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2章 四度あることは五度ある

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 遠くで鳥が軽やかな声で鳴いている。
 湖を吹き抜ける風は心地よく、ふかふかとした土と草の感触に思わず足取りも軽くなり、椿は少し駆け足でなだらかな丘を走り下りた。

 大きく両手を広げて伸びをすると、隣から声がした。

「きれいね。湖なんて久しぶりにきたわ」

 ふと気がつけば、隣で美琴が湖を見つめていた。

「……あ、私、ついはしゃいでしまって。ごめんなさい、美琴様の気持ちも考えずに」

 ここにきた本来の目的も忘れてしまったことにしゅんとうなだれると、ふふ、と美琴が笑った。

「気にしないでくださいませ。こうして皆で一緒に素敵な場所へこれて嬉しいの。当矢は、ちっとも嬉しくなさそうだけど」

 ちらりと後方を振り返った美琴の表情が、曇った。

 この湖への遠出は、当矢の本当の気持ちと覚悟を引き出すために計画したものだった。
 なのに当の本人は、あくまで美琴の護衛役としての使用人の態度をまったく崩そうとしない。あくまで仕事用の顔で美琴の少し後ろをついて歩く当矢からは、不用意に話しかけてくれるなといった雰囲気が滲み出ていて、非常に近づきにくい。

 無愛想の塊のような自分が言うのもなんだけれど、当矢もなかなかの仏頂面というか無愛想というか。好きな人とこうして人目につかない場所にこられたのだから、もう少し楽しげにしても良さそうなのに、と椿は思う。

「当矢様っていつもあんな感じですの? なんというか、気難しい方のように見えるのですけれど」

 椿の問いかけに、美琴はぷっと吹き出した。

「気難しくはないのよ。ただ生真面目で、ちょっと融通が利かないところもあるかも。でもとても優しいのよ。……もっとも優しいから雇い主の娘にしつこく言い寄られて仕方なく、子どもの恋愛ごっこに付き合ってくれただけなのかもしれないけど」

 自嘲するような美琴の言葉には、切なさがにじんでいた。

「私と当矢は、赤子の頃からあの屋敷で一緒に育ったのです。兄と妹みたいに。実の兄たちとは年も離れていてあまり親しくないのですけど、当矢とはどんな時もずっと一緒で。怒られるのも遊ぶのも、泣くのも」

 椿はふと、幼い頃の和真と過ごした日々を思い出し、胸がきゅっとなるような愛しさと懐かしさでいっぱいになる。
 美琴も昔を思い出しているのだろう。その表情は柔らかい。

「そして一緒に成長して、私は雪園家の娘として恥ずかしくないよう、勉強も行儀作法もずいぶん頑張ったわ。でも雪園家の娘という肩書を取り払ったら、私自身はどんな人間でどんなことができるのかしらっていつも不安だったの」

 美琴はそう言って、足元の小さな花をそっとなでた。

「名前ばかり大きくて、自分の中身は空っぽな気がしてた。それが時々苦しくて……。でも、当矢の前ではただの私でいられたの。怒りっぽくて気が強くて、本当は泣き虫なそんな自分でも、当矢は自然体で接してくれたから。それが心地よくて、嬉しくて」

 美琴はこちらに視線を向け、少しはにかんだ。

「気がついたら好きになっていたの。当矢も、そんな私を好きだって言ってくれてとても嬉しかった」

 そう言ってどこか寂しそうに笑う。

 そんな美琴の気持ちが、少しだけ分かる気がした。自分が和真に対して抱いているこの感情も、少し美琴のそれと似ている気がしたから。

 もちろんそれは恋とはまったく違う性質のものであることは、分かっていたけれど。
 だからなんとなく話したくなったのだ。自分の中にも、似た思いがあることを――。

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