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しおりを挟む「なんでここに……」
乾いた声が密室に響き渡る。
高校時代の友人にキャバクラの体験入店を一緒に来て欲しいと頼まれて、ある事情からわたしはそれを受け入れた。
キャバクラで働いたことがない丸切り素人のわたしに、馴染みの客なんか当然居るはずもない。
不審に思いながらも、ボーイに案内されるがままに、VIPルームの個室に足を踏み入れる。だがそこで、ここに居るはずのない人物が、ゆったりと席に座っていたのだ。
「なんで、とは随分なご挨拶じゃないか。俺はただたまたまここに酒を飲みに来ただけだぜ?」
固まるわたしに男は隣に「座れよ」と命令する。
支配者たる男の命令。いつになく低い声色は彼の苛立ちの表れだ。全身から放つ殺気に似た怒りに、わたしは全身の震えが止まらなくなる。張りつめた極限の空気の中で、無理矢理足を動かして、拳一つ分の距離に腰を下ろした。
しかし男はもっと近くに来い、とわたしの腰に手を回して、上質なスーツにピタリと密着させる。そしてロングドレスのスリットの隙間から太腿に筋張った手を侵入させて、意味深に撫ぜる。
「や、やめて下さい」
「釣れないことを言うな。もっと凄いことを俺としているだろう?」
囁く声はひどく熱っぽい。けれどわたしを見やる瞳は獰猛な怒りを孕んでおり、酷薄に歪んだ薄い唇でわたしを貶める為の言葉を紡ぐ。
「おい、何辛気臭い顔してんだ。ここはキャバクラだろ。それならちょっとは笑って、面白い話の一つや二つしてみろってんだ」
ウイスキー用のロックグラスを片手に、無茶ぶりをしてくる男の意地の悪さに泣きそうになる。男はそれに気付きながらも、更にわたしを追い込もうとした。
「……ああ、俺としたことがお前に酒を飲ませていなかったな。このウイスキーのボトルでも飲むと良い」
乱雑にボトルをわたしの前に音を立てて置かれる。ネームプレートを掲げられているということは、飲み放題の物とは別に頼んであるものなのだろう。
いかにも高級そうなボトルだが、酒に強いとは言えないわたしは度数の強いアルコールをそのまま飲んでは酩酊してしまう。だから薄くウィスキーの原液を入れて多めの水をその上に足そうとしたのに、どういう訳か男はわたしの腕を掴んで静止させた。
「話も出来ねぇくせに酒もまともに飲む気がねぇのか」
呆れた声に、ビクリと肩が跳ね上がる。
「なぁ、知っているか。水商売では『喋る、飲む、寝る』が必要になるそうだぞ。なのに、お前はさっきからまともに喋りもしねぇし、まともに酒を飲む気もねぇ。残る一つ、寝るは枕のことだが――俺以外の客にでもしてくるか?」
一回に三十万も出す客なんか俺くらいだろうが、と嘲る男に追い詰められたわたしはフツリと我慢の糸が切れる。
そしてその衝動のまま叫び、自らを追い詰めることになったのだ。
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