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「な、んで……ここ、に?」


 
  ひゅっと息を呑む。なんとか絞り出した声はひどく掠れていて、自分でも聞き取れるか分からない程、小さな呟きとなった。けれど彼の耳には確かに届いたようで、眉間の皺が深くなる。


 「なんでここに、だと……? 俺こそ聞いてやりたい。お前こそなんでこんな所に居るんだ」


  いつになく低い声色は彼の苛立ちの表れだ。全身から放つ殺気に似た怒りに、わたしは恐ろしさのあまりに全身の震えが止まらなくなる。
 ビリビリと張りつめた極限の空気の中で、一体何を言えばいいのか分からない。しかし、わたしが答えないことでみるみるうちに彼の視線は険しくなっていく。


 「……答えなくてもいいが、とりあえずそんな所にいつまでも突っ立ってねぇで、横に来い」


  招かれた先は彼のすぐ隣だ。近付いたが最後。
 わたしの逃げ場などなくってしまうだろう。だが仮に今逃げたとて、それでこの先どうなる?

 どうせキャバクラの『仕事』が終われば、彼のマンションに帰らなければならないのだ。ならば、いっそこれ以上彼が怒らないうちに言う通りにした方が賢明なのだろう。そんなことくらいわたしにだって分かっている。
 だというのに、わたしの足は極度の緊張によって固まり、そこに張り付いたかのように動かない。

 「あ、ああ……」

  太腿を拳で叩いて動かそうとしても、最早なんの意味もないことだ。涙が滲み、助けを求めるようにドアを見つめる。しかし、ここは完全個室のVIPルーム。その上、この場所はカラオケのセットもあり、防音性も兼ね備えられている。


 「……どうした? 何かやましいことでもあるから、傍に来れねぇのか」

  般若のように顔を歪め恫喝されると、わたしは「許してください」と懇願することが精いっぱいだった。しかしそれは、御堂さんからすれば己を拒否された行動として捉えられ、余計に彼の怒りに火を注ぐ結果となる。


 「そんなに俺の横が嫌だって言うのかっ!」

  力任せにガラステーブルを叩かれれば、テーブルに乗っていたコップや灰皿も大きな音を立てて揺れる。彼の激情を目の当たりにしてわたしは愚かにも身を縮こまることしか出来なかった。

 いつまでも突っ立っているわたしに、彼は忌々しげに舌打ちをする。そしてもう待ってやるかといわんばかりに強引に腕を引っ張って強制的に横に座らせた。

 ーー悪いのはわたしだ。

 彼に嘘を付いて、ここで働こうとした。それを責められるのは仕方のないことだ。
 

 「ごめんなさい、ごめんなさい」

  こんな意味のない謝罪などなんの苛立たせるだけだと分かってはいる。だけど、それ以外になんて言っていいのか分からない。
 彼は乱暴な仕草で、煙草を取り出す。本来ならここでわたしがライターで火を点けなければいけないのだが、そんなことはもう頭から抜け落ちていた。


 「……ここの店は随分とサービスが悪いな」
 「え……?」
 「客が煙草を出したっていうのに、ライターを取り出すこともしなけりゃ、灰皿も用意しねぇだなんて、店の質が窺えるもんだ」

  吐き捨てたように言われ、わたしは慌てて店の名前の入ったライターを取り出し、震える手でなんとか火を点けようとするが……。焦るあまり、上手く点火することが出来ずに失敗を繰り返す。


 「もういい」

  呆れたとばかりにわたしの手にあったライターを奪い、御堂さんが点火する。
 情けない気持ちで一杯になり俯くと、彼は容赦なくわたしを追いつめる。


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