上 下
10 / 53
2章 四度あることは五度ある

しおりを挟む
 椿は、美琴の美しさに圧倒されていた。

 白百合令嬢の名の通り、凛とした気品を感じさせる立ち姿と輝くばかりのあでやかさは、通りを挟んだこちらにも濃厚で甘い香りが漂ってきそうなほどで、気づけば椿はぽうっと見とれてしまっていた。

(……あの方が雪園家のご令嬢、そして和真の縁談相手なのね)

 その美琴は今まさに屋敷から出てきたところで、門の前にいた一人の青年と言葉親しげに言葉を交わしていた。

 年の頃は美琴よりもいくつか年上といったくらいだろうか。楽しげに笑い合う様からすると、ずいぶん親しい間柄のようだ。

(一体どなたかしら……。お兄様がお二人いらっしゃるという話だけれど、服装からいって違うかも。もしかして使用人の誰かかしら?)

 それにしても、と椿は感嘆の息をもらした。

(なんて美しくてかわいらしいの……。凛としてあでやかで、本当に素敵だわ)

 思わず、その姿に目が吸い寄せられてしまう。

 これまでの縁談相手も皆かわいらしいご令嬢たちではあったけれど、美琴の容姿とその身にまとう華やかな雰囲気は一線を画していた。

 それになんといっても目を引くのは、その表情だ。
 文字通り花開いた、とでもいえばいいのだろうか。こらえきれない喜びにあふれたその明るく曇りのない表情とそこに垣間見える恥じらいのような色が、椿をなぜかどきどきさせた。

(どうしてかしら。あの二人を見ているとこちらまで嬉しいようなちょっと恥ずかしいような、不思議な気持ちになってしまうのは)

 美琴の目はひとときも離れず青年に向けられていて、まるで夢を見るような表情を浮かべている。そして、美琴を見るその青年の顔にもどこか甘くやわらかな微笑みが浮かんでいた。

 二人の雰囲気になんだか見てはいけないものを覗き見ているようで椿は慌てて視線をそらし、物陰深くに身を隠し、高鳴る胸を押さえた。

 その椿の肩を、ポンと何者かが叩いた。

「椿。こんなところで一体何をしているの?」

 驚き振り返ってみれば、そこには和真の姿があった。

「和真っ? いったいどうしてここに?」

 慌てて和真を物陰深くに引きずり込むと、和真に詰め寄った。

「……あなたが来たら、さすがに美琴様に気づかれてしまうわ。自分の目で確かめたい気持ちはわかるけれど、ここは私に任せて早く屋敷へ帰りなさい」

 そう言い、和真の体をぐいぐいと雪園家とは逆の方向へと押し出す。けれど、椿よりも頭一つ分も背が高く体も大きい和真の体はびくともしない。

「椿こそこそこそ覗き見なんて、趣味が悪いですよ。それにその格好は?」

 和真がため息交じりに呆れた声を出した。

「変装よ、もちろん。もし姉の私がこそこそ偵察していたなんて分かったら、それこそ破談になってしまうもの。着物だって地味だし、これなら私だって気づかれないでしょう?」

 自信満々に答える椿に、和真は今度こそ心の底から呆れた顔でため息をついた。

「まったくもう……。とにかく、さっさとそのおかしな布を取って。この際あきらめて堂々としていたほうが、かえって目立たなくて済みますよ。少なくとも不審者には見えないでしょうから」
「ええ……? そう、かしら。でも」

 四の五の言っている間に和真は椿の頭から布をさっさと取り去ると、椿の手を引いて雪園家の屋敷の裏口のある細い通りへと回る。
 そこでは、数人の女中が馬丁らしき男とおしゃべりを楽しんでいる最中だった。

「美琴お嬢様も、もうそんな年頃なんだねぇ。あんなに小さくてかわいらしかったお嬢様が結婚なんてねぇ」
「お相手は、なんでも格下の商家だっていうじゃねえか。いいとこの貴族様ならともかくも、なんでそんなお相手をお選びなさったのか……」
「そりゃお嬢様ならどんなお相手だって選べるだろうけど、惚れたもんは仕方ないでしょうよ。ここの跡取りはもう直良様がいらっしゃるから、どうしたって外に嫁ぐことにはなるんだし。だったらせめて好いた相手のところに嫁に出したいって親心だろうさ」

 使用人たちのどことなく寂しさを含んだ明るい声に、椿は安堵した。

 どうやら美琴は使用人たちにもとても慕われているらしかった。ということはきっと、美琴はその外見に違わず内面も裏表のない心根の美しい令嬢であるに違いない。

「ねえ、和真。やっぱり今回の縁はうまくいくかもしれないわ。そうは思わない?」
「さあ、……それはどうでしょうね」

 小さく声を潜めて、けれど喜びを隠しきれずに声をかけた椿だったが、返ってきたのは少々引っ掛かりを覚える物言いで。

「……もしかして、何か気になることでもあるの? 和真」

 もし少しでも憂慮があるのなら今のうちになんとかしなければと、椿は真剣な眼差しで和真の顔をのぞき込んだ。

 一瞬和真は驚いたように目を見開き目元を赤らめたが、ふいっと視線をそらし小さく咳払いをした後小さく呟いた。

「まあ、そのうちに分かると思いますよ」

 その唇の端に、薄っすらと笑みがうかんだ。
 その何か思惑のありそうな笑みに、椿はなんとなく不安を覚えた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

初夜をボイコットされたお飾り妻は離婚後に正統派王子に溺愛される

きのと
恋愛
「お前を抱く気がしないだけだ」――初夜、新妻のアビゲイルにそう言い放ち、愛人のもとに出かけた夫ローマン。 それが虚しい結婚生活の始まりだった。借金返済のための政略結婚とはいえ、仲の良い夫婦になりたいと願っていたアビゲイルの思いは打ち砕かれる。 しかし、日々の孤独を紛らわすために再開したアクセサリー作りでジュエリーデザイナーとしての才能を開花させることに。粗暴な夫との離婚、そして第二王子エリオットと運命の出会いをするが……?

処理中です...