監禁から始まる恋物語

秋月朔夕

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番外編 百合の花は暴虐な龍のモノ2

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――それは突然のことだった……



「今、なんて言ったの?」
 「聞こえなかったか? もう龍成はここに連れてこない」
  今日は龍成に会える日で朝から楽しみにしていた。しかし夜遅くにやってきた男の腕に龍成が居ないことに気付き問いかければ、彼の勝手な決定事項を投げ打ってきたのだ。
 「どうしてっ……!」
  荒立つ感情のままに男の胸を叩けば、彼は鼻を鳴らし不機嫌を露わにさせる。
 「もうあいつは三歳になる」
  それがなんの関係があるというのだ。動きを止めたわたしに彼は苛立たしげに言葉を続けた。
 「アレは御堂の家の男だ。お前の傍に置いておけば、危険だ」
  彼の言っている意味が分からない。龍一もそれに気付いたのだろう。思いきり溜息をついて、理解のない奴だと無言でわたしを責めた。
 「『御堂の家』がなんの関係があるの?」
 「あの家は異常だ。親子でも兄弟でも恋愛関係に発展するし、男の執着心も普通よりも強く、徹底的に女を独占しようとする」
  後半は今のわたし達にかなり当てはまる。今までされたことは確かにひどい。けれど、それは『御堂の家』の人にとってはそれが普通であると彼は言うのだ。
 「だけど、龍成は息子よ」
  彼の言っていることが信じられない。だって龍一はわたしから全て奪った。家も足も自由も。なにもかも、もうわたしが手にすることはない。彼はわたしが大事なモノほど取り上げていく。龍成はここで暮らす中での唯一の希望だ。たった一人の可愛い息子。彼の成長を見ることがなによりも楽しみだ。
 (――だからわたしから奪うっていうの)
  だとしたらわたしは彼を許さない。
 「聞いていなかったのか? 親子であろうとそんなもの関係ない。父親と息子が母親を巡って殺し合いにまで発展することだってある。それに最近は俺が居るというのにお前はアレに構い過ぎだ」
 「じゃあ、わたしはもう龍成に会えないの?」 
  最後の台詞にさらにわたしの中での疑念が渦巻いた。そのせいで思わず強くなった語尾はそのまま彼の苛立ちに火をつけたらしい。
 「…………お前は俺以外の男に抱かれても良いというのか」
  憤怒の表情のままにわたしを乱暴に畳の上に押し倒し、強引に服を脱がせてくる。
 (あぁ、そうだった。この人はわたしにすごく執着しているんだった)

  ――ならばわたしがすることは一つだ。

 「龍一」
  彼の背に手を廻し、甘えた声で名前を呼ぶと続きを促すように彼の動きが止まる。彼の機嫌の取り方ならもう知っている。
 「わたしのこと好き?」
  自分から触れるだけのキスを落とし、潤んだ瞳で見つめれば龍一の眉根が苦しげに歪む。
 「……んなこと前から言っているだろ」
 「だって、龍一の口から聞きたいって思ったんだもん」
  拗ねたフリをして顔を背かせれば、彼はそれを追って耳朶を噛みつける。
 「『好き』って言葉だけじゃ足りねぇ。愛してる。こんな所に閉じ込める程に。お前だけを――百合を愛してる」
  その言葉に満足して笑う。
 (わたしは貴方を許さない)
  だからわたしはここから逃げ出して貴方の大事な『わたし』を奪ってやる。彼も少しは思い知ればいいのだ。大切なモノを失う苦しみを……






 計画は全て順調に進んだ。もう三年も大人しく彼に従っていたのだ。龍一の方も今更わたしが逃げ出すことはないと思っていたのだろう。
  さて本邸に閉じ込められている限り、彼の部下がウヨウヨといて一人で逃げ出すことは難しい。それならば協力者が必要だ。そしてわたしが眼をつけたのは龍一の腹心、西田だった。彼は龍一が居ない時の見張り役は大抵西田に任せている。だからこそコチラの味方にするチャンスが多いのではないかと思った。では、どうやって彼を味方につけるか。答えは簡単だ。脅せばいい。わたしは龍一と過ごした三年の間、性技も身につけている。口淫で男を悦ばせた後に写真を撮って、懐柔させることにしたのだ。腹心であるからこそ、西田は龍一の恐ろしさを知っている。だからこそ味方になりえるのだ。
  彼にさせるのは逃亡中誰にも合わないようにさせるルートの確保。息子をこちらに取り戻させる手配。そして龍一の弟と対面させることだ。彼は弟と仲が悪いと聞いている。なんでも若頭の地位を狙っているのだという。だったら龍一の情報が欲しいはずだ。わたしはそれを売ることにする。
――きっとしばらくは働くこともできないから。
  そんなことをしてしまえば、すぐに居場所を特定されてしまって逃げる意味はなくなるだろう。ついでにいうと同じ原理でATMも使えない。さらにいうなら実家周辺も張られてしまうだろう。第一、実家は龍一によって全焼させられているし、両親がどこに住んでいるのかも教えて貰えていない。そんな所に行っても無意味だ。そのために彼の弟に会う必要がある。裏の組織に対抗できるのは、また裏の組織だ。纏まったお金と別の戸籍さえ用意してもらえれば、あとはどうにでもなるはずだ。



  そうして計画は実行された。わたしが常用していた睡眠薬を酒に入れ、眠ったことを確認してから抜け出して、息子と再会を果たす。感動している時間なんかない。すぐに息子を抱えて、龍一の弟の元まで向かわなければいけないのだから。待ち合わせの場所は彼のマンションだった。事情は西田から聞いていたらしく、とても協力的で匿うことを申し立ててくれた。どうしてなのかと尋ねれば、龍一に刃向かう根性が気に入ったのだという。そして実の兄が焦る様子を眺めていられることが楽しいのだと。
 (兄弟仲が悪くて良かった……)
  そのおかげでわたしは助かったのだから。



  しかし問題が一つあった。
  息子は成長していくたびに龍一に似てきているのだ。姿も行動も昔の兄貴にそっくりだと苦々しく彼は語った。彼は龍一を嫌っている。だから瓜二つの息子を自分が匿っているとなると面白くないのだろう。もちろん暴力なんか振るわれてはない。しかし龍成を見る目が冷やかで、明らかな敵意を含まれている。あげく自分がいる間は、息子を構うなとも言ってくる。
  ――わたしはそれに従うしかなかった。
  龍次がマンションに居る時間は少ない。だからこそやっていかなければならないと思った。
 (息子との生活はわたしが守るわ)
  しかし、それがいけなかった。息子はわたしを男に縋るしかない女だと罵り始めたのだ。今年で八歳になる子供がどこでそんな言葉を覚えたのか。切ない想いが胸を過ぎる。けれど、仕方ないのだ。どんな理由があっても淋しい思いをさせたのはわたしなのだから。
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