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2章 四度あることは五度ある
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「本当に和真様にも椿様にも、なんとお詫びすればよいのか……! すべて私の独断なのです。両親は何も、何も知らないのです! なにとぞお許しくださいませ」
美琴は泣き腫らした顔を両手で覆い、東屋のテーブルの上に突っ伏した。
「そうご自分をお責めにならないでください。それだけ当矢様を思うがゆえのことなのでしょうし。あまりそう思い詰めずに……」
椿は懐からハンカチを取り出すと、美琴の頬をそっと拭った。けれど、拭うそばから次から次へと新しい涙がこぼれ落ちていく。
それを見ていると、なんだか椿までやるせない気持ちになって心がきゅっと苦しくなる。どうにかして美琴の恋を成就させてあげられないかと、思わず願いたくなるくらいには。
本当は、文句の一つくらい言ってやってもいいのかもしれなかった。かわいい弟をだまして、一目惚れしたなんて嘘までついて縁談話を持ち込んだのだ。けれどいざこうして美琴に会ってみると、決して誰かをだまそうとか利用しようとかそんな気持ちで今日を迎えたわけではないことは、すぐに分かった。
そして美琴の口からすべての事情を打ち明けられた今となっては、美琴を責める気にはなれず、むしろ美琴のひたむきな真っ直ぐな思いに胸を打たれていた。
「椿様……。私……私」
叶わないと知っていながらそれでも諦めきれない恋に身を焦がす美琴の姿は儚げで弱く、けれどとても美しかった。
ふと東屋にやわらかな風が吹き込み、甘酸っぱい薔薇の香りが漂った。
ここは、遠山家自慢の庭園の一角である。
ちょうど薔薇が盛りの季節とあって、庭中に濃厚で甘い香りが周囲一体に漂う。
その薔薇を楽しめる眺めの良い東屋に、和真と椿、そして美琴の三人が絶妙な距離感を置いて座っていた。
「でも……でもだからといって、自分かわいさに他の方を目くらましに利用するなんて。自分の浅はかさが恥ずかしくてなりません」
そう言って美琴はまた涙をこぼす。
美しくあでやかな着物に身を包み、よく手入れのされた髪をさらりと背中に下ろした美琴はまるで絵の中から飛び出してきたかのような美しさで、薔薇といい勝負であった。でも化粧を施したその顔も今は涙に濡れ、鼻の頭も赤く染まっていた。
椿は雲一つなく晴れ渡った空を見上げ、美琴には聞こえないようそっとため息をついた。
今日は、遠山家と雪園家の両家顔合わせの日だった。
まさか自分の娘が使用人の息子と恋仲だなどとは思いもしない雪園家の両親と、和真から聞いて事情を知っているがすべて和真に一任するという約束で知らぬ存ぜぬを貫いている遠山家の父母とが、ここ遠山家の庭園で一同に介していた。
しばらくは型通りの挨拶が続き、和真の一言で美琴をこうして庭園に連れ出すことに成功したのだったが。
椿は、まさか隠れて美琴と使用人の息子との秘密の逢瀬を覗いていましたなどと相手方に言えるわけもなく、キリキリと痛む胃を押さえつつなんとか平静を装い、雪園家の両親と顔を合わせた。
その居心地の悪さと言ったらなかった。騙しているも同義なのだから。かといって、このまま何事もなかったように縁談を進めるわけにもいかない。
美琴を庭に連れ出した和真は、自分に嘘を見抜く才が備わっていることを打ち明け、そして隠している思いがおありでしょう? とさも恋心を見抜いたかのように、美琴自ら告白するよう仕向けたのだ。
その和真の問いかけに、美琴は驚きに目を見開き、みるみる目に大粒の涙を浮かべ泣き崩れたのだった。
椿は、謝罪の言葉を繰り返しながらひたすらに泣き続ける美琴の背を優しくなでてやるくらいしかできずにいた。
