ほとんど意味はない。
「やっ、やだ。ごめんなさい。お願いだから許して」
過去のことから必死に謝るわたしに対し、男は普段の無表情さはどこに消えた? というくらい穏やかな微笑だった。
「なに、梓。怒っているわけではないぞ?」
今まで聞いた中で一番柔らかい声に、恐る恐る顔を上げて男を見つめる。ともすれば慈愛に満ちた微笑みに見えただろう。しかし、わたしは彼の瞳の奥底が凶暴な光を放っていることを見逃さなかった。
「……ごめんなさい」
「我は怒っているわけではないというのに」
それは嘘だ。現に今だってこの部屋に来てからお互いの着るものがなくなっているではないか。だがしかし、この後に及んで反抗するほどわたしも学習能力がないわけではない。
「本当に?」
瞳を潤ませて(恐怖から)見上げれば、神は満足そうに口が緩む。
「あぁ。それに最近では逆チョコレートというものが流行っているのだろう?」
なんでそんなこと知っているのだろう。やっぱりさっきまで見ていたテレビの影響なのか。とりあえず曖昧に頷けば男はチョコレートよりも甘い笑みを見せた。
「我からそなたに贈り物がある」
「え、なに……?」
男はなにも手にしていない。それなのに、なぜ贈り物があるというのか。そんなわたしの困惑を余所に、男はグッとわたしの肩を抑えつけて跪かせる。そうすると仁王立ちの男の局部とわたしの顔まで後三十センチといったところまでの距離に縮まる。
「我の贈り物はこれだ。存分にしゃぶるが良い」
コレとはつまり男根だ。いや、結構ですから! そう辞退するよりも先に男はわたしの頭を押さえつけて無理やり導いていく。間近で見るソレは既に反り返っていて赤黒い色をしており血管が浮き出ているせいか妙な迫力がある。
(こんなの口に含むとか無理だから)
というかこれが贈り物だなんて、どんな神経しているんだ。この神は!
「照れずとも良い」
(誰かこの電波の受信を断ち切ってくれないかな)
そんな呑気なことを考えている間に、もう唇がアレとキスしてしまっている。
「ほら、口を開けぬか」
(いや、いや。ぜったいにいや!)
そんな思いを込めてキッと睨んでやる。そうすると女のわたしなんかよりも白く滑らかな頬が紅潮した。
(えっ! なんでこの男、興奮していたの?)
男の分身も先程よりも眼に見えて大きくなっている。
――ああ。出来れば見比べたりしたくなかったのに。
「そ、そのような熱い視線を向けるなんて、そなたはなんと積極的なのだ」
そんな思い違いは屈辱だ。とにかくわたしに出来る反抗は口を開かないことくらいだ。そうすればこの男だっておのずと諦めが付くはずだ。
「ん?どうした。口を開かぬのか?」
やんわりと髪を撫でて催促してくるが誰が開くか。
「ふふ。我の妻は奥ゆかしい性格をしておる。そのように照れずとも良いのだぞ?」
(脳内お花畑が旦那さんか――辛い)
内心ガックリ膝を折っていると、待ちきれなかったらしい神がわたしの鼻を摘まんできた。
(これじゃあ、口を開かない限り呼吸できないじゃない)
それでも男の意のままになるのは悔しい。
(出来るだけ我慢するのよ)
息が出来ないのは苦しいが、わたしにだって意地がある。なるべく長く我慢しようと眼を瞑れば、男はつまらなさそうに息を吐いた。
「……あまり意地になるのは可愛げがないぞ」
(そんなのなくて結構だ)
「口を開けろ」
それは命令だった。花嫁の儀を受けた娘は、伴侶に逆らうことができなくなる。例えば今も――
「よし、良い子だ。そのまま先をチロチロ舐めてみろ」
考えるよりも先に身体が動く。どんなに悔しくてもこの身体はもう男の支配下にあるし、もはや自分のモノではないのだ。おそらくこの先も男から逃げることはできないだろう。だって男の命令一つでわたしは動くこともできなくなるのだから。
「どうだ。甘いだろう?」
(ふん。そんなわけ……)
ない、とは言えなかった。
「ふふ。今日は特別に食の神にチョコレートの味に変えさせたのだからな。美味いだろう?」
…………なにやってんだ、この神は!
さっきまでのセンチメンタルな気分を返してほしい。
「今宵は我のチョコレートをとくと味わうがよい」
――それとミルクもな。
(なるほど。これが本当のミルクチョコレート。ってやかましいわ!)
神の言うとおり一晩中『ミルクチョコレート』を味わったわたしは、しばらくの間チョコレート嫌いになったのはいうまでもないことだった。
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