逃げた先は

秋月朔夕

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逃げなんか許さない

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「退屈だ」
  この世界は俺が中心に動いている。だからこそつまらない。
 「おい暇つぶしになにかないか?」
  王座に座りながら部下に尋ねると、では久しぶりに水晶を覗いてみてはいかがでしょうと提案される。
 (ふむ。確かに最近眺めていないな)
  代々魔王が所有している水晶は主が望めば、どんなモノだって見通せる。
  ――それを使って先代の魔王達は、天界をも牛耳ってきたが。
  たまには私用に使っても良いだろう。軽い気持ちで水晶玉を持ってこさせ、魔力を中枢してやるとそこには見たこともない程、可憐な人魚がいた。



 「なんだこれは……」
  視界に捉えた瞬間から、胸の動悸が収まらない。透ける程白い肌に、腰までたゆたう黒い髪。溢れる程大きな瞳と少しだけ低い鼻が少女らしさを引き立てている。花畑で歌う人魚は、まさに純真そのもの。世の中の汚ないものなんて知りませんといった様子が、私の嗜虐心を駆り立てていく。
  ――嗚呼、快楽であの娘の心の奥までグチャグャにして身も心も陥れてしまいたい。
  無垢な彼女はベッドの中ではどうなるのだろうか。手にすっぽりと収まってしまう小さな胸を揉みし抱き、くびれの曲線をなぞり、全身を舐め回せば、夜のことなんてなに一つ知らない人魚なんか簡単に堕ちてしまうだろう。
  人魚は性行為なんてしない。そもそも行為をするための穴がない。人魚が繁殖するのは海王の意思とヤツの魔力さえあれば良いのだ。
  ――だからアレは処女だ。
 (まずは人間にしてやらねばな)
  たしか魔女の秘薬といったモノが城にあるはずだ。すぐに家臣に用意させ、私自らが出向いてやることにしよう。
 (光栄に思うがいい)
  私の手で女にしてやるのだから……











「ここは……」
  眼が覚めたら、知らない場所にいた。そして見渡そうと起き上がりかけて、あることに気付く。
 「足が」
  生えている。今まで親しんでいたオレンジ色の尾ひれは綺麗になくなっていて、変わりに二本の足がにょっきりと生えている。布団の中で曲げたり伸ばしたりして違和感がないか確かめたが、このまま走れそうなくらい調子が良い。
 「なんで……?」
  ふと思い出したのはあの男の口づけ。あの時なにかが喉の奥に入り込んできた。その直後、痛みという生き地獄がわたしを襲った。
  ――アレはもしかして……
 飲んだ者を人間にしてしまう魔女の秘薬なのではないのだろうか?
 (そのせいで、わたしに足が戻った)
  足の感触を確かめるように撫でると、なんだか懐かしいような気持ちになってくる。
 (そういえば人魚になってからは時間なんか気にしたことなかったな)
  好きな時に寝て、適当にプカプカ泳いで、気の向いたままに寝ていたせいか時間の感覚は狂ってしまった。だからなのか、余計に懐かしく感じる。膝を抱え込んでいると突然――ドアが開いた。
 「あ、なた、は……」
  声が掠れたのは何をされるか分からない恐怖心から。
 (だってあの地獄のような痛みと熱はもう二度と味わいたくない)
  怯えるわたしとは対称的に男はゆるりと機嫌良さそうに口の端が弧を描き、わたしの傍まで詰めてきてはベッドに腰を下ろす。
 「ちゃんと人間になれたのだな」
  わたしなんかの問いは耳に入らないとばかりに、ゆっくりといとおしげに足の先を撫でられるだけで、背筋が粟立った。
 (怖い……)
  男はなにをするか分からない。だからこそ余計にこの状況が恐ろしい。此処にはわたしを助けてくれる人は、居ない。
 (ごめんなさい。海王様)
  あの時、彼の言いつけを破らなければ良かった。そうすればこんなに怖い目に合わなかったのに……
「歩けるか?」
  男の問いに、やわやわと首を横に振る。直感的に頷いてはいけないのだと思ったから。
 「そうか。では、今から私がなにをしようとお前は逃げられんな」
  その途端に男はわたしを押し倒した。
 「ひっ! な、にを……?」
  そういえば、わたしは裸だった。人魚になってからはそれが普通だったためになにも考えていなかったけど、この状況となれば話は違う。急激な羞恥心が身を襲い、真っ赤になって暴れようとする。しかし――
「抵抗するのならば、もう一度あの痛みを味わうか?」
  その言葉はわたしにとっては最大の脅し文句だ。動きを止めたわたしに彼は満足そうに微笑み、自分の衣服を脱いでいく。わたしは小学校を卒業してからは母の厳命により、ずっと女だけの学校に通っていた。中学も高校も大学も母の希望するままに。それが令嬢として生まれてきた義務だからこそ従ってきたが、今男と関わってこなかったことを後悔した。
 「……やだ。こんなの怖い」
  生まれて初めていきり勃ったモノを見た衝撃をなんと言っていいのだろう。雄々し勃ち上がったソレは凶悪なまでにデカい――だけじゃない。浅黒いソレにはカリの部分が三つもある上にそれぞれが別の生き物のように蠢いていて、まるでナカに入るのはまだかと催促するように脈打っている。
 「やだ、やだ、助けて――海王様」
  頬に涙をポロポロと溢しながら、海王様を呼ぶわたしは小さな子供のようにひたすら望む人の名前を呼んだ――が、それがいけなかった。
 「ベッドの中で違う男の名前を呼ぶのはマナー違反だぞ?」
  身が竦んでしまうほど、底冷えした声だった。見上げるとそこには先程の愉悦の笑みは既に消し去っており、変わりにアメジストの瞳が獰猛に光っている。
  ――この時、わたしは確かに失敗してしまったのだ。




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