確かに美琴のしたことは、遠山家と何より和真を騙し傷つける行為に他ならない。いくら格上の名家の令嬢だからといって、人の心をもてあそぶようなことが許されるはずもないのだ。けれど。
「そんなに泣かれてはお体に触りますわ。どうかもう顔をお上げくださいな。……私、何か飲み物と濡らしたタオルを持ってきますね」
そう言ってこの場を和真に任せ、急ぎ気持ちを落ち着かせる効果のある香りの良いお茶と目を冷やすための濡らしたタオルとを用意して戻ってきたのだった。
あたたかなお茶で少しは落ち着いた様子ではあったが、美琴の表情は冴えない。
美琴はまさか両親に苦し紛れについた嘘が縁談話に発展するとは、思ってもいなかったのだ。
そもそも和真の名前も知らず、ただ買い物の途中で見かけたどこかの商家の子息に一目惚れをした、と話しただけだったのだから。
それを両親が娘のためにと、娘の立ち寄った先が遠山家の手がける店でその長男がちょうど店にいる時に美琴が買い物をしていたと、その日行動をともにしていた使用人から聞き出したらしい。そんなこととは露知らず、美琴は和真との縁談がととのったと両親に告げられ、今さら本当のことを打ち明けるわけにもいかずに今日この日を迎えたのだった。
「よもやこんな事になるなんて、思いもしなかったのです……。和真様のことも失礼ながら存じ上げなかったもので、どうしたらよいのか途方に暮れるばかりで」
美琴は、消え入りそうな声で事情をすべて打ち明けてくれた。
「そういうご事情なら、仕方ありません。美琴様の知らないところでお話が進んでしまっていたのですもの。でも、当矢様はこの縁談に反対されなかったのですか? それほどに美琴様を思っていらっしゃるのなら、引き止めたりは……?」
美琴ははっと苦し気な表情を浮かべ、うなだれた。
「それが一番の問題なのです……。当矢は、きっとそれほどには私のことを思っていなんていないのかもしれません」
そう言って、美琴ははらり、とまた涙をこぼした。
美琴は泣き腫らした顔を両手で覆い、東屋のテーブルの上に突っ伏した。
「そうご自分をお責めにならないでください。それだけ当矢様を思うがゆえのことなのでしょうし。あまりそう思い詰めずに……」
椿は懐からハンカチを取り出すと、美琴の頬をそっと拭った。けれど、拭うそばから次から次へと新しい涙がこぼれ落ちていく。
それを見ていると、なんだか椿までやるせない気持ちになって心がきゅっと苦しくなる。どうにかして美琴の恋を成就させてあげられないかと、思わず願いたくなるくらいには。
本当は、文句の一つくらい言ってやってもいいのかもしれなかった。かわいい弟をだまして、一目惚れしたなんて嘘までついて縁談話を持ち込んだのだ。けれどいざこうして美琴に会ってみると、決して誰かをだまそうとか利用しようとかそんな気持ちで今日を迎えたわけではないことは、すぐに分かった。
そして美琴の口からすべての事情を打ち明けられた今となっては、美琴を責める気にはなれず、むしろ美琴のひたむきな真っ直ぐな思いに胸を打たれていた。
「椿様……。私……私」
叶わないと知っていながらそれでも諦めきれない恋に身を焦がす美琴の姿は儚げで弱く、けれどとても美しかった。
ふと東屋にやわらかな風が吹き込み、甘酸っぱい薔薇の香りが漂った。
ここは、遠山家自慢の庭園の一角である。
ちょうど薔薇が盛りの季節とあって、庭中に濃厚で甘い香りが周囲一体に漂う。
その薔薇を楽しめる眺めの良い東屋に、和真と椿、そして美琴の三人が絶妙な距離感を置いて座っていた。
「でも……でもだからといって、自分かわいさに他の方を目くらましに利用するなんて。自分の浅はかさが恥ずかしくてなりません」
そう言って美琴はまた涙をこぼす。
美しくあでやかな着物に身を包み、よく手入れのされた髪をさらりと背中に下ろした美琴はまるで絵の中から飛び出してきたかのような美しさで、薔薇といい勝負であった。でも化粧を施したその顔も今は涙に濡れ、鼻の頭も赤く染まっていた。
椿は雲一つなく晴れ渡った空を見上げ、美琴には聞こえないようそっとため息をついた。
今日は、遠山家と雪園家の両家顔合わせの日だった。
まさか自分の娘が使用人の息子と恋仲だなどとは思いもしない雪園家の両親と、和真から聞いて事情を知っているがすべて和真に一任するという約束で知らぬ存ぜぬを貫いている遠山家の父母とが、ここ遠山家の庭園で一同に介していた。
しばらくは型通りの挨拶が続き、和真の一言で美琴をこうして庭園に連れ出すことに成功したのだったが。
椿は、まさか隠れて美琴と使用人の息子との秘密の逢瀬を覗いていましたなどと相手方に言えるわけもなく、キリキリと痛む胃を押さえつつなんとか平静を装い、雪園家の両親と顔を合わせた。
その居心地の悪さと言ったらなかった。騙しているも同義なのだから。かといって、このまま何事もなかったように縁談を進めるわけにもいかない。
美琴を庭に連れ出した和真は、自分に嘘を見抜く才が備わっていることを打ち明け、そして隠している思いがおありでしょう? とさも恋心を見抜いたかのように、美琴自ら告白するよう仕向けたのだ。
その和真の問いかけに、美琴は驚きに目を見開き、みるみる目に大粒の涙を浮かべ泣き崩れたのだった。
椿は、謝罪の言葉を繰り返しながらひたすらに泣き続ける美琴の背を優しくなでてやるくらいしかできずにいた。
確かに美琴のしたことは、遠山家と何より和真を騙し傷つける行為に他ならない。いくら格上の名家の令嬢だからといって、人の心をもてあそぶようなことが許されるはずもないのだ。けれど。
「そんなに泣かれてはお体に触りますわ。どうかもう顔をお上げくださいな。……私、何か飲み物と濡らしたタオルを持ってきますね」
そう言ってこの場を和真に任せ、急ぎ気持ちを落ち着かせる効果のある香りの良いお茶と目を冷やすための濡らしたタオルとを用意して戻ってきたのだった。
あたたかなお茶で少しは落ち着いた様子ではあったが、美琴の表情は冴えない。
美琴はまさか両親に苦し紛れについた嘘が縁談話に発展するとは、思ってもいなかったのだ。
そもそも和真の名前も知らず、ただ買い物の途中で見かけたどこかの商家の子息に一目惚れをした、と話しただけだったのだから。
それを両親が娘のためにと、娘の立ち寄った先が遠山家の手がける店でその長男がちょうど店にいる時に美琴が買い物をしていたと、その日行動をともにしていた使用人から聞き出したらしい。そんなこととは露知らず、美琴は和真との縁談がととのったと両親に告げられ、今さら本当のことを打ち明けるわけにもいかずに今日この日を迎えたのだった。
「よもやこんな事になるなんて、思いもしなかったのです……。和真様のことも失礼ながら存じ上げなかったもので、どうしたらよいのか途方に暮れるばかりで」
美琴は、消え入りそうな声で事情をすべて打ち明けてくれた。
「そういうご事情なら、仕方ありません。美琴様の知らないところでお話が進んでしまっていたのですもの。でも、当矢様はこの縁談に反対されなかったのですか? それほどに美琴様を思っていらっしゃるのなら、引き止めたりは……?」
美琴ははっと苦し気な表情を浮かべ、うなだれた。
「それが一番の問題なのです……。当矢は、きっとそれほどには私のことを思っていなんていないのかもしれません」
そう言って、美琴ははらり、とまた涙をこぼした。
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